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桜花騎士団 その①

 首都――

 城壁近くにある安宿。二階が宿屋、一階が酒場となっている、ごく普通の宿屋(イン)だ。一階の酒場は宿泊客以外も利用でき、食事に来る住人や朝から酒を求める飲んだくれどもが集まっている。

 酒場の入り口付近に、桜花騎士団(キルシュリッター)の三人が集まっていた。


 天才魔道士、ハインリヒ・グラーベン。

 格闘魔道士、アンナ・フューゲル。

 暗黒神官、エルガー・シルブラッハ。

 それぞれ短杖(ワンド)を提げた最低限の装備でくつろいだ様子だが、一見して冒険者とわかる。革製の服には鎧の跡がついており、ハインリヒとエルガーは短剣を提げ、アンナは臑当を装着している。いつトラブルになっても対応できるように、冒険者は警戒を怠らない。


「……気に入らないな」


 ハインリヒがつぶやいた。目の前の皿はすでに空になっており、ニンジンだけが端に避けられて残されている。小柄な天才魔道士で、その実力と傲岸不遜な態度から、冒険者なら知らぬ者はいない。


「何が気に入らないね? ハインリヒ。朝ごはん?」


 硬いパンをもぐもぐと咀嚼しながら、アンナが東方訛りの残った言葉で問いかける。背が高く美しい、東方の血の混じった冒険者で、大陸では唯一の《魔法拳(ツァウバークンスト)》の使い手だ。ハインリヒは小柄だが、座っているとアンナと目線が同じになる。つまり、アンナの脚はそれだけ長いということだ。


「安宿にしてはかなり頑張ってると思うよ。あ、わかった。ニンジン出てきたから拗ねてるね。まったく、そういうところ子供っぽいんだから」

「そういうことじゃない」

「ニンジンといえば、コウは我慢して食べてたね。かなりやせ我慢だったけど、多分ハインより苦手だったと思うね」


 そう言ってクスクスと笑ってから、アンナはしまったという顔をした。だがハインリヒは少しため息をついただけで、とくに気分を害した様子もない。

 三週間前、ハインリヒたち桜花騎士団(キルシュリッター)はパーティーメンバーであるコウ――コルネリウス・イネンフルスを追放した。追放の案を言い出したのはハインリヒであり、アンナとエルガーはとくに異を唱えることもなく賛同した。


「今にして思えば、あれは間違いだった。奴を追放すべきではなかった」

「なんで? あれから依頼を三つもこなしたけど、なんの問題もなかったね。いつもの桜花騎士団(キルシュリッター)よ」

「そうだ。むしろ俺たちの動きは、コウの旦那がいた時よりも生き生きとしてたぜ。あの旦那はどうも消極的なところがあったからな。後方支援とか戦闘補助とかいうのもわかるンだが……『全員前衛』のテーマには合わねェ」


 テーブルから顔を上げ、エルガーが口を開いた。目の前には二人前の皿が並んでいる。「朝にしっかりと食事をするのが健康の秘訣」というのが、この暗黒神官の個人的な信念だった。意地汚い食べ方をするこの男は、魔法斧《乾坤一擲(ファバンクシュピール)》を使いこなし、一騎当千を自称する。


「『全員がバランスよく役割を果たす』なんてェのは、そりゃ他のパーティーのモットーだろ。俺たちは『全員が持てる力を出し切る』だ。そうじゃないか大将?」

「その通りね。エルガーもたまにはいいことを言うね」

「たまにじゃないだろ、俺はいつもいいことを言ってるぜ」


 長い脚を組み、ケラケラと笑うアンナに、エルガーは食べながら器用に抗議の言葉を口にする。


――そう、エルガー(こいつ)の言葉は間違っていない……


 コウ追放後、桜花騎士団(キルシュリッター)は3件の依頼をこなした。ゴブリンの巣穴を滅ぼし、廃ダンジョンに棲みついた吸血鬼を討伐し、森に現れたトロルを退治した。いずれもAクラスパーティーにとって容易(たやす)い仕事であり、パーティーが3人でも何の支障もなかった。

 ……と、アンナとエルガーは「そう思っている」。


――(コウ)の果たしていた役割は大きかった。二人はそれに気づいていないようだが……


 コウは先陣を切ることこそなかったものの、敵の弱点を分析し、的確な対処をすることに長けていた。アンナやエルガーがピンチに陥った時もさりげなく助け、しかもそれを二人に気取られることもなかった。

 今まではうまく行っていたが、今後、我々の力が及ばないような敵が出てきたとき、コウのようなメンバーの不在が致命的な結果をもたらすのではないか。

 ハインリヒは嫌な想像を頭を振って追い払った。


「わん!」


 足元に、まだ子犬と言っていいくらいの犬がじゃれついてきた。ハインリヒは皿に残ったニンジンを投げてやる。


「わぁ、可愛いワンちゃんね! ほら、パンくずもあげるよ」

「わん! わん!」


 アンナが立ち上がり、テーブルからパンくずを集めて子犬の足元に撒いてやる。


「エルガー、そのローストビーフを一枚くれ」

「なんだって? この俺の肉をか? 冗談じゃねェ。()()くれてやろうじゃねェか」


 破顔一笑して快諾するエルガーから薄切り肉を二枚受け取り、ハインリヒはしゃがみこんで子犬に与えてやった。危険な任務を請け負う、戦闘中心のAクラス冒険者パーティーに訪れた、ささやかな憩いの時。


「ところで大将、なんでまた首都くんだりなンかに来たンだ? 依頼だけならもっと良い街や村があるだろう」

「そのことだが――」


 ハインリヒは立ち上がり、エルガーとアンナを見やった。


「我々はこれから相談役(アドバイザー)に会う。そこで、()()()()()()()()()()()と会う約束になっている」

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