表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/100

出立

 新品の、銀色に光る胸当てを装備したコウは、上半身をひねり、脚を上げ、剣を振る動作や短杖(ワンド)を抜く動作する。


「うん」

「どんだべ」

「いいんじゃないかな。動きを邪魔しないし、サイズもちょうどいい」


 体を大きく回し、その場で膝を抱えるように飛び跳ねる。

 その様子を、胸当てを作った親方が、腕組みをして見やる。


     *


 村にある唯一の鍛冶場。

 炉から離れた少し広い場所で、コウの動きを親方と弟子が見守っている。


「ありがとう親方。いい仕事だ」

()りな、鎧さ出来(でぎ)るぐらいのいいとごろは意外と(すぐ)ねくてな」

「いや、これで十分だ。とりあえず()()()()()()()()ね」

「前の装備さ比べでだいぶ()()さなってるばって、大丈夫だべが?」

「ああ」


 コウは胸当てを、親指の関節で()()()()と叩く。

 左肩と左腋、右腋を通る三箇所のベルトで固定された、いびつな三角形のような形をした、心臓を守る最低限の胸当てだ。冒険者御用達の革の服の上に着けている。


「僕はよく戦士系だと思われることがあるけど、もともと()()()()()()なんだ。()()()()剣も振るえるってだけでね」

「な、なるほど?」


 太い腕を組み、あご髭に手をやりながら、親方は首をかしげる。


「まぁ……最低限の装備でいいってことさ。魔法があれば身は守れる」

一応(いぢおう)一番(いぢばん)()()()()()を使って作ったばってな、何が()()()()だどごがあるがも知らねぇ。あっだら何時(いづ)でも言ってけ」

「ああ。ありがとう」


 鍛冶場の端に転がっている、()()()()()()()()()()をコウは見やる。


「ずいぶん()()()()みたいだな」

「んだな。見だ目は多がったばって、中身(ながみ)()()()()ばっかでな。()(どご)は表面だげだったし、()()がぜば使える(とご)も多いべったって、今すぐ出来(でぎ)るのは()()ぐらいだ」

「……いい仕事だよ、親方。()()()()を加工するなんて並大抵じゃない」

「そ、そう言って貰えるのは嬉しいな」


 親方は照れて鼻先を掻く。その隣で、弟子も照れる。

 コウはそれを見て微笑んだ。


     *


 メタルゴーレム戦後、コウは村の鍛冶屋に()()()()()を発注していた。

 それが出来上がった、というわけだった。


 コウが発動させた水・地系魔法《緑青(ヴェアディグリス)》のせいで、手持ちの装備の中で()()()()()()はすべて青錆と化してしまったからだ。

 冒険者服のボタンまでもが崩れ落ちてしまったのには閉口した。コウは森を歩いて木の枝を集め、手ずから木製のボタンを作らなければならなかった。


 桜花騎士団(キルシュリッター)時代に着けていた装備――輪兜(ディアデム)と、胸部全体を覆う胸当て、篭手と臑当はすべて朽ちてしまった。今のコウは簡素な、といっても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、革の冒険者服に着けているだけ。


(……これでは()()()()()()()()()()()()みたいだな)


 だが()()()()()、とコウは思う。()()()にはちょうどいい。

 それに、以前の()()()()()()()()()()()()()は、少なからず桜花騎士団(キルシュリッター)のメンバーに影響されたものだ。本来のコウ自身のスタイルではない。


桜花騎士団(キルシュリッター)……)


