薪割り(と、戦いのその後)
山奥のケネル村――
冒険者アイリスが村にやってきて、その翌日、村の広場に突如としてメタルゴーレムが出現した時から、一週間近くが経過していた。
コウこと元冒険者コルネリウス・イネンフルスは、日々の生活を送りながら戦いの傷を癒していた。村に教会はあったが高位神聖術を行使できるほどの術者はいないため、いきおい自分で回復を行うことになる。日常の仕事をこなしながら、その日の終わりに残った魔力をすべて回復に注ぎこむ。そのおかげで、肉体は急速に回復していた。
戦いのさ中に使った高級ポーションで致命的な傷を回復していたことも大きかったが、ポーションはあくまで緊急用だ。極端な話、毎日飲むようなものではない。あくまで「自分の生命力を前借りして」傷を急速に治す効果であり、しかも高級なものほど前借りの度合いが大きくなる。コウもゴーレムとの戦いの後、しばらく虚脱して数日間はまったく何の役に立たなかったほどだ。
噂によれば、官吏登用試験に挑む若者などは勉強の時間の捻出や集中力を増すため日常的にポーションに頼る者もおり、そのため「命の前借り」のしすぎで命を落とす者もいるらしい。
――くわばらくわばら。
ポーションのことを考えながら、コウは薪を割った。戦いで骨折していた左腕で斧を振るい、回復の具合を確かめる。もう十分に力は戻っているようだ。
コウの住む小さな家の裏手。薪棚と物置が併設された、少し広い空間だ。
「やっほー、調子はどうかね?」
家の影からアイリスが現れた。いつものだぼっとした服。腰のベルトには短杖だけを提げているようで、服の裾から先端がちらりと覗いている。
「おかげさまで、ほぼ元通りだよ。君のほうはどうだ?」
「私は別に。怪我はほとんど無かったし、コウ君みたいに魔力を使い果たして寝込んだりしてなかったからね」
「寝込んだのはポーションのせいだと思うけどな」
「反動があるほど高級なやつだったの?」
アイリスは転がっていた薪の一本を手に取り、薪棚に置きながら訊いた。
「いざという時のために買っておいたやつでね。信用できる筋から手に入れたので値が張った。桜花騎士団の時に結局使わなかったものだが……出番があって良かったのか悪かったのか」
「良かったと思うよ。命が助かったんじゃん」
「だな。そういえば、ゴーレムの残骸やらは、あれからどうなった?」
「とりあえず村の鍛冶屋に引き取ってもらったよ。けっこう技術がある人らしくて、何やかや使い切れるだろうって言ってた。加工しきれないものは商人に渡すそうだから、その時あらためて分配を相談することになったよ」
コウとアイリスが倒したゴーレムの残骸は、冒険者ギルドのルール上「コウとアイリスのもの」となる。ギルド支部が設置されていない山奥のこの村でも冒険者を雇うことはたまにあるらしく、その点は周知されていた。
あの時コウが発動した水・地属性魔法《緑青》はかなりの効果を発揮したようで、メタルゴーレムを真っ二つに分断した後も「魔法の錆」は上半身をしばらく侵食してから停止した。そのため残ったのは頭部のほぼ上半分と胸の下側、上腕部と前腕部で、下半身は丸々無傷だったという。
「すごい魔法だったね。あんな古い術式を知ってたことのほうがあたしには驚きだったけど」
「古い魔法だったのか」
コウは薪を割る手を止め、斧を置いて汗をぬぐう。そして腰に手を当ててアイリスのほうを見た。
アイリスは腕組みして、薪棚の柱にもたれかかっている。
「だいぶ昔の魔法だね。いまは金属を錆びさせるだけなら地系か水系の単独でこと足りる。《緑青》なんて何十年前の冒険譚に出てくるくらいだよ。私も見るのは始めてだった」
「……僕の地元はだいぶ田舎でね。魔導書も古いんだ」
「金属系の魔物への対策は火系でも十分だよね。コウ君はメインが火・風系でしょ? 神器生物には十分対応できると思うけど」
「あいにく僕は、なんでもできるわけじゃない」
「けっこうなんでもできてたと思うけどね」
