メタルゴーレム その⑤
リサが差し出した剣。コウはそれに見覚えがあった。
村長の屋敷に飾られていた一振りの長剣。古くさいデザインだが装飾的なところもあり、鍔には青い宝石が嵌っている。鞘だけは新調したらしく、柄や鍔と比べてぴかぴかしている。
「これは――?」
「村長が、旦那様とアイリスさんに持って行けって」
「君に持って行けって言ったのか? いくらなんでも危なすぎる」
「いえ、そうではなくて」
どおおおおん、と広場のほうから音が鳴り、土埃が舞う。コウとリサは同時にそちらを見た。
「――とにかく、これは使ってもいいんだな?」
「はい……あの――」
「話はあとで聞く」
コウは一瞬逡巡し、剣の鞘を握った。もし呪いなどがかかっているとしたら、それは剣の本体のほう。鞘は後から作られたもので、呪いの本体ではないはずだ。
――いずれにしても選択肢はなさそうだが。
以前、目にした時も、とくべつ怪しい印象は持たなかった。だが用心に越したことはない。
「リサ、早くここを離れて安全な場所へ行け」
「はい、旦那様もお気をつけて」
「大丈夫だ」
強がりそのものであるセリフを吐き、コウは剣を手に、戦いの場へと駆け出す。
「リサ! 早ぐこっちさ来い!」
村人たちの声が、屋敷の裏手から聞こえる。リサが振り返ると、屋敷は半壊しており一階部分が瓦礫の山と化していた。物見高く見物していた村人たちが数人怪我をしたらしい。
「もう見物してる余裕は無ぇど! 早ぐしろ!」
「はい!」
リサはもう一度広場の方を見やり、駆けていくコウの後姿を見た。その後、村人たちに合流する。
*
アイリスはメタルゴーレムの顔面や首の付け根あたりを狙って投げナイフを投擲し、いずれも命中・爆発していた。コウの腐食魔法《緑青》が炸裂した後、はっきりとダメージが通るようになった。
だが、表面の重厚な鎧が砕けたせいだろうか。ゴーレムの攻撃は皮肉なことに速度と凶暴さを増していた。
――ダメージの蓄積で命令が変わるのかしら。だとしてもやることは変わらないけど。
ゴーレムが立て続けに拳を繰り出すのを舞うように躱し、その動きの勢いを利用して大剣を叩きこむ。遠心力を利用した美しい一撃がゴーレムの前腕部に食い込み、跳ね返されたがあきらかに最初の時のような防御力は感じない。
――フォォォォーーーーーンンン……
メタルゴーレムは身を起こし、一瞬の溜めを作った。そして、
「――ッッ!!」
アイリスを狙って蹴り上げる。とっさに大剣で受け止めるも、アイリスは跳ね飛ばされて宙を舞う。
――馬鹿! なぜ拳だけと思い込んだ!
空中で身を翻しゴーレムを見ると、腕を引いて溜めを作り、拳の攻撃を繰り出すところだった。《雲踏》で宙を踏み、続いてやって来る致命の拳を躱す。空中からゴーレムの顔面に《火球》を放ち、牽制しつつ着地。当然のように、《火球》はさほど効いていないようだ。
「――やってくれるね」
「アイリス!」
ゴーレムの背中側からコウの声が聞こえる。
「コウ! 無事だったのかい!」
「なんとかね! でも魔力がほとんどない!」
メタルゴーレムは上半身を軋ませながら回し、コウを見やった。その後、頭部を回してアイリスを見、両者を見比べ距離を測っている。
「サポートだけでいい! 注意を引きつけてくれればあとは私がやる!」
「頼む!」
アイリスは大剣を構え、先ほどの攻撃で外れた《防御》を貼り直す。コウは村長が託した剣の柄に触れた。ばちっ、と音がして魔力の火花が散る。
――なんだ?
コウの脳裏にイメージが閃いた。
二人の人物がいる。一人は額の位置に宝石の嵌った輪兜を装備し、冒険者然とした軽装にマフラーを巻き、剣を持った男。男が持っているのは今まさにコウが抜かんとしている剣のように見える。もう一人は淡い金色の長髪をなびかせた、耳の尖った痩身の女。エルフ族だろうか。男と同じように冒険者然とした軽装に銀の胸当てをつけ、古びた木の長杖を抱えている。
これは――
「コウッ!!」
アイリスが叫んだ。コウは我に返ると、ゴーレムの拳を間一髪で避け、地面を転がり、立ち上がると同時に剣を抜く。びりっ、と魔力が腕を伝う。剣身は錆びついているということもなく使えそうだ。鈍い鋼色がきらめく。
「ぼさっとしてると死ぬよ! その剣は!?」
「村長からの預かりものだ!」
「へぇ、心強いね!」
剣はコウの掌にすいつくようにしっくりと収まった。不思議にも重さを感じない。すくなくとも呪われてはいないようだが――考えている暇はない。アイリスとコウはゴーレムから等距離を保ってじりじりと動く。最初に対峙した時のように、とりあえずどちらを攻撃するか迷わせる。「二つの干し草の前でロバを迷わせる」作戦だ。
しかし、このまま時間が経過するとゴーレムは前と同じように回転攻撃を繰り出してくる。
回転攻撃。
「アイリス、」
「何だいコウ君」
「ちょっと思いついたことがある」
「奇遇だね。あたしもちょうど、いいことを思いついたところさ」
二人は目配せをし、同時にある部分を指さした。戦いのさ中、唇の端だけでにやりと笑う。
「こいつが回り出す刹那が勝負だ」
「わかってるよ」
じりじりと等距離を保ちつつゴーレムの周囲を回る。ゴーレムは二人を見比べる。そして、動きを止める。
メタルゴーレムは腕を縮め、上半身を半回転させて溜めを作った。そして、反対側に回りはじめる――
「いまだ!!」
「応――ッ!!」
ゴーレムが回転攻撃を繰り出すと同時に、二人は同時に地面を蹴り、メタルゴーレムの懐に入り込む。アイリスは大剣を、コウは長剣をそれぞれ横薙ぎに繰り出す。ゴーレムの腰腹部――回転する軸に、両側から得物を水平に叩きつける。コウは残っていた最後の魔力を《鋭利》の魔法につぎ込み、長剣を強化。金属音と火花が散り、ゴーレムの回転軸が激しくぶれる。
「るおおおおおッ!!」
「ぶった切れろ――ッ!!」
激しい破壊音とともにゴーレムの胴体は削れていき、やがてコウとアイリスの剣は交錯し、二人はそのままの勢いでゴーレムから離れ、地面を転がる。ゴーレムの上半身は回転しながらひっくり返り、地面に落ちても軸のぶれた回転を続ける。下半身は立ったままの状態で、切断された断面からは火花を散らしている。
――フォォォ…………ォォォォーーーン……………………
断末魔のような駆動音が尾を引いて止み、ゴーレムの上半身は回転を停止した。赤色に明滅していた単眼は橙色から黄色へと変わり、緑色に変わり、青色になって黒く消えた。




