メタルゴーレム その④
コウの体はメタルゴーレムの拳に跳ね飛ばされた。屋敷の方向へまっすぐ飛んでいき、やがて建物の破壊される轟音が鳴り響く。
――これは……まずいか。
土埃と砂煙と石礫、それとメタルゴーレムがまき散らす青緑色に錆びた破片から顔を守るように腕を構え、依然として高速で上半身を回転させるゴーレムを見やり、アイリスは内心つぶやいた。
何かが砕けるような嫌な音がして、コウはおもちゃの人形のように飛んでいった。そして轟音。おそらくコウは村長の屋敷の壁に激突した。レンガの壁は粉々に破壊され、ガラス窓も粉砕しただろう。人体との激突によってだ。
――助かるかな……生きていてもらわなきゃ困るんだけど。
そう思いつつ、アイリスはむしろコウの蘇生が間に合うかを気にしていた。とっさに《防御》を展開できていれば助かることもあるだろうが、可能性は五分五分だ。
この世界にも「蘇生魔法」というものはある。だが蘇生というものは難しい。死体の損壊率やパーツの残り方、死亡後の経過時間など条件が厳しく設定されており、死者の生前の信仰と蘇生を行う教会の相性によっても成功率が変わってくる。無理な施術には反動があり、術者の命や肉体の一部、また本人や家族の運命にまで影響が出るため、たとえ資格があっても蘇生魔法自体を喜んで行使する者などいない。
ゴーレムは上半身の回転の速度を徐々に下げていき、ゆっくりと停止させた。正式詠唱により術式を十全に展開された金属腐食魔法《緑青》はその効果を遺憾なく発揮したようで、金属製の巨人の首から肩にかけてが大きくえぐれていた。表面の鎧のようなパーツは崩壊して剥がれ落ち、肩から胸にかけて内部の機械機構がむき出しになっている。
ずん、と足音を立ててゴーレムは屋敷の方角へ一歩踏み出した。
「どこへ行くッーー!」
アイリスは胸のベルトから抜いた投げナイフをゴーレムの後頭部に投擲した。《爆破》の呪文が込められたナイフが爆発し、ゴーレムの頭部を揺らす。
ゴーレムは上半身だけで振り返った。顔面の下半分、マスクパーツが崩れ落ちており、グロテスクな機械の素顔が露わになっている。大剣を構えるアイリスの足元に、二重三重に魔法陣が展開した。
「今度はあたしが相手だ、デカブツ」
ゴーレムの単眼がひときわ強く光った。
*
跳ね飛ばされたコウの体は目で追えない速度で一直線に宙を横切り、リサの脇を通りすぎ、村長の屋敷のレンガの外壁に激突した。遅れて風が舞い、リサの髪を乱す。
レンガの壁とガラス窓が砕けるすさまじい音と、屋敷の中から闘いを見守っていた村人たちの悲鳴。リサは激突の勢いに目をつぶり、衝撃から顔を守る。ガラガラと壁が砕け、土煙がもうもうと立ち込める。
「旦那様ッッ!!」
リサは裏返った声で悲鳴をあげる。屋敷へと駆け、埃にまみれながら破壊の現場へ。
――人の体がこんな風に飛ばされて、壁まで壊すなんて。
脳裡をよぎる不吉な想像を、首を振って打ち消す。
瓦礫の崩れる音がして、人影が立ち上がる。
「旦那様!」
「――リサか、」
瓦礫につまづきそうになりながら、埃と煙の中からコウが歩み出てきた。呼吸器にも損傷があるようで、ひどい声だったがリサにはコウの声だとわかった。コウは頭から血を流し、装備もボロボロに壊れていた。周囲に魔法陣の残骸である魔力光が火花のように散っている。
リサには知る由もなかったが、ゴーレムの打撃を受ける瞬間、コウは全魔力を《防御》に回していた。だが、そのせいで魔力はほぼ尽きている。
「怪我はないか――ゴボッ」
コウは文字通り血反吐を吐くと、震える手で懐から小さいガラス瓶を取り出し、瓶の首を折って中身を一気にあおる。その後、短くけいれんを起こし、激しくせき込む。
「旦那様、その――」
「大丈夫だ。これは使いたくなかったんだけどな」
声が元にもどっている。コウが飲んだのは冒険者が傷を癒すために用いるポーション、その最上位種。ポーションは肉体を回復させ、上位のものになるほど強い作用を持ち、欠損した肉体までも復活させる。しかしその作用は実のところ「使用者の生命力そのものを利用して肉体を修復する」というものであり、つまり寿命を削る。
冒険者稼業を知らない者や、薬の作用に無知な者は、ポーションを「飲み放題の便利な薬」程度にしか思っていない。だがポーションとは本来「遊びで用いる」ようなものではない。物事にはすべて「原因と結果」があり「作用と反作用」がある。便利なものには代償があり、無償のものなどこの世には存在しない。
コウは両手を何回か握ったり開いたりした。右手は問題なさそうだ。左手もまぁまぁ回復している。鎖骨と肋骨は折れており、さっきまで肋骨が肺に刺さっていたが高級ポーションのおかげでそこは回復している。ポーションは、とくに高級なものほど明確に指向性を持っており、使用者の重大な傷から先に回復する。
輪兜や胸当、篭手、臑当は、青緑色に錆び、ボロボロに壊れている。
――《緑青》がうまく行きすぎたか。得意でもない地属性の魔法をフルに詠唱したせいで、魔力のコントロールが出来なかった。
反省している暇はない。《武装解除》と口の中で唱え、壊れかけの輪兜と胸当、篭手、臑当を地面に落とす。こんな時でもないと使わない魔法だ。コウは冒険者たちがよく着る革製の服だけになった。
広場の中心の方角から爆発音が鳴り響いた。砂煙でよく見えないが、アイリスがゴーレムに攻撃を始めたようだ。
「まいったな、武器が無い」
コウは我知らず独り言ちた。手持ちの武器は失われ、魔力もほぼ尽きかけている。魔力回復のためのポーションは持ち合わせていなかった。
このまま戦場に戻ると、アイリスの足を引っ張るまである。今日、会ったばかりだが、アイリスは仲間の命をどちらかといえば守るタイプの性格だろう。これがかつての仲間たち――桜花騎士団の三人だったら、怪我をして役に立たない仲間がいたりしたら、むしろその役立たずの存在を利用して戦場でうまく立ち回るはずだ。
コウが逡巡し、広場の方を眺めながら自分にできることを考えていると、
「旦那様! これをお持ちください!」
胸に抱いていたアンティークな剣を、リサが差し出した。