ゴーレムに向けて、コウは十本の《魔法の矢》をそれぞれ別属性で撃った。しかも矢を自分の指先に紐づけ、フィードバックで弱点を探るなどという仕掛けまで施して。
あんな芸当は普通できない。すくなくとも、アイリスは見たことがなかった。
「器用なだけさ。正確にいえば器用貧乏だな。そのせいで、僕の完全上位互換みたいな奴に追放を言い渡されたが」
「『天才』ハインリヒ・グラーベン」
「……よく知ってるな」
「知らない冒険者はいないよ」
コウは足元に転がっている薪を手に取る。
「僕は広く浅くがモットーなんだ。……と言えば聞こえはいいが、色んなことに興味が移るせいで、深くものごとを突き詰められないタイプとも言える。桜花騎士団の仲間たちは一つのことを究めるタイプで、まぁハインリヒなんかは一つどころか色んなことを究めていたが……そこですれ違いが生まれていたのかもな」
「ずいぶん、自分のことを分析してるじゃん」
「考える時間があったからな」
切り株に薪を乗せ、軽く斧を打ち込み、薪ごと持ち上げて叩きつけて真っ二つに割る。
「ゴーレムの核晶は? かなり稀少なやつだったんだろう?」
「村長の家に置いてあるよ。コウ君に渡した聖剣の代わりにするって言ってた。一応、私が簡単に《結界》を設置しておいたよ。家は修復まっ最中だけど」
村長の家は、ゴーレムに跳ね飛ばされたコウが一階部分を破壊していた。ここ二週間ばかり、村人の多くがその修復に関わっている。
「聖剣って、」
「村長が勝手にそう言ってるだけだけどね。来歴もよくわからないし……《分析》でもわからなかったんでしょう?」
「少なくとも格は高いみたいだな。僕の技量じゃよくわからなかった。いずれどこかで鑑定してもらうさ」
村長から、リサを介して渡された剣は、なんとなくコウが保管していた。村長はコウに譲ったつもりでいるらしい。
――あんだけの魔物ば倒して、何も無ぇってこどはねぇべ。俺達の気持ぢだど思って受け取ってくれればええ。
村長はそう言っていた。聖剣などと言っているが、謎めいた剣であることは確かだ。あんな硬い神器生物を斬った割には刃こぼれ一つ無かった。すくなくとも、何かの付与魔法がかかっていることは間違いない。
それに、あの時視えた幻視――冒険者の男と、エルフの魔法使い。まるで冒険譚に出てくる「勇者」と「賢者」のようだった。
コウはかぶりを振った。戦いの興奮のさ中に見た幻視のことまで考えていたら身が持たない。
「村のみんなとはどうだい?」
「まぁまぁかな。子供たちとはだいぶ仲良くなったよ。大人もまぁ……さすがに全員の顔はわからないけど、悪い人はいないみたいだね」
「僕が冒険者をやめた気持ちがわかっただろ」
それに対しては、アイリスは黙って肩をすくめた。
アイリスは何やかやで村に居座っていた。ゴーレムを退治した後は、村の若者への訓練や子供たちの教育を買って出ている。
「いっそのこと、君も村に住まないか。ここでの暮らしも悪くないぜ」
「確かに悪くなさそうだね。温泉もあるし。でも――」
「旦那様、お昼が出来ましたよ! って、アイリスさん」
「あら、リサちゃ~ん! 今日も可愛いね~!」
「ど、どうも……」
両手をわきわきとさせて近づくアイリスに、リサはじりじりと下がる。
「リサちゃん、お菓子食べる? キャラメルがいい? ヌガーもあるよ」
「あいにく、私甘いもの苦手なんで」
「あら珍しい」
じゃれあう二人、というか一方的にリサを愛でるアイリスを見て、コウは少し微笑んだ。
「そういえば、今日はどうして来たんだ? いままでなんやかやでこっちには顔を出してなかったじゃないか」
迷惑そうなリサを抱きしめ、頭を撫で回していたアイリスは、それを聞いて真顔に戻った。
「私もいろいろ忙しくてね。ひと段落ついたんで、今日は話の続きをしに来たんだよ」
「話って?」
「私の……というより疾風怒濤の昔話と、この村に来た理由。それに新しくもう一つ、ドラゴンの話だね」




