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3 ツキ


 四月下旬。

 咲き誇っていた桜の花も徐々に散り始め、川に花筏が出来る頃。

 桂月は大和の街を歩いていた。


 都市国家大和。

 古い時代から人とアヤカシが共存し、成長・発展してきた国だ。

 都市は商業の椿区、工業の竜胆区、研究の山吹区、娯楽の桔梗区と四つの区で別れており、桂月はその中の桔梗区に住んでいる。

 居酒屋に賭博施設、遊戯場に花街。色々と雑多に集まったこの区は、色々な意味で一日中賑やかだ。

 桂月は、そんな桔梗区の騒がしさが好きだった。


「あ、桂月さーん! おはよー!」

「桂月ちゃん、今日も美人さんねぇ。どうだい、うちで一杯飲んでいかないかい?」

「おはようございます。朝から麗しいお二人にお会い出来るなんて、今日は良い日ですねぇ。また夜にでもお邪魔しますよ」

「もー、桂月さんったら上手なんだから!」

「嬉しいわぁ、待ってるわよ~?」


 そんなやり取りをしながら、顔馴染みに手を振って歩く。

 この心地良くほど良い距離感があるのが桔梗区の好きなところだ。

 桂月は二年前に桔梗区へやって来たが、ずっと住んでいるのではないかと錯覚するくらい、ここは居心地が良い。たぶん、ここの住人たちと性分が合うのだろう。


「雪宮桂月!」


 そうしていると、ふと、背後から鋭い声が飛んで来た。

 聞き覚えのある声に滲む怒りの感情。何かしましたっけと考えながら、桂月はそちらへゆっくり振り返る。

 そこには丸々コロコロとした黒色の鳥――もといアヤカシが、怒った顔でぽんぽんと跳ねていた。


 ツキと言う名前のアヤカシだ。

 昔はもっと大きくて、色違いの鳳凰を彷彿とさせるような神々しい姿をしていたが、今では見る影もない有様である。まぁ、これはこれでかわいくて良いのだが。


「朝っぱらから元気ですね、ツキ。おはようございます」

「おはようございます! ……って、違うわ! ここで会ったが年貢の納め時じゃ! 貴様の霊力、わらわがすべて喰ろうてくれる!」

「おやおや。相変わらず蚊のようなことを言いますねぇ」

「かっ、蚊ぁっ⁉ き、貴様ぁ! 言うに事欠いて蚊とは何じゃ、蚊とは!」


 あんまりな言い草に、ツキはぷりぷり怒り出す。怒ったところで今のツキには迫力がない。見ていても、かわいいという感想しか浮かばない。

 かわいいと言えば、以前に見た時よりも丸くなっている気がする。そう思って見ていると、先ほど挨拶した顔馴染みが、ツキを見て「まぁっ!」と顔をほころばせた。

 

「あら~ツキちゃんじゃない! 今日もかわいいわねぇ。お菓子食べる?」

「えっ、食べる! 食べるぞ、わらわ!」


 そしてツキは桔梗区の住人が差し出したお菓子に飛びついて、幸せそうに食べ始めた。


(……こいつ、お菓子の食べ過ぎで太ったな)


 まぁ本人が幸せならば、他人が太ろうが痩せようが桂月には関係のない話である。

 すっかり桂月からお菓子に興味を移したツキを見て「仕方ない子ですね」なんて苦笑しながら、桂月はそろりと足音を忍ばせて再び歩き出した。


 ツキは以前に桂月と黎明が退治したアヤカシの一匹だ。

 居場所を別のアヤカシに奪われ、空腹によって理性を失い暴れ回っていたところを、黎明によって倒されたのである。

 いつも通りであれば消滅コースだったのだが、意識が戻ったところで「お腹空いた……」とあまりにも切ない声で言われたものだから、何だかかわいそうになって食事を与えて助けてやったのだ。


 しかし、本人はそのことをすっかり忘れてしまっているらしい。倒されて身体が小さくなったことを根に持って、ああやって桂月や黎明に喧嘩を吹っ掛けて来るのである。

 それで返り討ちにされるのがいつものことなのだが――少々面倒ではあるが害はないし、あの姿になったら桔梗区の住人たちからかわいがられるようになったので、まぁ良いかと桂月も放っておいている。

