追放
「伝統ある桜花騎士団のリーダーとして、魔道士コルネリウス・イネンフルス。お前を追放する」
目の前の男――天才魔道士ハインリヒ・グラーベンはそう告げた。小柄な体躯に絢爛豪華な鎧と外套を身にまとい、頭には輪兜を装備する、貴族的な雰囲気の、傲岸不遜な男。腰には魔道士用の短杖と、彼の体躯に合わせてとくべつに作られた片手剣を提げている。Aランク冒険者だが、Sランク到達は時間の問題とされる、大陸じゅうに名の知れた有名人だ。
「……は?」
唐突に追放を言い渡された冒険者、コルネリウス・M・イネンフルスーー通称「コウ」はぽかんと口を開け、かろうじて一文字だけの答えを返した。赤と黒を基調にした軽鎧に短いケープ、腰にはハインリヒと同じように短杖と片手剣を装備している。ただし剣の長さは標準的だ。
先ほど依頼を終え、報酬を得て山分けを行ったばかり。いつものようにリーダーであるハインリヒが3割、他の三人のメンバーが2割ずつの分け前を取り、残りの1割をハインリヒが懇意にしているという「相談役」に渡す。今回はそれほどの収入でもなかったはずだが、意外にも革袋はやけに重い。派手に遊ばなければ2~3週間は暮らしていける金だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。どうして僕が追放なんだ?」
当然、コウは異を唱える。思わず声が大きくなるが、ここは街を出て少し離れたところに開けている荒れた平地、そして現在は夕暮れどき。声を多少荒げても周囲に人はおらず注目を集めることはない。いつもと違って即座に分配せず、ハインリヒが「少し歩こう」と言い出したのは不思議だったが、おそらくコウが取り乱すことを想定してここを選んだのだろう。
ハインリヒはコウの問いに少し目をそらした。
「お前はこのパーティーには合わない。伝統ある桜花騎士団のメンバーとしては不適格だ」
「そんな、いままで僕らはうまくやってきたじゃないか。あの『永遠と下る迷宮』だって僕がいなければ最下層まで到達できなかったはずだ。王宮主催の踏破大会だって、力を合わせて優勝しただろう」
「それはその通りだ」
「じゃあ何故――」
「わかってないね、コウ。あなたは甘すぎるのよ」
横から口を挟んだのは、桜花騎士団の紅一点、格闘魔道士のアンナ・フューゲル。東方出身の拳法家で、東方風の冒険服に胸当てという軽装。コウと並ぶくらい背が高く、脚が長く均整の取れた肢体に実用的な筋肉が乗っている。篭手や臑当に付与魔法を施して戦う、大陸に一人しかいない《魔法拳》の使い手だ。腕組みし、横目でコウをにらみつける。
「あなたは敵に情けをかけすぎるね。一時の情けで見逃した相手が感謝してくれると思う? あたしはそうは思わない。必ず禍根を残す。だから徹底的に全滅させる。それが桜花騎士団のやりかたよ」
アンナは東方訛りの少し残る発音で言う。ハインリヒの「弟子」を勝手に名乗り、大陸に名高い天才魔道士から折に触れて教えを乞うているだけあって――ハインリヒのほうは多少迷惑そうだが――傲慢な口ぶりや不遜な態度が「師匠」によく似ている。彼女もまたAランク冒険者だ。もっとも、ハインリヒと違って最近Aランクになったばかりだが。
「そうかもしれないが、僕にだって信念はある。できないものはできないし、最初からそれは伝えてあるはずだ。それに――」
「わかってねぇな、コウの旦那。あンたはこのパーティーに居場所がねぇンだよ」
後ろから口を挟んだのは、パーティーの回復役である暗黒系神官戦士、エルガー・シルブラッハ。《乾坤一擲》と名付けた巨大な魔法斧をかつぎ、いつもニヤニヤ笑いを絶やさない、カンに障る男だ。中肉中背のコウよりも少し背が高く、少し瘦せている。暗黒の力を得て黒鋼の斧を振り回す彼もまたAランク冒険者だ。
そしてもちろん、コウもまたAランク冒険者だった。
「あンたは役割がかぶるンだよ、ハインリヒの大将とな。だから大将はあンたのことが目障りってわけ」
「エルガー、」
さすがに眉をひそめて制止するハインリヒに、エルガーはニヤついたまま「いいから、」と言ってコウに向き直る。