 コウはかつての仲間三人の顔を思い出す。


「天才」ハインリヒの、普段は()()()ともしない不遜な表情。

「魔拳」アンナの、心の底を見透かすような視線と、得意げな笑み。

「魔神」エルガーの、すべてをあざ笑うかのような皮肉な顔。


 いずれもコウとは全く違う性格で、いま思えば同じパーティーにいたことが不思議なくらいだ。しかしコウは三人のことが好きだった。


 だからこそ()()をつけなければならない。

 それは必ずしも、桜花騎士団(キルシュリッター)()()、といった意味ではない。しかし、彼らと()()ことになっても、コウはその運命を受け入れるつもりでいた。


     *


 アイリスは()()にいた。


 村人たちの墓が立ち並ぶその端、簡素な墓碑が三つ並んでいた。

 冒険者パーティー・野獣(フレンズ)のメンバーだった、グノン・アッファーフルスとジェンナ・ケアレクス。その二人の墓標。

 そしてその隣に新しく、木の板で出来た簡素な墓碑。そこにはアイリスの姉、マルグレーテ・ツヴァイテンバウムの名が刻まれている。


「アイリス、ここにいたのか」


 後ろからコウが近づき、声をかける。

 アイリスは振り返り、唇の端をやや歪めた。


「コウ君か」

「それは……()()()()()()()()か」


 アイリスは肩をすくめた。


「別にいいって言ったんだけどね。村のみんなが先走っちゃったらしくて」


 魔神を(たお)した後。山の中腹あたりに避難していた村人たちの多くはその戦いを目撃しており、コウとアイリスに話をせがんだ。

 二人は話せる範囲で()()の経緯を伝えたが、すぐに村中に話が伝わり、気が付いた時にはマルグレーテは「魔神に操られながらも最後は正気を取り戻し、妹のアイリスを助けて魔神を力を合わせて討った英雄」ということになってしまっていた。

 どこから出てきた話だ、とコウは思った。


「みんなの気持ちはありがたいけど、あくまで私の中では姉さんは()()()()()ってことになってるからね」


 アイリスは()()を見下ろす。


「だから()()は、あくまで姉の()()()ってことにしてもらっている」

()()()()()()()の記念碑か」

()()()()()()()()のね」


 皮肉げに笑うアイリスに、コウは合わせて笑みを作る。


()()()()だ。あのまま()が君の姉さんの体に取り憑いたまま現界で活動してたら、()()()()()()()()()()()()()からな」

「……そうだね」


     *


 コウはアイリスに冒険者タグを差し出す。


「何気なく僕が持ったままだった」

「……姉さんのタグだね」

「そうだ。こっちは野獣(フレンズ)の二人」


 アイリスは三つのタグを受け取った。


「……これらは()()()()()()し、タグに()()()()()()()()()した後、()()()()()して()()()()()()()()に還す。そうだな?」

「そう。ギルドの規定ではそうなってるね」

「グノンとジェンナの()()は」

「いない。少なくとも私はそう聞いてる」

「二人は()()だったのか」


 アイリスは手元のタグに目を落とした。


「……彼らは、故郷の村が()()()()に遭って()()()()()()せいで冒険者になったらしくてね」


 コウは眉をひそめる。


()()()()の被害者か」

「それと()()()()のね。冒険者って、()()()()()()()()()()()()()でもあるわけじゃん」

「……確かに」


 コウは腕組みをした。アイリスはちらりとコウを見る。


「だから、()()()()()()()も集まるんだ」

「そのタグはどうなる?」

「この二つは……一応、()()が終わったらギルドで野獣(フレンズ)に通達を出す。ダイノスが多分、二人を()()()()()()()()()()よ」


 コウはうなずいた。そして墓標を見る。


 村の石工が頑張ったのか、目新しい石の墓標にはグノンとジェンナの名前が共通語と獣人語で二列に彫られており、それと二人の種族のシンボルが刻まれている。




     * * *




 早朝――


 村人たちを起こさぬよう、アイリスは薄明(はくめい)のうちから準備を済ませ、馬車を動かして村の入り口まで進めていた。

 そこにコウがやってくる。冒険者としての装備をすべて身に着け、村長からもらったアンティークな剣を()き、長杖(スタッフ)――グレートヒェンを持っている。他の荷物は、あらかじめアイリスの馬車に積み込んでおいてあった。


 ちなみに()()()()()()()はその後、普通の長杖(スタッフ)に戻ったようで、コウやアイリスに《念話(テレパシー)》で語りかけたりはしていない。アイリスは残念がったが、どこか安心している風でもあった。


