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相談役(アドバイザー) その②

 アンナとエルガーは、首都内のとある建物の前で待ちぼうけを食らっていた。


 三階建ての石造りの建物。屋根裏も含めれば四階建てか。見張り台つきの時計塔まで併設されている、立派な市庁舎(ギルドホール)だ。

 首都にある冒険者ギルドの本拠地――それがその建物の正体だった。


     *


「いつまで待たせる気ね! ハイン遅いよ! もう二時間は経ってるね!」

「落ち着け(あね)さん。まだ三十分しか経ってねェ。そこの時計台のバカでかい鐘もまだ鳴ってないじゃねェか」


 地団太を踏むアンナに、エルガーは懐から懐中時計を出して見せる。その金ぴかの精密機械を見た瞬間、アンナの機嫌が一変し、目が輝く。


「なにエルガー、そんなものいつの間に買ったの。見せて見せて」

「ダメだ。姐さんは壊しそうだからな。いくらしたと思ってンだ」

「ケチ! いくらしても関係ないじゃん! それに壊しそうは偏見で無礼よ!」

「ダメだダメだ。何を言ってもダメだ。これ一個で飛竜(ワイバーン)一頭買えンだぜ」

「ワイバーン」


 エルガーから懐中時計をひったくろうとしていたアンナは、思わず手を止めて口をあんぐり開ける。


「庶民が一年は暮らせるじゃん」

「そうだ、しかも一家全員が暮らせる。子だくさんの家族でも余裕だろうな」


 エルガーは大事そうに懐中時計を開けた。鎖は腕に通しており、万が一にも落とさないようにしている。普段、あえて雑な印象を持たせるような行動を取ってイキるエルガーがここまでするということは、本当に高価なものなのだろう。


「二十八分くらいか。大将(ハインリヒ)がギルドに入ってから……二時間じゃないが()()()経つな」

「ねぇ、いくら首都といっても、冒険者ギルドってこんなでかい必要あるね? 普通は宿屋(イン)に収まるくらいよ」

「この市庁舎(ギルドホール)には冒険者ギルドだけが入ってるわけじゃねェ。商人や職人のギルドも全部入ってるんだ。いわば()()()()()()()()だな」

「へぇ」


 アンナは建物を見上げた。たしかに市庁舎(ギルドホール)入口の上部に色とりどりの紋章(エンブレム)がずらりと並んでいる。その中には見慣れた冒険者ギルドのものもある。

 エルガーは時計を懐に仕舞った。そして手持ち無沙汰に両手をこすり合わせたり、周囲をキョロキョロ見たりする。いつも担いでいる大斧《乾坤一擲(ファバンクシュピール)》が無いせいか、落ち着きがない。


「たしかにいろんなギルドがいっぱい入ってるみたいね」

「『ギルド』ってのはそもそも、大都市や大きめの街に発達するもンだ。商人や鍛冶屋、仕立て屋、石工、馬やそれこそ飛竜(ワイバーン)なンかの乗具を作る職人の組合(ギルド)もある」

「ふぅん。エルガー、よく知ってるね」

「これは、()()()()()()()から聞いたんだけどな」

「へぇ、コウが。納得ね。()()()()()()()()をよく知ってる奴だったね」


「失礼、」

 エルガーよりも若干背の高い、外套(マント)を着た男が、アンナとエルガーの間を割って入った。


 市庁舎(ギルドホール)の正面玄関前で地団駄を踏んだり時計を取り合ったりしていたので、二人が邪魔になっていたのは確かだ。だが市庁舎(ギルドホール)は大きな建物であり、正面玄関も広く、しかもアンナとエルガーは入り口から少し離れたところで立ち話をしていた。

 つまり、二人を避けようと思えばいくらでも避けられたはず。しかし、アンナとエルガーが目について腹が立ったのだろうか? 男はわざわざ()()()()してきた。

 二人が道を開けると、男はその真ん中を通り過ぎた。笑みを浮かべているようなそうでもないような、奇妙な表情を顔に貼り付けた男だった。


 男が市庁舎(ギルドホール)に消えるのを見て、アンナが毒づく。


「……なんねあれ、感じ悪いったら。髪型もヘンだったし」

「ぷっ」


 アンナのあんまりな一言にエルガーは思わず噴き出した。


「髪型は関係ないンじゃねェか。さすがに可哀想だろ」

「でもいまどき珍しいね。()()()()()ってやつかな。刈り上げにしてたし、どっかの貴族の坊ちゃんがそのまま大きくなったみたいね」

「たしかに。きれいな銀髪だったし目立ってたな。それに無駄に長身(デカ)いからなおさらだ」

「目もヘンだったね。メチャクチャ細かったよ。まるで雪の中に住む兎人族(レプス)がつける眼鏡みたいだったね」

「まぁ顔立ちは悪くなかったが……そこも相まって全体的にヘンな奴だな」


 アンナとエルガーは顔を見合わせ、クスクスと笑った。


「――遅くなったな」


 振り向くと、見慣れた小柄な姿――冒険者装束のハインリヒが市庁舎(ギルドホール)から出てきていた。鎧や手甲、輪兜(ディアデム)などは着けておらず、革の服と短杖(ワンド)のみの軽装。

