暗黒教団
【注】今回は物語上の「設定語り」となっております。ややこしいので、適当に読み飛ばしてもらっても大丈夫です。
「さて、前はどこまで話したっけ」
当然の権利のようにお昼ごはんをご馳走になったアイリスは、皿を片付けに台所に行ったリサが戻ってきたタイミングで、テーブルの上に指を組んでおもむろに話し出した。
「君たちのパーティー、疾風怒濤が迷宮に潜るところからだな。首都の近くの、元暗黒教団のアジトだったか」
「そうそう。物覚え良いね、コウ君。だいぶ前の話だったのに」
「記憶力には自信があるんだ」
「暗黒教団って何ですか?」
席につきながら、リサが疑問を口にする。今回もアイリスは、リサの同席を歓迎した。
「いい質問だね。これはリサちんの勉強も兼ねてるから、なんかわかんないところがあったらどんどん質問していいからね」
アイリスは木のマグカップに入ったお茶をすすった。
*
「暗黒教団というのは、この世をつくり出したと言われている二柱の神、光明神フィレオンと暗黒神エシュタルのうち、暗黒神エシュタルに連なる神々を信仰する教団のことだね」
「エシュタルという名前は聞いたことがあります。闇の女神ですよね」
「そう。フィレオンとエシュタルは世界に初めて発生した二人の神だ。兄妹とも夫婦とも、また兄妹であり夫婦であるとも言われている。二人は協力してあらゆるものを作っていった。しかし、そのうち二人は仲違いする。あくまで自分自身を頂点に置き、定命の者として生きとし生ける者を創造していったフィレオンに対し、エシュタルは自分と対等な神々を永遠の者としてつくり出そうとした」
「そして『暗黒の神々』が誕生する」
コウが補足した。アイリスがうなずく。
「そう。エシュタルは自分の力を分け、時には肉体を切り分け、自らと同等の永遠の者である神々を創造したんだ。彼ら『新しき神々』は、母であるエシュタルが司っていた世界の半分、闇に属するさまざまなものを司っていた。彼らは自らに与えられた力を喜び、我が世の春を謳歌した。それに激怒したのがフィレオンだった」
「フィレオンが怒ったんですか? どうして?」
「『新しき神々』はあまりにも自由にやりすぎたんだね。フィレオンは創造と秩序と光明、エシュタルは破壊と混沌と暗黒を司る神として出現した。暗黒神エシュタルの創造した神々は、彼女の司る様々な性質をそれぞれ代表していた。その中には、いろいろな形の欲望や恐怖、嗜虐心や破壊衝動、さらには暴力や殺戮を司る神までいた。それらの神々は自らの強大な力を誇るように、地上の定命の者たちに対して、しだいに横暴な振る舞いをするようになっていく」
「エシュタルの本質は『自由』だ。『自由』は時として他者の『自由』と衝突し、侵害する」
コウが補足した。アイリスは軽くうなずき、テーブルの上で手の指を揉みながら続ける。
「そう。だけど彼女の創造した神々に備わっていた『自由』は不完全なものだった。エシュタルは何もかもから自由にしてとらわれのない神だった。自分自身の暗黒の力からすらも自由だったんだ。だけど、彼女の子供たちは各々が司る属性に束縛されていた。種々の欲望、怒りや恐怖、死や破壊などを司る神々は、己が司る破壊や殺戮の本能から自由になることはできなかった。その結果、定命の者たちはどうなったか」
「定命の者たちは『暗黒の神々』に思うさまに蹂躙されることになる。光明神フィレオンは、彼がいかに慈悲深くあろうとしても、『暗黒の神々』の専横な振る舞いを許すことはできなかった」
「そう。『新しき神々』の中には定命の者たちを愛したり友となったりする者もいたけど、多くは虐待したり暴力を振るったり、まるでおもちゃのように扱ったんだね。しかも、彼らを創造したエシュタルはそれを止めることができなかった」
コウは頬杖をつき、テーブルの表面を指先でとんとんと叩いた。
「なまじ彼女が対等の存在として『暗黒の神々』をつくり出したからだな。エシュタルは力を分け、身を切り、骨を削って神々を作り出した。そのせいで、すっかり力を失ったんだ。エシュタルは自分が創造した神々に定命の者への非道な振る舞いを止めてほしかった。しかし『子供たち』は『母』の言葉を聞かなかった」
「なんか……ひどいですね。エシュタルは可哀想すぎます」
「いまの人類の社会でもありそうな話だよね。『子供が親の言うことを聞かない』なんてさ。むしろそういう教訓を込めて作られた神話なのかもしれない」
「作られた神話なんですか? フィレオンとエシュタルは存在しなかった?」
その問いに、アイリスは少しコウを見やった。
「そこはわからない。多くの人は神々の存在を信じている一方、少数の人は『神などいない』と公言してる。北方の機械文明の人たちとかね。でも、現に私たちは魔法というものを行使し、神聖教会ではフィレオンの名のもとに、奇跡として『死すべきでなかった命』の蘇生を行ったりしているよね。神がいなければ、奇跡や魔法が存在するのは何故だろう? 私がいま話している神話が『その通りの事実』かは別として、神々や悪魔と表現される何らかの存在が『人々の願いを聞き届けるもの』として私たちに影響をおよぼしているのは確かだと思う」
「僕もその意見には賛成だ」
アイリスの長広舌に、コウが首肯した。
「幼い頃に神聖教会……つまりフィレオン教会へ通っていた身としては、神の存在は信じたい気持ちはある。僕も一応は低位の神聖術を行使できるしな。あと個人的に、ひとつの物語として神話を見るとき僕はフィレオン側に肩入れしている」
