出立
新品の、銀色に光る胸当てを装備したコウは、上半身をひねり、脚を上げ、剣を振る動作や短杖を抜く動作する。
「うん」
「どんだべ」
「いいんじゃないかな。動きを邪魔しないし、サイズもちょうどいい」
体を大きく回し、その場で膝を抱えるように飛び跳ねる。
その様子を、胸当てを作った親方が、腕組みをして見やる。
*
村にある唯一の鍛冶場。
炉から離れた少し広い場所で、コウの動きを親方と弟子が見守っている。
「ありがとう親方。いい仕事だ」
「悪りな、鎧さ出来るぐらいのいいとごろは意外と少ねくてな」
「いや、これで十分だ。とりあえず心臓さえ守れればね」
「前の装備さ比べでだいぶ軽装さなってるばって、大丈夫だべが?」
「ああ」
コウは胸当てを、親指の関節でこんこんと叩く。
左肩と左腋、右腋を通る三箇所のベルトで固定された、いびつな三角形のような形をした、心臓を守る最低限の胸当てだ。冒険者御用達の革の服の上に着けている。
「僕はよく戦士系だと思われることがあるけど、もともと魔道士クラスなんだ。たまたま剣も振るえるってだけでね」
「な、なるほど?」
太い腕を組み、あご髭に手をやりながら、親方は首をかしげる。
「まぁ……最低限の装備でいいってことさ。魔法があれば身は守れる」
「一応、一番いいとごろを使って作ったばってな、何がおがしけだどごがあるがも知らねぇ。あっだら何時でも言ってけ」
「ああ。ありがとう」
鍛冶場の端に転がっている、メタルゴーレムの残骸をコウは見やる。
「ずいぶん苦労したみたいだな」
「んだな。見だ目は多がったばって、中身はからくりばっかでな。硬で所は表面だげだったし、鋳溶がぜば使える所も多いべったって、今すぐ出来るのはそれぐらいだ」
「……いい仕事だよ、親方。魔法金属を加工するなんて並大抵じゃない」
「そ、そう言って貰えるのは嬉しいな」
親方は照れて鼻先を掻く。その隣で、弟子も照れる。
コウはそれを見て微笑んだ。
*
メタルゴーレム戦後、コウは村の鍛冶屋に新しい防具を発注していた。
それが出来上がった、というわけだった。
コウが発動させた水・地系魔法《緑青》のせいで、手持ちの装備の中で金属製のものはすべて青錆と化してしまったからだ。
冒険者服のボタンまでもが崩れ落ちてしまったのには閉口した。コウは森を歩いて木の枝を集め、手ずから木製のボタンを作らなければならなかった。
桜花騎士団時代に着けていた装備――輪兜と、胸部全体を覆う胸当て、篭手と臑当はすべて朽ちてしまった。今のコウは簡素な、といってもメタルゴーレムを素材にした魔法金属の胸当てを、革の冒険者服に着けているだけ。
(……これでは宅配専門の賭け出しの冒険者みたいだな)
だがこれでいい、とコウは思う。再出発にはちょうどいい。
それに、以前の一通り揃えた前衛っぽい装備は、少なからず桜花騎士団のメンバーに影響されたものだ。本来のコウ自身のスタイルではない。
(桜花騎士団……)
コウはかつての仲間三人の顔を思い出す。
「天才」ハインリヒの、普段はにこりともしない不遜な表情。
「魔拳」アンナの、心の底を見透かすような視線と、得意げな笑み。
「魔神」エルガーの、すべてをあざ笑うかのような皮肉な顔。
いずれもコウとは全く違う性格で、いま思えば同じパーティーにいたことが不思議なくらいだ。しかしコウは三人のことが好きだった。
だからこそ決着をつけなければならない。
それは必ずしも、桜花騎士団と戦う、といった意味ではない。しかし、彼らと戦うことになっても、コウはその運命を受け入れるつもりでいた。
*
アイリスは墓地にいた。
村人たちの墓が立ち並ぶその端、簡素な墓碑が三つ並んでいた。
冒険者パーティー・野獣のメンバーだった、グノン・アッファーフルスとジェンナ・ケアレクス。その二人の墓標。
