22 ずっとあなただけが
その後はなかなか怒涛の展開だった。
百合が連れて来た守護隊により氷月邸と真宵邸の捜査が行われ、そこでアヤカシを誘拐した犯人たちや、アヤカシ研究と称した非合法な実験の資料が次々と見つかったのだ。
関わった多くの者たちが捕まり、その中には氷月千明や御堂藍、それから篠崎良太の姿もある。良太はやはり氷月の屋敷の中にいた。ひとまず怪我などはなく、少々怯えてはいたものの、捕まった時はどこか安堵の表情を浮かべていたらしい。
しかし、やはり彼らの罪を公にすることは難しいらしい。
都市国家大和を守る大和守護隊の不祥事は、この国全体を混乱に陥れかねないからだ。混乱は新たな事件や被害を呼ぶ。だからこそ公表するわけにはいかないと言っていた。
そして氷月家に関しても、そこを追及すれば必ず守護隊に辿り着いてしまうため、表向きには何も処分は下らないだろうと聞いた。
ただし、あくまで表向きには、だ。
どれだけ消されようとも、やったことは人とアカヤシの記憶や感情に残り続ける。
事件を表に出さない代わりに、今回の件に関わった者たち全員は、被害者に賠償金を支払うこととなった。金ですべてを解決することは出来ないけれど、それでも形としては必要なのだ。
これは桂月の提案だった。桂月は自分を監禁した千明に対しての示談条件として、これを提示したのである。
氷月家や大和守護隊の名を出すことが嫌ならば、桂月霊能事務所を通して被害者に賠償金を届けましょう、とも付け加えて。
依頼として引き受けているため、依頼人に報告と一緒に渡せばちょうど良いだろうと考えたからだ。犯人の名前を伏せたままなので、恐らく完全な形では納得をされないだろうけれども。
けれどこれが桂月に出来る精一杯だった。公にはされずとも、氷月家にも大和守護隊にも当面厳しい監視の目がつくことになる。被害がこれ以上増えないならば、ひとまずは良かったとするしかない。
「……これっきりで終わってくれるといいのですけれど」
「何がです?」
「ああ、いえ。雪宮が暴れないといいなって」
事務所のソファに黎明と並んで座りながら、黎明はそう言った。氷月に手を出されたとなれば、自分の父が激昂する姿が目に浮かぶようである。
ただ今回の件には雪宮も関わっているらしいので、そちらの対処でしばらくは動けないだろうけれど。
そんなことを考えながら桂月は自分の首に手を当てた。首輪が嵌められていた箇所だ。
あの一件から数日経つが、軽く擦り傷が出来て赤くなったままだ。
「痛みますか?」
「少しね。人を飼い犬にでもするつもりだったんですかね、あの男は」
「飼い犬……」
「まぁ上手いこと時間稼ぎはさせてもらいましたけど。土下座したのなんて初めてでしたよ」
「――――」
そう言った瞬間、桂月は黎明にソファへ押し倒された。
ぼす、と身体が軽く弾む。何が起きたのか分からず桂月は目を丸くする。
「れ、黎明?」
「あの時、あんたは何勝手に、他人に飼われようとしていたんですか?」
肩を掴んでソファに押し付けながら、黎明はそう言う。
自分に覆いかぶさって見下ろす黎明は、先日と同じように瞳孔が開いている。
急に怒り出した黎明に、桂月は目を白黒とさせた。
「い、いや、あれはフリで、別に飼われようとしたわけでは……。と言うか聞こえていたんですか?」
「俺は耳もそれなりに良いんで」
そう言いながら黎明は桂月にずい、と顔を近づける。
「桂月サンは首輪を嵌められる側じゃなくて、嵌める側ですよ。俺の飼い主なんだから。ずっと俺に首輪を嵌めていてもらわなきゃ困るんです」
「……不自由でしょう、それは」
「俺は不自由を感じたことはないです。桂月サンがいるから俺はいる。桂月サンがいるから生きることが出来る。生きるのが楽しい。桂月サンのいない人生なら、俺は未練なんてないですよ」
真っ直ぐに自分を見つめて来る黎明の眼差しに、今まで見たことのない激情を感じて、桂月はこくりと喉を鳴らした。心臓が変に早鐘を打っている。
……何だ、これは。これじゃあ、まるで。
「……何です、まるでプロポーズみたいなことを言いますね」
「そうですよ」
「そ」
動揺しながら、お道化た調子で返せば、予想外の直球が返って来た。
その言葉に桂月は目を見開いて固まる。
「恋とか愛とか俺には分からない。だけど俺の人生を縛るのは、桂月サンでなくちゃだめなんです。桂月サンだけがいい。桂月サン以上に大事なものなんてないです。俺の人生をあんたにあげます。だからそう考えてもらって構いません」
「…………」
「俺をだめにしたのは桂月サンなんだ。俺には桂月サンしかいない。だから桂月サンが責任を持って、最後まで俺を飼ってくださいよ」
「……そんな、ことを」
目の奥が熱い。競り上がって来る涙で目の前がぼやける。
だって、ずっと言われてみたかった言葉だったからだ。
「私がどんな気持ちで、押し込めていたのか……!」
「?」
桂月は両手を持ち上げると黎明の頬を掴んで自分の方へ引き寄せる。
そしてそのまま彼に口付けた。唇に、温かくて柔らかい感触がする。
「ん……⁉」
黎明は驚いたように目を見張った。一瞬、びくりと身体を震わせたが、それだけで後は桂月の成すがままだ。
しばらくそうした後、桂月はそっと顔を話す。目の前には耳まで真っ赤に染めた黎明の顔があった。たぶん自分も同じ顔をしているだろうと桂月は思う。
「好きですよ、黎明。ずっと……雪宮の家にいた頃からずっと、私はお前が好きなんです。好きで、好きで、たまらなかった。言葉にして嫌われたくないから言えなかった。なのに、お前ときたら」
「…………」
「……ねぇ、ちょっと。呆けていないで。何か言ってくれないと、困るんですが」
「っ」
すると黎明は桂月に抱き着いてきた。首の後ろに手を回されてぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。少し、息苦しいくらいだ。
「桂月サン、桂月サン、桂月サン。……俺の、俺の桂月サン」
「何です、急に甘えたで」
桂月の肩に顔を擦りつけて来た黎明の頭を、そっと撫でてやる。
そうしているとふと桂月は、黎明の身体に触れていることに、今になって気が付いた。
「……あれ?」
「あっ、痛かったですか? すみません」
「いえ、その……いつもみたいに吐き気がしないなと」
いつもならば触れられると思った時点で、身体が反応をして気持ちが悪くなっていたのだが、今はまったくない。
「治った……んでしょうかね」
「俺だけじゃ、はっきりそうだとは言えませんけどね。……まぁいいじゃないですか、そうでも、そうでなくても。俺だけ大丈夫なら」
しれっと黎明は言って桂月の頬にキスをしてくる。
ちゅ、ちゅ、と何度も頬に熱を感じる。
……理性のタガでも外れたのだろうかと桂月は少し呆れながらも、
「そうですね。私も、黎明が大丈夫になったなら……それだけでいいです」
手に入るとは思わなかった幸せを噛みしめながら、そう言って微笑んだのだった。