 自分の居場所が出来たと喜んでいたツキを見て、他人事には思えなかったのも理由の一つだ。

 とは言え喧嘩を吹っかけてくるのはやめて欲しいものだが。


「って、あー! 待て、桂月! 桂月ぅ! わらわの話はまだ終わっておらんぞ!」


 なんてことを考えていたら、お菓子を食べ終えたツキが、こっそり立ち去ろうとした桂月に気が付いた。あーあ、と桂月は肩をすくめる。


 そうしているとツキはその小さい両翼をぱたぱたと必死で動かしながら、桂月のところへ飛んで来た。

 走れば簡単に逃げられる程度の速さではあるが疲れるので、とりあえず桂月が同じ速度のまま歩いていると、ツキが頭の上にぽすんと止まる。

 ……意外と重量がある。前に乗られた時は、やっぱりもう少し軽かったはずだ。重さでゆらゆらと自分の頭が揺れるものだから、桂月は微妙に嫌な気分でツキへ視線を向ける。


「……ちょっと。食べ過ぎですよ、ツキ。あなた、前より太っているじゃないですか」

「太っ⁉ デリカシーと言うものがないのか貴様はっ!」

「正直者と言ってください。それにデリカシーを気にするならば、ちゃんと口を拭く。嘴のところ、お菓子がついていますよ」


 そう言いながら手で拭いてやれば、ツキは満更でもなさそうに、


「褒めて遣わす!」


 と言った。桂月も他人のことが言えた義理ではないが、偉そうなアヤカシである。桂月はため息を一つ吐くと半眼になる。


「それで、何です? 私の霊力を喰らいつくすって? 肥えますよ」

「肥えぬわ!」

「霊力ってカロリーがあるって黎明が言っていましたよ」

「えっ、本当に……?」


 黎明の名前を出したとたん、ツキは不安そうな顔になる。

 ……おかしい、喧嘩を売られるているのは桂月も黎明も変わらないのに。明確な信用の差を感じて、桂月は若干ショックを受けた。


「いいじゃないですか、お菓子や普通の食べ物だって霊力を回復するんですから」

「いーやーじゃー! わらわは早く、あのぴっちぴちの麗しボディに戻りたいんじゃ!」

「うわ、自分で言ってる……。そもそもすでにぴちぴちじゃないですか」

「太っていると申すか! この! この!」

「私の頭の上でぽんぽん跳ねないでもらえます?」


 ツキはぴいぴい鳴きながら桂月の頭の上で飛び跳ね始めた。そこそこ重量のあるものにそれをされると、さすがにちょっと眩暈がしてくる。

 引っ掴んで遠くに放り投げようかなんて桂月が思っていると、


「ちょっと。桂月サンの首が折れるでしょ、首が」


 黎明の声がして、頭に感じていた重さがなくなった。声の方へ顔を向けると、呆れ顔の黎明がツキを片手で掴んで立っている。


「おや、黎明。助かりました」

「いえいえ」

「おのれ狐の小僧! わらわの身体を不躾に掴みおって! はーなーせー! はーなーさーぬーかー!」


 じたばたと暴れるツキだったが、黎明の手はぴくりとも動かない。

 こうしてみるとなかなかの握力である。それでいてツキが苦しそうな雰囲気ではないのだから、この男さすがである。ははぁ、と感心して見ていると、


「桂月サン。百合サンから電話がありましたよ」


 ツキのことなど気にも留めずに黎明がそう言った。


「どうしました?」

「また山吹区でアヤカシが暴れているとか」

「はぁ、またですか。連中にはお休みの概念がないですからねぇ。困ったものです」

「わらわを掴んだまま日常会話をするでない!」

「仕事の会話ですよ。静かにしていてください」

「えっ仕事? それなら分かったのじゃ。大人しくしているのじゃ」


 しー、と桂月が口の前で人差し指を立てて言えば、ツキは大人しくなった。

 ツキは猪突猛進だが、空気を読んでくれようとしているあたり、憎めない部分もある。


(なかなかかわいいところもあるんですよねぇ)


 桂月がくすりと微笑んでいると、黎明はツキを掴んでいた手を緩めて、自分の肩に乗せる。

 自分のそれを比べると黎明の肩は安定感があるようで、ツキはちょこんと大人しく止まった。ついでに羽繕いまでし出したのだから、このアヤカシもなかなか図太い性分である。


「それでは、今から山吹区へ行けば良いですか?」

「ええ。守護隊の方で抑えているので、早めに来てくれると嬉しいと言っていました」

「分かりました。では向かいましょうか。ツキはその辺に捨てて……」

「捨てるでない! わらわも暇なのでついていくぞ!」

「暇……」


 もしかして、暇つぶしに桂月と喧嘩をしに来たのだろうか。

 この鳥……と思いながら桂月は山吹区へ向かうために、駅へ向かって歩き出した。


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