そしてその隣に新しく、木の板で出来た簡素な墓碑。そこにはアイリスの姉、マルグレーテ・ツヴァイテンバウムの名が刻まれている。
「アイリス、ここにいたのか」
後ろからコウが近づき、声をかける。
アイリスは振り返り、唇の端をやや歪めた。
「コウ君か」
「それは……マルグレーテの墓か」
アイリスは肩をすくめた。
「別にいいって言ったんだけどね。村のみんなが先走っちゃったらしくて」
魔神を斃した後。山の中腹あたりに避難していた村人たちの多くはその戦いを目撃しており、コウとアイリスに話をせがんだ。
二人は話せる範囲でことの経緯を伝えたが、すぐに村中に話が伝わり、気が付いた時にはマルグレーテは「魔神に操られながらも最後は正気を取り戻し、妹のアイリスを助けて魔神を力を合わせて討った英雄」ということになってしまっていた。
どこから出てきた話だ、とコウは思った。
「みんなの気持ちはありがたいけど、あくまで私の中では姉さんは死んでないってことになってるからね」
アイリスは墓碑を見下ろす。
「だからこれは、あくまで姉の記念碑ってことにしてもらっている」
「村を護った英雄の記念碑か」
「世界を救った英雄のね」
皮肉げに笑うアイリスに、コウは合わせて笑みを作る。
「実際そうだ。あのまま奴が君の姉さんの体に取り憑いたまま現界で活動してたら、何が起こってたかわからないからな」
「……そうだね」
*
コウはアイリスに冒険者タグを差し出す。
「何気なく僕が持ったままだった」
「……姉さんのタグだね」
「そうだ。こっちは野獣の二人」
アイリスは三つのタグを受け取った。
「……これらはギルドに返還し、タグに刻印された情報を回収した後、魔力を消去してしかるべき持ち主に還す。そうだな?」
「そう。ギルドの規定ではそうなってるね」
「グノンとジェンナの親族は」
「いない。少なくとも私はそう聞いてる」
「二人は孤児だったのか」
アイリスは手元のタグに目を落とした。
「……彼らは、故郷の村が獣人狩りに遭って焼け出されたせいで冒険者になったらしくてね」
コウは眉をひそめる。
「奴隷商人の被害者か」
「それと腐敗貴族のね。冒険者って、他に居場所がない者の集まりでもあるわけじゃん」
「……確かに」
コウは腕組みをした。アイリスはちらりとコウを見る。
「だから、そういう子たちも集まるんだ」
「そのタグはどうなる?」
「この二つは……一応、処理が終わったらギルドで野獣に通達を出す。ダイノスが多分、二人を背負って行ってくれるよ」
コウはうなずいた。そして墓標を見る。
村の石工が頑張ったのか、目新しい石の墓標にはグノンとジェンナの名前が共通語と獣人語で二列に彫られており、それと二人の種族のシンボルが刻まれている。
* * *
早朝――
村人たちを起こさぬよう、アイリスは薄明のうちから準備を済ませ、馬車を動かして村の入り口まで進めていた。
そこにコウがやってくる。冒険者としての装備をすべて身に着け、村長からもらったアンティークな剣を佩き、長杖――グレートヒェンを持っている。他の荷物は、あらかじめアイリスの馬車に積み込んでおいてあった。
ちなみにグレートヒェンはその後、普通の長杖に戻ったようで、コウやアイリスに《念話》で語りかけたりはしていない。アイリスは残念がったが、どこか安心している風でもあった。
「おはよう、コウ君」
「すまない、少し遅れた」
コウは馬車を覗き込み、葦毛の馬の顔を見やる。馬は横目でコウを見る。
「大丈夫かな。結局、荷物が多くなってしまったが」
「平気平気、この子は強いんだよ」
馭者席のアイリスが請け負う。馬は答えるようにブルルッと鳴く。
「なんだか夜逃げみたいだね」