「たしかにあンたは優秀な冒険者だ。なンでもできる。だがあンたのできることはすべてハインリヒの大将もできる。しかもより上手くできるンだ。ならあンたのいる意味って何だ?」
「し……しかし、それでも……」
言葉が続かなかった。パーティーの三人がすでにコウの追放に賛同しているようだ。コウ一人が異を唱えても、すでに決定は覆らないだろう。
「この話は『相談役』にも通してある。あと今回のお前の取り分だが、いつもの2割ではなく、俺とアンナ、エルガーの分から1割ずつ足して、手切れ金も兼ねて報酬の半分にしておいた。急な依頼が見つからなくてもしばらく生きていけるだろう」
なにしろ貯金もないだろうしな、とハインリヒは傲岸につけ加えた。
「……親切なことだな」
コウは力なく答える。アンナとエルガーは、今回の依頼の前にコウの追放を通達され、さほど異を唱えることもなくすんなりと了解したのだろう。そのこともコウの心を打ちのめした。報酬の革袋がずっしりと重く感じられるのは、いつもより多くのゴールドが入っているためか、それとも消沈して力が入らないためか。
コウは思わず膝をつき、がっくりとうなだれた。
「ギルドでのメンバー登録抹消はこちらからやっておく。お前は安心してこのままどこへなりと行け」
「……残念だ。もっと一緒に冒険していたかった」
「……怒らないのか?」
ハインリヒが問いかける。他の二人は、もう用事は済んだとばかりに街のほうへ歩き出している。
「どうして怒る? 君は優秀な冒険者だ。いや世界一と言っていい。一緒に過ごしていたのでよくわかるよ。君ほどの魔道士はいない」
コウは顔をあげてハインリヒを見た。そして力なく笑って言う。
「君と……いや君たちと過ごした日々は楽しかったよ。僕の何がいけなかったかわからないが……これからは君らの活躍を祈っているよ」
その言葉を聞き、ハインリヒの表情が歪む。
「なんだと? もういっぺん言ってみろ」
「……ハインリヒ?」
「『残念』だと、『楽しかった』だと? それだけか。その程度なのか? 『活躍を祈っている』だと? ふざけるな。もう少し声を荒げたらどうだ。顔を真っ赤にして怒り狂ったらどうだ、ええッ?」
「ど、どうしたんだハインリヒ」
「俺が優秀な冒険者だって? 世界一だって? そうだ、その通りだ。俺は世界一強い。俺ほどの魔道士はいない。誰もがそう言っている。今までに失敗した依頼はない。あの真っ赤な炎を吐くブラスドラゴンだって俺が一人で倒したようなもんだ。だが、どうしてお前がそんな風に言う? どうしてお前がそんな風に褒める?」
冷静さを装っているが、明らかに激昂している。ハインリヒの様子に気づき、アンナとエルガーも踵を返して戻ってきた。
「お、おい大将」
「ハインリヒ、どうしたね」
ハインリヒは腰から短杖を取り出した。コウも反射的に短杖を取り出して防御の姿勢を取るが、何をすればいいのかわからない。
「ハインリヒ、僕が何か悪いことを言ったか?」
ハインリヒの周囲に魔力が集まってくる。輪郭が緑色に輝き、風が巻き起こる。
「お前は何も悪くないさ。それが気に入らないんだ」
「そんな、」
「お前はいつだって悪くない。それが一番気に入らないんだよ」
ハインリヒはコウに短杖を突きつけた。足元に魔法円が現れ、光を描きながら二重三重に回転する。
「俺は天才と呼ばれてきた。俺は最強だ。いずれ誰しもが俺を世界一と認めるようになる」
ハインリヒの、独白にも似た吐露に、コウも首肯する。
「そうだ、君はまぎれもなく天才だ。僕もよくわかってる」
「やめろ! どうしてお前はそうなんだ。少しは否定してみろ。意地になってみろ。少しは自分こそが最強だと、自分こそが世界一になると言ってみろ!」
ハインリヒの魔力が膨れ上がり、緑色の光がワンドに流れ込む。ハインリヒの足元の魔法円がパッと消え、コウの足元に魔法陣が現れる。
風系の特殊魔法――《瞬間移動》
「さらばだコルネリウス・イネンフルス。次に会う時は敵同士と知れ!」
魔力の奔流がコウの体をあっという間に奪い去り、緑色の光はたなびく尾を残して空のかなたへと消え去った。




