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追放

「伝統ある桜花騎士団(キルシュリッター)のリーダーとして、魔道士コルネリウス・イネンフルス。お前を追放する」


     *


 目の前の男――天才魔道士ハインリヒ・グラーベンはそう告げた。

 小柄な体躯に絢爛豪華な鎧と外套(マント)を身にまとい、頭には輪兜(ディアデム)を装備する、貴族的な雰囲気の、傲岸不遜な男。腰には魔道士用の短杖(ワンド)と、短躯に合わせて特別に作られた片手剣を腰に佩いている。

 Aランク冒険者だが、Sランク到達は時間の問題とされる、大陸中に名の知れた有名人だ。


「……は?」


 唐突に追放(クビ)を言い渡された冒険者、コルネリウス・M・イネンフルス――通称「コウ」は()()()と口を開け、かろうじて一文字だけの答えを返した。

 赤と黒を基調にした軽鎧に短いケープ、腰にはハインリヒと同じように短杖(ワンド)と片手剣を装備している。ただし剣の長さは標準的だ。


 Aランクパーティー桜花騎士団(キルシュリッター)は先ほど依頼を終え、報酬を得て山分けを行ったばかりだった。

 いつものようにリーダーであるハインリヒが3割、他の三人のメンバーが2割ずつの分け前を取る。残りの1割は、ハインリヒが懇意にしているという「相談役(アドバイザー)」に渡すことになっている。

 今回はそこまでの収入ではなかったはずだが、意外にも革袋は重い。余裕をもって暮らしても二、三週間は生きていけそうな金額であるように思えた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。どうして僕が追放(クビ)なんだ?」


 当然、コウは異を唱える。

 思わず声が大きくなるが、ここは街を出て少し離れたところに開けている荒れ地、そして現在(いま)は夕暮れ時だ。声を多少荒げても周囲に人はおらず、注目を集めることもない。


 いつもと違って即座に分配せず、ハインリヒが「少し歩こう」と言い出したのは不思議だったが、おそらくコウが取り乱すことを想定してここを選んだのだろう。

 ハインリヒはコウの問いに対し、少し目を逸らした。


「お前はこのパーティーには()()()()んだよ。伝統ある桜花騎士団(キルシュリッター)のメンバーとしては不適格だ」

「そんな、いままで僕らはうまくやってきたじゃないか。あの『永遠と下る迷宮』だって僕がいなければ最下層まで到達できなかったはずだ。王宮主催の迷宮踏破大会だって、力を合わせて優勝しただろう」

「それはその通りだ」

「じゃあ何故――」


     *


「わかってないね、コウ。あなたは()()()()のよ」


 横から口を挟んだのは、桜花騎士団(キルシュリッター)の紅一点、格闘魔道士のアンナ・フューゲル。

 東方出身の拳法家であり、東方風の冒険服に胸当てという軽装に身を包んでいる。コウと並ぶくらい背が高く、脚が長く均整の取れた肢体に、実用的な筋肉が乗っている。

 籠手や臑当に付与魔法(エンチャント)を施して戦う、大陸に一人の《魔法拳(ツァウバークンスト)》の使い手だ。


 アンナは腕組みし、横目でコウをにらみつける。


「あなたは敵に情けをかけすぎるね。一時の情けで見逃した相手が感謝してくれると思う? あたしはそうは思わない。必ず禍根を残す。だから徹底的に全滅させる。それが桜花騎士団(キルシュリッター)のやりかたよ」


 アンナは東方訛りの少し残る発音で言う。

 ハインリヒの「弟子」を勝手に名乗り、大陸に名高い天才魔道士から折に触れて教えを乞うているだけあって――ハインリヒのほうは多少迷惑そうだったが――傲慢な口ぶりや不遜な態度が「師匠」によく似ている。

 彼女もまたAランク冒険者だ。最近Aランクに昇格したばかりだが。


「そうかもしれないが、僕にだって()()はある。できないものはできないし、最初からそれは伝えてあるはずだ。それに――」


     *


「わかってねぇな、コウの()()。あンたはこのパーティーに()()()()()()ンだよ」


 後ろから口を挟んだのは、パーティーの回復役である暗黒系神官戦士、エルガー・シルブラッハ。

乾坤一擲(ファバンクシュピール)》と名付けた、古代神器(アーティファクト)であるという巨大な魔法斧をかつぎ、いつもニヤニヤ笑いを絶やさない、常に皮肉と嫌味を交えた話し方をする男だ。中肉中背のコウよりも少し背が高く、少し瘦せている。

 暗黒の力を得て黒鋼の斧を振り回す彼もまたAランク冒険者だ。

 もちろん、コウもAランク冒険者である。


「あンたは役割がかぶるンだよ、ハインリヒの()()とな。だから大将はあンたのことが目障りってわけ」

「エルガー、」


 さすがに眉をひそめて制止するハインリヒに、エルガーはニヤついたまま「いいから、」と言ってコウに向き直る。


「たしかにあンたは優秀な冒険者だ。なンでもできる。だがあンたのできることはすべてハインリヒの大将もできる。()()()()()()()()()()()()()。ならあンたのいる意味って何だ?」

