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晴耕雨読

 畑の様子を見回った後、木陰に横たわる。

 のどかで平和な午後だ。


 山奥のケネル村――国同士の戦争に巻き込まれない位置にあり、時おり魔物が出る以外は平和な村だ。

 コウ――()冒険者コルネリウス・イネンフルスは晴れた青空を見上げ、しばし意識を宙に飛ばした。小鳥のさえずりと、遠くで乳牛の鳴き声が聞こえる。ここにいると時間がゆっくりと流れるようだ。

 何も考える気になれなかった。目をつぶると冒険の日々や、あの時パーティーのリーダー、すなわち「天才」ハインリヒ・グラーベンに言われた言葉を思い出す。

――思い出したくもない。

 なのでぼんやりと青空を見上げ、流れる雲の数をかぞえている。

 手製の魔導書を読んで知識と技術の衰えを防いだり、庭に設置した木人で剣の稽古をしたりしたこともあった。しかし魔導書の勉強や剣の稽古はいやがおうでも冒険の日々を思い出させる。いきおい申し訳程度の畑を耕し庭を片付け、家の掃除や点検、買い出しや道具の整理などに終始することになる。それらを終えると、空を見上げることくらいしかやることがなくなる。


 あれから三週間ほど経った。あの「追放」の日からだ。

 ハインリヒの《瞬間移動(テレポート)》で転移させられた後、コウはこの山奥の村に行きついた。偶然にも、かつて依頼を受けていたことで村の人間とは知己になっており、そのためコウが冒険者を廃業して定住したいと言ったときも、村人はすんなりと受け入れてくれた。


――その()わり、たまに出でくる魔物ば倒してくれればいいべ。あど村の若者(ワゲモノ)さ少し剣や魔法ば教えでくれればええ。


 村長はそう言った。その言葉の通り、コウは村の若者に剣を教え、また子供たちには魔法の基礎を教えている。だが、若者も子供たちも村の重要な労働力であり、いつも勉強や訓練ばかりしているわけにはいかない。結局のところ、コウは暇を持て余すことになる。

 青空と木の葉で占められた視界の端に、ひょこっと少女の顔があらわれる。


「またこんなところでさぼってる、旦那様」


 コウの姿を見とがめて、少女が頬を膨らませた。


「いつも寝てばかりいるんだから。少しは体を動かしたほうがいいですよ」

「ちゃんと仕事はしたよ、リサ。もうやることがないんだ」

「そんなこと言って。いつ魔物が襲ってくるかわからないんですからね」

「魔物なんて僕の敵ではないよ」

「そうかもしれませんけど」


 少し前も魔熊(デスベア)が村に出没したが、コウの敵ではなかった――


 夕暮れ時のことだ。山側に接する境から、若い魔熊(デスベア)が出現した。成獣になるかならないかの個体だったが、村に侵入してきたかぎりは退治しなければならない。

 倉庫から剣を引っ張り出し、鋤や鍬や鎌やツルハシで魔熊(デスベア)と対峙する村人たちに加勢する。後方から放った《火球(ファイアボール)》は村人たちを避けてカーブし、魔熊(デスベア)に全弾命中。《雲踏(ジャンプ)》で魔物の頭上を取ると、《鋭利(シェイプ)》の魔法を付与した鉄の剣で脳天をかち割る。魔物はビクンビクンと震えた後、横倒しに()()と倒れた。あくびが出るほど簡単な仕事だ。

 歓声をあげる村人たちを尻目に家に帰ろうとしたが呼び止められ、盛大な宴会に巻き込まれた。そして一人の少女を紹介される。


――この子はリサってんだが、身寄りを亡くしててな。(うぢ)で引き取ってるんだばで、()がっだらお()さんどごの使用人さしてくれればいいべ。


 村長は意味深な含み笑いをし、おさげの少女の両肩を押してコウの前に出した。少女はうつむきながら上目遣いにコウを見ている。どうやら魔熊(デスベア)を簡単に屠ったところを見ていたらしく、崇敬や畏怖の混じった表情で、若干顔を赤らめている。


――なんなら嫁さすればいいべ。お()もそれでいいべ、な?


 村長に同意を求められ、少女は肯定とも否定ともつかない仕草をしてうつむいた。都会なら初等学校を終えたばかりの年頃だろうか。瘦せぎすで、正確な年齢はわからない。

 こんな子供を胡散臭い()冒険者の使用人になどさせるばかりか「嫁にすればいい」とは。都会なら逮捕されてもおかしくない。内心、不愉快な気持ちになったが、コウは半ば()()になって少女を受け入れることにした。


――お()さんはもう村の立派な一員だでな。これがらも活躍ば期待してるはんで。


 コウは翌日から、同居することになった少女――リサを半ば無視してマイペースに日々を過ごすことに決めた。

 そして今に至る。


「いつも魔熊(デスベア)ばかり出てくるとはかぎりませんよ。ゴブリンやバグベア、オークの群れが襲ってきたらどうするんですか」

「この村の近くには亜人種族の集落はないよ。そういうことは起こらない」

「そういうことを言ってるんじゃありません」


 横たわるコウのそばで、リサは不機嫌そうに地団駄を踏んだ。最初の頃と比べたらだいぶ打ち解けてきている。


「私には、旦那様にもっとやる気を出してほしいんです」

「やる気を出しても何にもならないだろ。それと旦那様はやめてくれ」

「じゃあ、どう呼べばいいんですか」

「コウでいいよ」


 リサが続けて口を開きかけた時、村の入り口のほうでざわつきが起こった。


「――なんだ?」

「行ってみましょう」


 コウはのっそりと立ち上がり、駆け出したリサの後を追って村の入り口へ向かう。柵の向こうには一頭立ての馬車と、フードをかぶった御者の姿が見える。


「あれは――冒険者か」

「みたいですね。旦那様もですが、この村に冒険者が来るのは珍しいです」


 御者は馬から降りると柵に近づき、村の若者と話をしている。二言三言話をし、冒険者はフードを下げる。

 そこにはまだ若い、意志の強そうな女の顔があった。

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