「『暗黒の神々』って言ってたもんね」
「そうだ。フィレオン側から見れば、エシュタルの生み出した神々は『暗黒の神々』ということになる。なにしろ定命の者を気まぐれに殺し、文明を思うさま破壊する神々が『暗黒』でないわけがない。中立的に見れば『新しい神々』ということになるが」
「人は物語を作るものであるし、昔から言い伝えられているうちに話は膨らんでいくものだよね。その過程で色んな解釈が生まれる。エシュタルが『身を切り、骨を削って』神々を作ったっていうのは『どういう生き物なんだよ』って思うけど、一種の例えと考えれば『魔法の力で新たな存在を生み出して、それで魔力を失っていったんだろう』なんて風に解釈できる」
アイリスは椅子の背もたれにかけていた道具入れから油紙に包まれたキャラメルを取り出した。
「リサちん、キャラメル食べる?」
「甘いものは苦手ですが、せっかくなのでいただきます」
「コウ君は?」
「もらおう」
アイリスはリサにキャラメルを手渡しし、コウには「ほれ」と言って放った。
「ずいぶん扱いが違わないか?」
「可愛い女の子と大人の男の扱いが違うのは当たり前だからね。ねーリサちん?」
「このキャラメル、おいしいですね。塩味が効いています」
「あら、つれないねぇ」
三人はもぐもぐとキャラメルを食べ、お茶を飲んだ。
*
「で、どこからだっけ」
「エシュタルの生み出した神々の行いにフィレオンが怒った。エシュタルも『子供たち』に対して定命の者への振る舞いを改めてほしいと懇願した。そこからだな」
「そうそう。さすがだねコウ君」
コウはなんでもないような顔をしてお茶を飲んだ。
「エシュタルは、自分の力を切り分けて『新たな神々』……つまり『暗黒の神々』を創造した。そのせいで力を失って『暗黒の神々』に対して何もできなかった。そういうことなんですか?」
「そう。そこが悲しいところでね。エシュタルは自分自身の、神としての力と様々な性質を切り分けて『新たな神々』をつくり出したから、彼らとの力関係は逆転していたわけだね」
「そして彼らは『母』であるエシュタルを殺した」
「殺した!?」
リサは思わず大きな声を出した。
「殺したというのは言い方だな。エシュタルは不滅の存在である『原初の神』だ。永遠の者である神々の中でも特別に、決して滅ぼされない永遠性を持つ。無力な存在となったエシュタルを邪魔に思った『暗黒の神々』は彼女を打ちのめし、その力をさらに徹底的に奪い、二度と自分たちの前に出て来られぬように地の底、死者の世界に永遠に封じ込めたんだ」
「エシュタルが現在『地底の神』『冥府の神』とも言われてる原因だね」
「そうだ。そして、そこまでされてついにフィレオンの堪忍袋の緒が切れた」
「エシュタルはフィレオンの妹だったり妻だったりする存在だ。当然だよね」
「かくして『暗黒の神々』と光明神フィレオンとの戦いが始まる。戦いは三日三晩続いたが、フィレオンと『暗黒の神々』との力量差は絶対的で、実際には一方的な虐殺といえた。虐殺といっても、やはり永遠の者である『暗黒の神々』は滅ぼすことができない。フィレオンは一人ひとりを打ちのめし、力を奪って地上から追放、彼らがエシュタルにしたように『暗黒の神々』を地の底へと封印していった」
「そして、『暗黒の神々』が封印された地下の領域は『魔界』と呼ばれることとなり、彼ら『暗黒の神々』とその眷属は『悪魔』と呼ばれることになりましたとさ」
アイリスはマグカップに残ったお茶を飲みほした。
「長くなったけど、これが『暗黒教団』の信仰の対象についての話だね。大丈夫? リサちん、ついてこれてる?」
「大丈夫です。理解できたと思います」
「リサは賢いからな。当然だ」
「なんでコウ君が鼻高々なの」
リサはコウを見て呆れた。
「賢いリサちんなら知ってるかもしれないけど、エシュタルを信仰することは許容されているんだ。『エシュタル教』は現在でも『フィレオン教』の分派として存在している。一般に言う『暗黒教』はこの意味だね」
「それはちょっと知ってます。旦那様のパーティーでもそうだったんですよね」
「そうだ。僕がいた冒険者パーティー、桜花騎士団の三人もエシュタル派でね。全員暗黒魔法を行使できた。桜花騎士団は自由を貴ぶパーティーだったからな。エシュタルは自由と混沌を司る神だから、そういった者たちが信仰することになる」
「やっかいなのは、エシュタルの子供たち……すなわち『暗黒の神々』を信仰することは白眼視されていて、『フィレオン教』からも明確に敵視されていることでね。エシュタル自身はいいけど、エシュタルの子供たちは駄目……なぜなら彼らは母であるエシュタルのいうことを聞かず、あまつさえ『殺した』者たちだから。いかにエシュタルの力を分けたといっても、そんなことをした瞬間に彼らは『暗黒の神々』となり『悪魔』とまで呼ばれるようになった」
「『自由』と『悪』は別、とも言えるな。そういうところは教訓めいている。『神話』が人間社会の都合で作られてきた経緯が見えるようだ」
コウが腕組みして言った。アイリスはそれにうなずく。
リサは話をまとめるように、アイリスに問うた。
「アイリスさんたちパーティーが潜っていた迷宮というのは、その『悪魔』たちを信仰する暗黒教団のアジトだった、そういうことなんですね」
「そう。何百年も前に滅びた『悪魔』を信仰する『暗黒教団』の分派だね。だから『暗黒教団』の影響なんてほぼほぼ消え去ってるはずだったんだけど……私たちは最下層で、とんでもない存在に出くわすこととなった」