 ちなみに装備は宿に置いてきてあり、《施錠(ロック)》の魔法で部屋を施錠してある。本人が開錠するか、一定時間経過するなどの条件を満たさないかぎり開かない魔法だ。


「……どうしたニヤニヤして。面白いことでもあったか」

「たいしたことじゃないね。ね、エルガー」

「そうそう。ちょっと大都市の職業組合について話してたンだ」


 ハインリヒは振り返って、様々なギルドの紋章(エンブレム)が掲げてある市庁舎(ギルドホール)の玄関上部を見上げた。そして二人に向き直る。


「さしあたって、我々が用事のあるのは()()()()()()だけだ。今からそこに向かう」


     *


 冒険者ギルドは市庁舎(ギルドホール)の二階、正面の階段をあがってすぐの大きな部屋に割り当てられていた。

 両開きの扉は開け放たれて……というか()()()()()()いる。冒険者の姿もちらほらいたが、それよりも職員のほうが多い。


「なんねこれ。みんな書類を持って忙しそうにしてるけど」

「このギルドは主に王宮からの依頼や、他国からの国同士の思惑が絡んだ依頼を、ほかのギルドへ()()()()()んだ。冒険者が直接依頼を受けに来ることもあるが、それよりもむしろ()()()()()()()と言ったほうがいい」

「ふぅん」

「はッ、王宮内の()()()()とか、国と国との面倒な()()()()を調整するッてわけか。ご苦労なこッたな」


 ハインリヒは二人を連れて部屋を横切り、奥まったところにある木の扉へと向かった。扉をノックすると、向こうから「どうぞ」の声がかかる。

 扉の取っ手をつかむと、わずかに魔力の火花が散る。限られた人間しか入ることのできない《施錠(ロック)》がかけてあるらしい。


「失礼」


 ガチャリと扉を開け、三人が中に入る。


     *


 豪華な造りの部屋だった。そこに、やはり一見して高級とわかる調度品の数々。

 奥まった場所に、やはり豪華で頑丈そうな机があり、その向こうに太った中年男が、偉そうな椅子に座っている。


 男は眼鏡をかけており、頭が大きく、全体的に丸っこい印象だった。

 かなりの肥満体だ。髪は頭頂部にわずかに残されているだけで、豪奢な服装がちぐはぐな印象を与えている。まるで人間以外の何かが人間の扮装をしているかのようだった。

 人間というよりオークに似ている。……いや、()()()()()()()()()()だろう。()()()()()()()()()()()()()。男を初めて目にしたアンナとエルガーはそう思った。


 三人を見ると、オークのような……否、()()()()()()()()()は肉の塊のような顔をぐしゃりと歪めた。

 たぶん「微笑み」に当たる表情だろう。「美しさ」という概念からは最もかけ離れた表情だった。


「よく来てくれたね。お二人には()()()()()かな、『魔拳』アンナ・フューゲルと、」

 と言って中年男はねっとりとした視線でアンナを見て、肉の塊のような顔をさらに歪ませた。アンナは反射的に怖気を震う。


「……『魔神』エルガー・シルブラッハ。ご活躍はハインリヒから聞いているよ」

 普段、不敵な印象をつけようとして皮肉めいた笑みを口元に貼り付けているエルガーは、意識的にか無意識にか、その瞬間スッと無表情になった。


「私が、桜花騎士団(キルシュリッター)相談役(アドバイザー)をやらせてもらっている、ファーベル・ヴァルトブルネンだ。まぁ、私の名前なんかはどうでもいいな。忘れてくれたって構わない。なんか俗物っぽい相談役(アドバイザー)がいたな、とだけ覚えておいてくれればいいさ」

 中年男は体を揺らして甲高い音を断続的に立てた。おそらく「笑い声」に相当するものだろう。


 エルガーとアンナはそれとなくハインリヒの顔を見た。ハインリヒはいつもの仏頂面をさらに仏頂面にしており、もはや鉄面皮といった趣きだった。

 しかし、そんなことよりも気になることがある。


     *


「そして、いよいよ君たち桜花騎士団(キルシュリッター)の、()()()()()()()()をご紹介しよう」


 ブタのような相談役(アドバイザー)が、笑顔のような表情で言い、傍らに立つ男を見やる。傍らの男が、貼りつけたような笑みをさらに深めた。

 笑っているのかいないのかわからなかった顔面が、今はハッキリと笑顔に見える。三日月型に上がった薄い唇に、ただでさえ細い目がまるで糸のようになる。

 男はスッと前に出て、胸に手をかざして一礼して見せた。


「お初お目にかかります。僕の名前はバルトロメーウス・ユーベルハウフェン。長いのでバルトでいい。いささか珍しい職業(クラス)()()()をやっております。今回、伝統ある桜花騎士団(キルシュリッター)の一員に推薦され、たいへん光栄に思っております」


 バルトロメーウス・ユーベルハウフェン――通称バルトは細い目をわずかに開いた。


 誰あろう、先ほどアンナとエルガーの間を意味不明に正面突破した男。

 背が高く銀髪で、おかっぱ頭の、胡散臭い笑顔を貼り付けたような、なんとも言いがたい印象の男だ。声までが胡散臭く響いた。


――王宮で道化師(ピエロ)でもやってたほうがいいンじゃねェか? さぞかし似合うだろうぜ。

 とエルガーは思った。


――きもすぎて逆に興味がわく男ね、その仮面のような面の皮を剝いで素顔を見てみたいよ。

 とアンナは思った。


「君たち……いや()()()かな? 桜花騎士団(キルシュリッター)の伝統にしたがえば、僕の二つ名はさしずめ『魔弾のバルト』ということになると思う」


 よろしく頼みますよ、と「魔弾のバルト」は言った。

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