「この村のみんなは盛大に送り出そうとするからな。これくらいでいいのさ」
「そうかもしれないね」
アイリスは笑った。
一ヶ月も世話になった村を出るのに、こんなにこっそりでいいのか、とコウも思う。しかし、このくらいしないと、他ならぬ自分自身が躊躇しそうだ。
だから、善は急げで出立することにした。善なのかどうかはわからなかったが。
コウは村の門を開けた。馬車を導き出し、外から門扉を閉める。
「さぁ、行こうか」
そして、馬車は山道を下っていく――
* * *
「しかし、リサちんに何も言わずに村を出ちゃって、良かったの?」
「ん? ……ああ」
馭者席から話しかけられ、コウは生返事を返した。
確かに、リサには何も言わずに出てきた。今日を旅立ちの日とすることすら伝えなかった。
出かける前、コウはリサの寝室をそっと開けた。布団が盛り上がっていることを確認し、そのまま足音を殺して家を出てきたというわけだ。足元に《静寂》まで付与した。
「いいんだ。もともと、リサは村長から言われて預かってただけだしな」
「そうなの?」
「……あんなまっすぐな村娘が、冒険者なんかの側にいていいはずがない。そうだろ?」
「……………………」
アイリスはしばらく無言でいたが、
「……ぷっ、くくっ」
「なんだ、何がおかしいんだ」
こらえきれずに噴き出したアイリスに、コウは抗議の声を上げる。
「コウ君、ぷっ、ずいぶん感傷的なこと言うじゃん」
「そりゃ感傷的にもなるだろ、なんだかんだ一ヶ月も一緒に暮らしてきたんだ」
「でもさ、リサちんが冒険者の側にいていいはずがないとか、それはコウ君の勝手な思い込みってもんだよ」
「……どういうことだ?」
そして、アイリスは振り返って言った。
「リサちんがどこに居たいかなんて、本人が決めるべきだよ。ねーリサちん?」
*
荷物の一つ、ひときわ大きい木の箱が開き、そこからリサが顔を出した。
「うわっ!!」
コウは後ろに尻もちをつく。リサはかぶりを振って、おさげが左右に揺れる。
「ひどいですよ旦那様、私を置いていくなんて」
「リサ、ついて来たのか」
「そうです。コウ様は私の旦那様なんですからね。どこへだってついて参ります」
「君は奴隷ではないぞ」
「もちろんです。私は私の意志で旦那様に仕えてるんですからね」
「あっははは!」
アイリスは笑い出した。
「アイリス、君も共犯か。リサに頼まれて、こっそり村を出る手助けをしたんだな」
「だって、可愛い娘に頼まれたら嫌とは言えないじゃん。リサちんは賢いんだよ、コウ君がすぐにでも村を出ようとしてるなんて、気づかないはずがない」
「旦那様、最近、旦那様が本当に大事にしてるものから順に、アイリスさんの馬車にこっそり運び込んでたでしょう? それで頼んだんです。私も連れて行ってほしいって」
「遊びに行くんじゃないんだぞ」
「もちろんです、覚悟はできてます。私は何だって出来ます」
リサは胸を張り、コウは頭を抱える。アイリスは愉快そうに笑った。
「観念しなよコウ君。要するに、君はその娘に気に入られちゃったんだ」
「そんなんでいいのか?」
「いいんです!」
馬車はガタガタと山道を降りていく。
「あっ、旦那様! 空が明るくなってきましたよ!」
リサが馬車の外を指さす。コウは目をしかめ、目頭を押さえてうつむく。アイリスは面白くて仕方がないといった風に笑い続ける。
葦毛の馬は、人間たちのやり取りなどどこ吹く風で馬車を引いていく。
* * *
冒険者コウ――コルネリウス・イネンフルスは、新たなる仲間を得て、ようやく山奥の村を旅立った。
しかし、彼は自らの行く先に待ち受けている運命を知る由もなかった。
『忌々しき阿婆擦れ女』――運命は意地の悪い笑みを浮かべながら糸車を回す。
その不吉なる軋みは誰の耳にも届くことはない。




