桜花騎士団 その②
桜花騎士団の魔法拳士アンナ・フューゲルと暗黒神官戦士エルガー・シルブラッハは、首都内のとある建物の前で待ちぼうけを食らっていた。
三階建ての石造りの建物。屋根裏も含めれば四階建てか。見張り台つきの時計塔まで併設されている、立派な市庁舎だ。
首都にある冒険者ギルドの本拠地――それがその建物の正体だった。
「いつまで待たせるね! ハイン遅いよ! ギルドに入ってから、もう二時間は経ってるね!」
「落ち着け姐さん。まだ三十分しか経ってねェ。そこのバカでかい鐘もまだ鳴ってないじゃねェか」
地団太を踏むアンナに、エルガーは懐から懐中時計を出して見せる。その金ぴかの精密機械を見た瞬間、アンナの機嫌が一変し、目が輝く。
「なにエルガー、そんなものいつの間に買ったの。見せて見せて」
「ダメだ。姐さんは壊しそうだからな。いくらしたと思ってンだ」
「ケチ! いくらしても関係ないじゃん! それに壊しそうは偏見で無礼よ!」
「ダメだダメだ。何を言ってもダメだ。これ一個で飛竜1頭買えンだぜ」
「ワイバーン」
エルガーから懐中時計をひったくろうとしていたアンナは、思わず手を止めて口をあんぐり開ける。
「庶民が一年は暮らせるじゃん」
「そうだ、しかも一家全員が暮らせる。子だくさんの家族でもつつましやかに暮らせるだろうな」
エルガーは大事そうに懐中時計を開けた。鎖は腕に通しており、万が一にも落とさないようにしている。普段、あえて雑な印象を持たせるような行動を取るエルガーがここまでするということは、本当に高価なものなのだろう。
「二十八分くらいか。大将がギルドに入ってから……まァ二時間でこそないがだいぶだな」
「ねぇ、いくら首都といっても、冒険者ギルドってこんなでかい必要あるね? 普通は宿屋に収まるくらいよ」
「この市庁舎には冒険者ギルドだけが入ってるわけじゃねェ。商人や職人のギルドも全部入ってるんだ。いわばギルドのバケモノだな」
「へぇ」
アンナは建物を見上げた。たしかに市庁舎入口の上部に色とりどりの紋章がずらりと並んでいる。その中には見慣れた冒険者ギルドのものもある。
エルガーは時計を懐に仕舞った。そして手持ち無沙汰に両手をこすり合わせたり、周囲をキョロキョロ見たりする。いつも担いでいる大斧《乾坤一擲》が無いせいか落ち着きがない。
「たしかにいろんなギルドがいっぱい入ってるみたいね」
「ギルドってのは大都市や大きめの街に発達するもンだ。商人や鍛冶屋、仕立て屋、石工、馬やそれこそ飛竜なンかの乗具を作る職人のギルドもある」
「失礼、」
エルガーよりも若干背の高い、外套を着た男が、アンナとエルガーの間を通り過ぎた。市庁舎の正面玄関前で地団駄を踏んだり時計を取り合ったりしていたので、邪魔になっていたのは確かだ。だが市庁舎は大きな建物であり、その正面玄関も広く、しかもアンナとエルガーは入り口から少し離れたところでやり合っていた。
つまり、二人を避けようと思えばいくらでも避けられたはずだが……目について腹が立ったのだろうか? 男はわざわざ正面突破してきた。
二人は道を開け、男はその真ん中を通り過ぎた。笑みを浮かべているようなそうでもないような、奇妙な表情を顔に貼り付けた男だった。男が市庁舎に消えるのを見て、アンナが毒づく。
「……なんねあれ、感じ悪いったら。髪型もヘンだったし」
「ぷっ」
アンナのあんまりな一言にエルガーは思わず噴き出した。
「髪型は関係ないンじゃねェか。さすがに可哀想だろ」
「でもいまどき珍しいね。おかっぱ頭ってやつかな。刈り上げにしてたし、どっかの貴族の坊ちゃんがそのまま大きくなったみたいね」
「たしかに。きれいな銀髪だったし目立ってたな。それに無駄に長身いからなおさらだ」
「目もヘンだったね。メチャクチャ細かったよ。まるで雪の中に住む兎人族がつける眼鏡みたいだったね」
「まぁ顔立ちそのものは悪くなかったが……そこも相まって全体的にヘンな奴だな」
アンナとエルガーは顔を見合わせ、クスクスと笑った。
「――遅くなったな」
振り向くと、見慣れた小柄な姿――冒険者装束のハインリヒが市庁舎から出てきていた。鎧や手甲、輪兜などは着けておらず、革の服と短杖のみの軽装だ。
