召喚士マルグレーテ
話を終えたアイリスは、緊張を解いて一つため息をつき、すっかり冷めてしまったお茶を飲んだ。
「以上が、私たち疾風怒濤がほぼ解散に追い込まれた経緯。長くなったけどね」
「君と、『軍師』ウィリアムだっけか、その男は助かった。キーファーとかいうメンバーは犠牲になった。君の姉さんは魔神とともにどこかへとテレポートした。それでいいんだな?」
コウがアイリスの話を補足し、アイリスはそれにうなずく。
「そう。あの時、姉さん――召喚士マルグレーテは《瞬間移動》の魔法を発動、私とウィリアムを上に、すなわち地下迷宮の外にテレポートさせた。そして姉さん自身と魔神ロクトゥスをどこかへと飛ばした」
「ちょっと信じられないんだが、」
椅子に座りなおし、少し咳払いのように喉を鳴らして、コウが言った。
「マルグレーテは傷ついたウィリアムと君を《瞬間移動》で地上へ飛ばした。そして同時に、彼女自身と、顕現しかけていた魔神ロクトゥスをどこかに飛ばした。そんなことができるのか?」
《瞬間移動》は風系最上位魔法、それも難易度はSランク。術式の難易度もさることながら、魔力の消費量も桁違いに大きい。人ひとりを狙った場所へ飛ばすだけでも至難の業だ。まして四つの対象を、別々の場所二つへ飛ばすなど、そんな芸当が可能とは思えない。
二方向への座標指定を同時に平行処理し、しかも四つの対象を移動させるための魔力回路を同時に開く。そんなことは、たとえSランクの魔道士であっても不可能だ。桜花騎士団の「天才」ハインリヒでさえ、一つの対象を一ヶ所に飛ばすだけで精一杯だったのだ。
「言いたいことはわかるよ。そんなことをしたら普通、脳みそが爆発するよね。魔力の過負荷や反動で魔力回路が焼き切れて、最悪魔道士として終わるかもしれない。でもできるんだ、私の姉さんは」
アイリスは寂しそうに、しかしどこか誇らしげな様子で言った。
「もともと姉はあまり冒険には乗り気じゃなくてね。私が冒険者になるって言った時、ついでのようにギルドに登録したんだ。冒険に同行することはまれだった。私たち、疾風怒濤の他のメンバー三人が依頼をこなしている間、姉さんは『荷物番』と称して宿に残って、酒場の隅で占い業をしてたりした。彼女は元占い師だったからね」
「それなのに、一番強いのはマルグレーテだったわけか」
「そう。パーティーの中で一番スゴいのは姉さんだった。『四つの対象を二つの場所に《瞬間移動》させる』なんてことだけじゃなく、他にもいま思い出せば信じられないような芸当を、なんでもないことのような顔をしてこなしていた。疾風怒濤はマルグレーテ・ツヴァイテンバウムの存在で保ってたんだよ」
「君は助かって、今ここでこうしている。ウィリアムはどうなったんだ?」
コウの言葉に、アイリスはすっと無表情になった。
「……ウィリアムは、あの戦いの後で自分の得物である戦斧も持てなくなった。見た目には傷は少なかったんだけど、魔神ロクトゥスの触手に捕まったのがいけなかった。地上に出てからすぐに教会併設の療養所に駆け込んで、なんとか命は取り留めたんだけどね。冒険者としての力そのものを吸い取られたように衰弱してしまった」
「エナジードレインか」
「そう。キーファーは影の触手に貫かれて、内側から一気にやられたけど、抗魔の力が強かったウィリアムは一瞬で塵になることは無かった。でも、あれは生者が長いあいだ触れていていいものじゃなかった」
「エナジードレインって何ですか?」
リサが訊いた。コウがそれに答える。
「生命力を吸い取る、魔物特有のスキルみたいなものだな。吸血鬼が『血を吸う』とはよく言うが、正確には生物の血液を媒介に生命を吸収する。吸血鬼だけでなく、闇の性質が強い魔物は現界で活動する際に生者の生命力を食らって糧とする」
「悪魔タイプすべての共通スキルというわけじゃないけどね。魔神ロクトゥスはそういう魔物だった」
「高位魔神の生命吸収は、吸血鬼や淫魔のそれとは話が違う。生命力はもちろんのこと、冒険者としての経験やスキルも根こそぎ奪う。だからウィリアムは再起不能となった」
「……残念ながらね。コウ君の言うとおり、ウィリアムは冒険者としては再起不能するしかなくなった。戦闘力を失ったので、ランクもAからDに降格だよ」
「そういうわけで、疾風怒濤のパーティーメンバーはアイリス、君ひとりになり、解散するしかなくなったわけだ」
「それはちょっと違うね」
アイリスはコウを見上げるように睨めつけ、にやりと笑った。
「私は、疾風怒濤がほぼ解散に追い込まれたと言った。解散したとは言ってない」
「でも、メンバーの中で残されたのは君だけだ。ウィリアムも冒険者を引退したんだろう?」
「そう。だけど姉さんはまだ生きている。それが私にはわかるんだ」
「それは――」
コウはアイリスの目を見て、言葉を飲み込んだ。一週間前、村の広場に突如として現れたメタルゴーレムを討伐する際に共闘し、その後、アイリスは村の復興や子供たちの勉強、若者の訓練まで買って出ている。間違いなく善人であるし、この女冒険者がまともな判断力を持っていることも疑いようはない。しかし……
アイリスはそんなコウを見て、笑みを浮かべたまま、両手を拡げてみせた。
「わかるよ。私の正気を疑っているんだろう? 気持ちはわかるし、私もコウ君の立場になったら同じように疑うだろうね。でも、こればっかりは理屈じゃない。姉妹の絆みたいなものでわかるとしか言いようがない」
「君の姉さん、マルグレーテは魔神ロクトゥスを巻き込んで《瞬間移動》を発動させた。その戦術自体は珍しくない――パーティーの高位魔道士が他のメンバーを守るために行う自己犠牲だ。行先は通常、岩の中。岩に同化させればどんな魔物すらも無力化できるからだ。だがその場合は術者も必ずや命を落とす。それでも、マルグレーテは生きているって言うんだな?」
「そう。つけ加えると、《瞬間移動》で自己犠牲を行う際の行先は、岩の中以外にも考えられる。それは召喚陣の向こう、つまり魔界だね。魔王クラス以上の超古代の魔神が体半分くらい顕現してたんだ、迷宮の岩に同化させたくらいで無力化できるとは限らないからね。つまり、魔神を無力化するために一番確実なのは、現世から追い返すことになる」
「マルグレーテは、魔神と一緒に召喚陣の向こう、つまり魔界にテレポートしたと?」
アイリスはうなずいた。
「私はそう考えている。私が姉と同じ立場でも、きっと同じ選択をしたはずだからね」