「おはよう、コウ君」

「すまない、少し遅れた」


 コウは馬車を覗き込み、葦毛の馬の顔を見やる。馬は横目でコウを見る。


「大丈夫かな。結局、荷物が多くなってしまったが」

「平気平気、この子は強いんだよ」


 馭者席のアイリスが請け負う。馬は答えるようにブルルッと鳴く。


「なんだか()()()みたいだね」

「この村のみんなは()()()()()()()()とするからな。これくらいでいいのさ」

「そうかもしれないね」


 アイリスは笑った。


 一ヶ月も世話になった村を出るのに、こんなに()()()()でいいのか、とコウも思う。しかし、()()()()()しないと、他ならぬ自分自身が躊躇しそうだ。

 だから、()()()()で出立することにした。()なのかどうかはわからなかったが。


 コウは村の門を開けた。馬車を導き出し、外から門扉を閉める。


「さぁ、行こうか」


 そして、馬車は山道を(くだ)っていく――




     * * *




「しかし、リサちんに何も言わずに村を出ちゃって、良かったの?」

「ん? ……ああ」


 馭者席から話しかけられ、コウは生返事を返した。


 確かに、リサには何も言わずに出てきた。()()()()()()()()()()()ことすら伝えなかった。

 出かける前、コウはリサの寝室をそっと開けた。布団が盛り上がっていることを確認し、そのまま足音を殺して家を出てきたというわけだ。足元に《静寂(サイレント)》まで付与した。


「いいんだ。もともと、リサは村長から言われて預かってただけだしな」

「そうなの?」

「……あんな()()()()な村娘が、()()()()()()(そば)にいていいはずがない。そうだろ?」

「……………………」


 アイリスはしばらく無言でいたが、


「……ぷっ、くくっ」

「なんだ、何がおかしいんだ」


 こらえきれずに噴き出したアイリスに、コウは抗議の声を上げる。


「コウ君、ぷっ、ずいぶん()()()なこと言うじゃん」

「そりゃ感傷的にもなるだろ、なんだかんだ一ヶ月も一緒に暮らしてきたんだ」

「でもさ、リサちんが冒険者の側に()()()()()()()()()とか、それはコウ君の()()()()()()()ってもんだよ」

「……どういうことだ?」


 そして、アイリスは振り返って言った。


「リサちんが()()()()()()()なんて、()()()()()()()()だよ。()()()()()()?」


     *


 荷物の一つ、ひときわ大きい木の箱が開き、そこから()()()()()()()()


「うわっ!!」


 コウは後ろに尻もちをつく。リサはかぶりを振って、()()()が左右に揺れる。


「ひどいですよ旦那様、私を置いていくなんて」

「リサ、ついて来たのか」

「そうです。コウ様は()()()()()なんですからね。どこへだってついて参ります」

「君は()()ではないぞ」

「もちろんです。私は()()()()()旦那様に仕えてるんですからね」

「あっははは!」


 アイリスは笑い出した。


「アイリス、君も共犯か。リサに頼まれて、こっそり村を出る手助けをしたんだな」

「だって、可愛い娘に頼まれたら嫌とは言えないじゃん。リサちんは賢いんだよ、コウ君がすぐにでも村を出ようとしてるなんて、気づかないはずがない」

「旦那様、最近、旦那様が本当に大事にしてるものから順に、アイリスさんの馬車にこっそり運び込んでたでしょう? それで頼んだんです。私も連れて行ってほしいって」

「遊びに行くんじゃないんだぞ」

「もちろんです、覚悟はできてます。私は何だって出来ます」


 リサは胸を張り、コウは頭を抱える。アイリスは愉快そうに笑った。


「観念しなよコウ君。要するに、君はその娘に()()()()()()()()()んだ」

「そんなんでいいのか?」

「いいんです!」


 馬車はガタガタと山道を降りていく。


「あっ、旦那様! 空が明るくなってきましたよ!」


 リサが馬車の外を指さす。コウは目をしかめ、目頭を押さえてうつむく。アイリスは面白くて仕方がないといった風に笑い続ける。

 葦毛の馬は、人間たちのやり取りなどどこ吹く風で馬車を引いていく。



     * * *



 冒険者コウ――コルネリウス・イネンフルスは、新たなる仲間を得て、ようやく山奥の村を旅立った。

 しかし、彼は自らの行く先に待ち受けている()()を知る由もなかった。


『忌々しき阿婆擦れ女』――()()は意地の悪い笑みを浮かべながら糸車を回す。

 その不吉なる軋みは誰の耳にも届くことはない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