「し……しかし、それでも……」


 言葉が続かなかった。

 パーティーの三人がすでにコウの追放(クビ)に賛同している。つまり、コウひとりが異を唱えても決定は覆らない。


     *


「この話は『相談役(アドバイザー)』にも通してある。あと、今回のお前の取り分だが、いつもの二割ではなく、俺とアンナ、エルガーの分から一割ずつ足して、()()()()も兼ねて報酬の半分にしておいた。急な依頼が見つからなくてもしばらくは生きていけるだろう」


 どうせ貯金もないだろうしな、とハインリヒは傲岸につけ加えた。


「……親切なことだな」


 コウは力なく答える。


 アンナとエルガーは、今回の依頼の前にコウの追放(クビ)を通達されていたのだろう。そのため、さほど異を唱えることもなくすんなりと了解したのだ。そのこともコウを打ちのめした。

 報酬の革袋がずっしりと重く感じられるのは、いつもより多い枚数の金貨(オーラム)が入っているためか、それとも意気消沈して力が入らないせいか。


 コウは思わず膝をつき、がっくりとうなだれた。


「ギルドでのメンバー抹消手続きはこちらでやっておく。お前は安心してこのままどこへなりと行け」

「……残念だ。もっと一緒に冒険していたかった」

「……怒らないのか?」


 ハインリヒが問いかける。

 他の二人は、もう用事は済んだとばかりに街のほうへ歩き出していた。


「どうして怒る? 君は優秀な冒険者だ。いや世界一と言っていい。一緒に過ごしていたのでよくわかるよ。君ほどの魔道士はいない」


 コウは顔をあげてハインリヒを見た。そして力なく笑って言う。


「君と……いや君たちと過ごした日々は楽しかったよ。僕の何がいけなかったかわからないが……これからは君らの活躍を祈っているよ」


     *


 その言葉を聞いた時、ハインリヒの表情が歪んだ。


「なんだと? もういっぺん言ってみろ」

「……ハインリヒ?」

「『残念』だと、『楽しかった』だと? それだけか。その程度なのか? 『活躍を祈っている』だと? ふざけるな。もう少し声を荒げたらどうだ。顔を真っ赤にして怒り狂ったらどうだ、ええッ?」

「ど、どうしたんだハインリヒ」


 ハインリヒは豹変し、コウを問い詰める。コウは説得も反論も、なだめることもできず、ただ()()()()するしかできない。


「俺が()()()()()()だと? ()()()だと? そうだ、()()()()()。俺は強い。俺ほどの魔道士はいない。誰もがそう言っている。今まで失敗した依頼もない。あの真っ赤な炎を吐くドラゴンだって、俺ひとりで倒したようなもんだ。だが、どうしてお前がそんな風に言う? ()()()()()()()()()()()()()()()?」


 ハインリヒは珍しく激昂していた。

 リーダーの異変に気づき、アンナとエルガーも踵を返して戻ってくる。


「お、おい大将」

「ハイン、どうしたね」


 ハインリヒは腰から短杖(ワンド)を取り出した。

 コウはそれを見て、反射的に短杖(ワンド)を取り出して防御の姿勢を取る。しかし何をすればいいかわからない。


     *


「待ってくれハインリヒ、僕が何か悪いことを言ったか?」


 ハインリヒの周囲に魔力が集まってくる。輪郭が緑色に輝き、風が巻き起こる。


「お前は()()()()()()さ。()()()()()()()()()んだ」

「そんな、」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ハインリヒはコウに短杖(ワンド)を突きつけた。

 足元に魔法陣が現れ、光を描きながら二重三重に回転する。光の束が二条、三条と天に向かって噴き出す。


「俺は天才と呼ばれてきた。俺は最強だ。いずれ誰しもが俺を世界一と認めるようになる」


 ハインリヒの、独白にも似た吐露に、コウも首肯する。


「そうだ、君はまぎれもなく天才だ。僕もよくわかってる」


 その言葉に、ハインリヒはほとんど悲鳴のように叫んだ。


「やめろ! どうしてお前はそうなんだ。少しは否定してみろ。意地になってみろ。少しは自分こそが最強だと、()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


     *


 ハインリヒの魔力が膨れ上がり、緑色の光がワンドに流れ込む。ハインリヒの足元の魔法陣がパッと消え、コウの足元に魔法円が現れる。


 風系の特殊魔法――《瞬間移動(テレポート)》。


「さらばだコルネリウス・イネンフルス! 次に会う時は敵同士と知れ!」


 魔力の奔流がコウの体をあっという間に奪い去り、緑色の光はたなびく尾を残して空のかなたへと消え去った。

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