勝利の祭り
広場の中心――
昼間、突如として現れたメタルゴーレムをコウとアイリスが撃破した場所に、夜になって村人たちが営火を設置した。薪を井桁に組んで火を焚き、燃え上がる炎を前に村人たちが談笑している。出店が設置され、祭りの時の食事がふんだんに振舞われる。めいめいが木製のジョッキやカップ、様々な食べ物を手にし、突然催された祭りを楽しんでいるようだ。
満点の星空。この山奥の村では、何か大きな事件やおめでたい出来事などが起こった際、営火を焚いて祭りを行う。
今回の大きな事件、ないしはおめでたい出来事とは、昼間の「メタルゴーレム討伐」だ。
アイリスは木製のジョッキを持って営火の近くにたたずんでいる。パチパチと薪が爆ぜ、火の粉が舞い散る。火の温かみが体の前面に伝わってくる。冒険者御用達の革の服ではなく、普段着のだぼっとした布の服に着替えているが、たすき掛けにした荷物入れを背中に負っている。服の影に隠れているが、上着とズボンの境目あたりに短杖が見える。顔に2、3ヶ所、ついたばかりの生々しい傷跡が見てとれる。言うまでもなくメタルゴーレムとの戦いでのものだ。
ジョッキには村の発泡性ぶどう酒が入っていた。さほど強くはなく、甘みの残った飲みやすい酒だ。
「アイリスさん!」
リサが近づいてくる。串焼きの肉と、パンのようなものを両手に持っている。
その様子を、村人たちが遠巻きに眺めている。アイリスを見つめる視線は、崇敬と畏怖。村人の多くは、冒険者の戦い――それも死闘――を見たのは初めてだったのだ。
「これ、食べませんか。お祭りの食べ物」
「ありがと」
アイリスは串焼きとパンを受け取った。焼けた肉の香ばしさが食欲をそそる。丸型で手のひらに少し余るくらいのパンは朝に食べたハーブ入りの硬いやつではなく、柔らかめの生地の中に何かが入っておりずっしりと重い。どちらにもハーブ類はふんだんに使われているようで独特の匂いがする。
串焼きの肉を一つかじると、肉の硬さとハーブでも打ち消しきれなかった獣臭さに混じって、かすかに魔力を感じる。
「これは……魔猪の肉かな」
「そうです。前に村に入り込んできて暴れてたのを仕留めた時に、肉を分けて塩漬けにしておいたものですね」
「こっちは、」
パンにかぶりつく。野菜や豆、獣の内臓など細かく切ったものを炒めて煮込んだ具を、やわらかいパン生地に包んで焼いたもののようだ。表面にちょうどよく焼き目がついており、もっちりとした生地にジューシーな具の汁が染みている。
「どうですか」
「うん、いいんじゃないかな」
独特の臭みがあり、はっきり言って好みは分かれるだろう。だがアイリスは両方、もくもくと食べ続けた。
若者たちは今アドリブで作ったと思われる勝利の歌を歌いながら、木で出来た剣や盾や槍を掲げ、踊りながら火の周りを歩いている。営火から少し離れたところにはメタルゴーレムの頭が竿の先にくくりつけられて見世物になっており、大人たちはもの珍しく眺めて話し合い、子供たちは石を投げつけている。
「あの……アイリスさん」
「なんだいリサちん」
「……えっと、」
リサは「リサちん」に対して何か言おうと少し迷ったようだが、
「あらためて、昼間のこと、ありがとうございました。アイリスさんと旦那様がいなかったら、私たちはどうなっていたかわかりません」
「あー、いいっていいって」
アイリスはもぐもぐと噛んでいた食べ物をジョッキのぶどう酒で流し込んだ。そして空いた手をひらひらと振る。
昼間の戦いで筋力は使い果たしていたアイリスは日常用の補助魔法で体の動きをサポートしていたが、もちろん、リサはそのことに気づくはずもない。
「村長からもさんざんお礼言われたし。いきなりあんなのが出てくるなんて誰も思わないって。私だって自分の身を守るために戦ったまでさ」