ちなみに装備は宿に置いてきてあり、《施錠》の魔法で部屋を施錠してある。本人が開錠するか、一定時間経過などの条件を満たさないかぎり開かない魔法だ。
「……どうしたニヤニヤして。面白いことでもあったか」
「たいしたことじゃないね。ね、エルガー」
「そうそう。ちょっと大都市の職業組合について話してたンだ」
ハインリヒは振り返って、様々なギルドの紋章が掲げてある市庁舎の玄関上部を見上げた。そして二人に向き直る。
「さしあたって、我々に関係あるのは冒険者ギルドだ。今からそこに向かう」
*
冒険者ギルドは市庁舎の二階、正面の階段をあがってすぐの大きな部屋に割り当てられていた。両開きの扉は開け放たれて……というか取り外されていた。冒険者の姿もちらほらいたが、それよりも職員の数が多い。
「なんねこれ。みんな書類を持って忙しそうにしてるけど」
「このギルドはおもに王宮からの依頼や他国からの国同士の思惑が絡んだ依頼をほかのギルドへ卸している。冒険者が直接依頼を受けに来ることもあるが、それよりもむしろギルドのギルドと言ったほうがいい」
「ふぅん」
「はぁ、王宮内の何やかやとか、国と国との面倒なアレコレを調整するッてわけか。ご苦労なこッたな」
ハインリヒは二人を連れて部屋を横切り、奥まったところにある木の扉へと向かった。扉をノックし、向こうから「どうぞ」の声がかかる。扉の取っ手をつかむと、わずかに魔力の火花が散る。かぎられた人間しか入ることのできない《施錠》がかけてあるらしい。
「失礼」
ガチャリと扉を開け、三人が中に入る。
豪華なつくりの部屋と調度品。奥まった場所に、やはり豪華で頑丈そうな机と、その向こうに太った中年男が偉そうな椅子に座っている。男は眼鏡をかけており、頭が大きく全体的に丸い印象だった。人間というよりオークに似ていた。
中年男は三人を見ると肉の塊のような顔を歪めた。たぶん「微笑み」の表情に当たるのだろう。
「よく来てくれたね、お二人には初めましてかな。『魔拳』アンナ・フューゲルと、」
と言って中年男はねっとりとした視線でアンナを見て、肉の塊のような顔をさらに歪めた。アンナは反射的に怖気を震った。
「……『魔神』エルガー・シルブラッハ。ご活躍はハインリヒから聞いているよ」
普段、不敵な印象をつけようと皮肉めいた笑みを口元に貼り付けているエルガーは、意識的にか無意識にか、その瞬間スッと無表情になった。
「私が桜花騎士団の相談役をやらせてもらっている、ファーベル・ヴァルトブルネンだ。まぁ、私の名前なんかはどうでもいいな。忘れてくれたって構わない。なんか俗物の相談役がいたな、とだけ覚えていてくれればいいさ」
中年男は体を揺らして甲高い音を断続的に立てた。これはおそらく「笑い声」に相当するのだろう。
エルガーとアンナはそれとなくハインリヒの顔を見た。ハインリヒはいつもの仏頂面をさらに仏頂面にしており、もはや鉄面皮といった趣きだ。
しかし、そんなことよりも気になることがある。
「そして、いよいよ君たち桜花騎士団の、四人目のパーティーメンバーを紹介しよう」
バカでかい机のそばに立っていた男が、貼りつけたような笑みをさらに深めた。笑っているのかいないのかわからなかった顔面が、今ははっきりと笑顔に見える。三日月型に上がった薄い唇に、ただでさえ細い目がまるで糸のようになる。
男はスッと前に出て、胸に手をかざし一礼して見せた。そして言う――
「お初お目にかかる。私はバルトロメーウス・ユーベルハウフェン。長いのでバルトでいい。今回、伝統ある桜花騎士団の一員に推薦され、たいへん光栄に思っております」
バルトロメーウス・ユーベルハウフェン――通称バルトは細い目をわずかに開いた。
誰あろう、先ほどアンナとエルガーの間を意味不明に正面突破した男。背が高く銀髪で、おかっぱ頭の、胡散臭い笑顔を貼り付けたような、なんとも言いがたい印象の男だ。声まで胡散臭かった。
――王宮でピエロでもやったほうがいいンじゃねェか、さぞかし似合うだろうぜ。
とエルガーは思った。
――きもすぎて逆に興味がわく男ね、仮面のような面の皮を剝いで素顔を見てみたいよ。
とアンナは思った。
「君たち……いや私たちかな? 桜花騎士団の伝統にしたがえば、私の二つ名はさしずめ『魔弾のバルト』ということになると思う」
よろしく頼みますよ、と「魔弾のバルト」が言った。




