アイリスの回想 その②
「私たち疾風怒濤は、吸血鬼討伐の任務を受けて、廃ダンジョン「地下狂皇庁」に潜っていた」
アイリスは椅子に座り直し、話しはじめた――
*
「地下狂皇庁」は地下十階の人造ダンジョンでね。核のある自然発生のダンジョンと違い、魔物を誘引したり永遠と召喚し続けたりはしない。
問題が生じるにしても、せいぜい官憲の手を逃れた犯罪者や野盗が根城にしたり、コウモリや野犬が棲みついたりするくらいだね。
冒険者パーティーであれば、そういった廃ダンジョンはCランク――つまりギリギリ戦闘能力を持つくらいのパーティーでも、踏破自体は苦労しない。
だけどその時は、その人造ダンジョンの最深部に吸血鬼が棲みついたという。
吸血鬼はA~Sランクの魔物でね。墓場の死体が蘇ったものはB~Aランク、生者が吸血によって転化したものはAランク。魔界の住人や、自らの力で転生した「真祖」と呼ばれる奴らはSランク。難易度は様々だ。
「地下狂皇庁」に棲みついたのがどの吸血鬼かはわからなかったけど、疾風怒濤はAランクパーティーだから大丈夫ってわけだね。
それと、正確には「吸血鬼の調査と、可能ならば退治」という依頼だった。これもよくある依頼の形式だ。
私たちパーティーの構成はこうだった。
リーダーの「軍師」ウィリアム・ケーニヒスベルクと、私ことアイリス・ツヴァイテンバウム。この二人がAランク冒険者。
ギルドで募集したキーファー・シュトゥルムシュネーレンっていう戦士と、私の姉マルグレーテ・ツヴァイテンバウムがBランク冒険者。
Aランクが二人に、Bランクが二人。この構成はギルドの規定により「Aランクパーティー」ということになる。
ランクだけ見れば、死者再生型の吸血鬼程度には苦労しないって感じだね。
でも、私はたとえ相手が「真祖」であろうと負ける気はしなかった。
なぜなら、私たちのパーティー疾風怒濤には、私の姉さん――マルグレーテ・ツヴァイテンバウムがいたから。
*
「『天衣無縫』グレートヒェン」
腕組みをし、目をつぶって話を聞いていたコウが口を開いた。
アイリスはぱちんと指を鳴らした。
「おお、よく知ってたねコウ君」
「疾風怒濤も有名パーティーだからな。名前自体は知っていたさ。その中にBランクとは思えない凄腕がいるってこともね。王宮主催の迷宮踏破競技会では、幸か不幸か競争相手になったことはないが」
「グレートヒェンというのはどういう意味ですか?」
リサが疑問を口にする。
「グレートヒェンは『マルグレーテ』の愛称だ。ちょっと古い言い回しだが」
「『天衣無縫』、つまり完璧で傷のないマルグレーテちゃん、といったような意味合いになるわけだね。姉は可愛らしい人だったから、見た目でもみんなを引きつけていた。ところで――」
アイリスはコウに向き直った。
「疾風怒濤と『天衣無縫』グレートヒェンは知っておきながら、私の名前は知らなかったの?」
「残念ながら」
「むー」
肩をすくめるコウに対して、アイリスは頬を膨らませて不満を表明した。
「……私もそこそこ有名だと思うんだけどな。まぁいいや、話を進めるよ」
*
『天衣無縫』グレートヒェン、つまりマルグレーテ姉さんは、ランクこそBだったけど実力は軽くSに届いていた。
と……少なくとも私はそう思っている。
姉さんは「召喚士」だったけど、およそあらゆる魔法を使いこなした。一度読んだだけで魔導書の内容をすべて覚え、しかも正確に呪文を詠唱した。それに、神聖・暗黒・精霊の三つの信仰魔法をすべて使えたんだ。
おっ、驚いてるねコウ君。そうだよね、信仰系魔法は通常、神聖か暗黒、つまり光明神フィレオンか暗黒神エシュタルの、どちらかの系列しか行使できない。中立の精霊神の司る魔法は誰でも使用可能だけどね。
姉さんが神聖と暗黒の両方の魔法を使えた理由はわからない。多分、それだけ「いろんなものに愛されていた」人だったんだろう。
しかも、いくつかオリジナルの魔法も作った。そっちのほうで名前を知ってる魔道士も多いと思う。さしあたって今は関係ないけど。
……話を元に戻すと、私たちは「地下狂皇庁」の最下層まで進んだ。魔法で動く「エレベーター」さえ設置されてるダンジョンで、地下にはすんなり進める。しかも基本「廃ダンジョン」なので歯ごたえのある魔物は出ない。
普通のコウモリやら普通のスライムやらを退けながら進んで、二つの「エレベーター」を乗り継いで、私たちは最下層――地下十階に降り立った。
嫌な雰囲気だったよ。
腐臭とカビ、小動物の糞やスライムの消化液の臭い。何かが足元を走り過ぎる。何かの鳴き声が、どこからか響いてくる。誰かにずっと見られているような視線を感じる。
たかが廃ダンジョンなのに、いやーな瘴気が漂ってきててさ。それまで感じたこともないような魔力が、遠くの目的地――玄室に渦巻いている。そんな風に感じた。
パーティーのみんなも黙り込んじゃってね。私たちはもくもくと最下層を進んだ。いくつかの玄室を抜けるうち、危険な魔物こそ出てこなかったものの、一歩進むごとにうなじのあたりの毛が逆立つように怖気が震ってきてね。
いま思えば、あのとき引き返しておけば良かった。
もし、パーティーのメンバーに長命で知識の豊富なエルフか慎重で保守的なドワーフ、あるいは危機に敏感な獣人族なんかがいたら、たぶん引き返してたんじゃないかな。
だけど、私たちは前に進むことを選択した。吸血鬼退治の依頼がそこそこ実入りが良く、しかも吸血鬼程度に敗北するっていうイメージが浮かばなかったからね。
そして、私たちは最深部の玄室にたどり着いた――