「でもあんな魔物を討伐して、それで何もないっていうのも」
「そのことだが――」
二人の後ろからコウが近づいてきた。
「コウ君、」
「旦那様!」
リサがコウに駆け寄る。コウは頭に包帯を巻き、左手を吊っていた。右手には杖を持って、脚を引きずっている。その様子に、リサは思わず息を呑んだ。
「お体、大丈夫ですか」
「ああ、平気だ。少し大げさに見えるがね」
「ずいぶん丁寧にぐるぐる巻きにされたね。教会の魔法は効きが悪かったのかい?」
アイリスは串焼きの串を空になった木のジョッキに入れ、手についた食べ物の汁を舐めながら訊いた。
コウは右側だけ肩をすくめた。
「この村にはそもそも高位神聖術を行使できる術者がいないんだ」
「わかってるよ」
「そんなことより」
コウは片手で《静寂》の魔法を行使した。宵闇に紛れる暗紫色の魔法陣がしめやかに展開され、3人を取り囲む。周囲の音が遠ざかり、3人を静寂が包む。コウは地面に杖を置くと、いかにもしんどいといった様子で腰を下ろした。二人もそれに従って地面に座る。
「メタルゴーレム討伐の報酬なら僕が払うよ。相場はどのくらいかわからないが」
「あんた、そんなお金あるの? この村だとカネは必要ないって言ってたじゃない」
「追放される前に貰った報酬が手付かずであるんでね。それに手持ちの金も併せて五十オーラムくらいはあるはずだ」
「金貨五十枚か」
たいしたもんだね、とアイリスは目線を外し、火のほうを見て独り言ちるように言った。五十オーラムというのはちょっとしたカネだ。都会の真ん中にそこそこ上等な宿を取っても、1ヶ月以上は何もしないで暮らせるだろう。
「せっかくだけどね、あいにく私もカネには困ってない。それに、金儲けをするためにこんな山奥くんだりまでわざわざ来たわけでもない」
「だろうな」
「気持ちはありがたく受け取っておくよ。金貨を寄越せって意味じゃなく、この先あたしが何かで困るようなことがあったら出資してもらう。それでチャラってことさ」
「そう言ってもらえるなら助かる」
営火が一つ爆ぜ、火の粉が散る。村人たちは昼間の戦いの恐怖を忘れようとするかのように盛り上がっている。
「ねぇ、一つ聞きたいんだけど」
「なんだ」
二人は営火のほうを向いたまま話をする。リサは二人の様子を見比べている。
「《静寂》まで使ってその話をする理由は何? お金の話を村人に聞かれたくなかったってこと?」
「……そうだ」
「意外だね。そんなに村人を信用してないんだ」
「それは違う。僕は村人を悪人にしたくないんだ」
空を見上げると、今にも降ってきそうな満天の星空。
「この村の人たちはいい人だ。だがちょっとしたカネが原因で、人は目の色を変える。桜花騎士団にいた時、僕はそういうのを何度も見てきた。パーティーの仲間たちもその点に関してはシビアでね。『人を信用するな』『お前はお人よしすぎる』と何度も言われたよ」
だから、村人たちを惑わせないようにカネの話はしない。
そんな風に言うコウに、
「……いい人だね、君は」
アイリスが、コウの横顔を見てふわりと笑った。
その様子を見て、リサはむっとした顔になり、アイリスの腕を取って立ち上がる。
「さっ、アイリスさん! もっとおいしいものあるんですよ。普段は食べられないんだから。私がお祭りを案内します!」
「ちょ、ちょっとリサちん」
リサはアイリスを引っ張って《静寂》の結界を出て、出店のほうへ歩いていった。
その様子を見るともなしに見ながら、コウの意識は過去へ――三週間ほど前の「追放」の日へと飛んでいた。
――お前はいつだって悪くない。それが一番気に入らないんだよ。
「ハインリヒ、僕の何が悪かったんだ」
その言葉は当然のように、《静寂》に阻まれて誰の耳にも届かなかった。




