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20 暗転


 桂月の言葉を聞いたとたんに、千秋と御堂の顔色が一気に変わった。

 一度も表情を動かさなかった千秋が軽く目を見開き、御堂がサッと青褪める。その表情を見て桂月は溜飲が下がったような気分になった。自分もなかなか性格が悪い。

 そんなことを思いながら、桂月は依頼書の束の中から、付箋をつけたものを分けた。


 全部で二十枚。その依頼書にはアヤカシが誘拐された事件についての調査依頼が記載されている。どれも力の弱いアヤカシを狙っての犯行だった。

 誘拐されたアヤカシたちは、全員無事に家族の元へ帰ることは出来ている。しかし誘拐された間の記憶は曖昧で、その体には細い針が刺されたような痕があった。病院で診断を受けたところ体に異常はなく、危惧していた薬物などの反応も出ない。おそらく血を抜かれたのだろう、と診断結果が出た。


 これらの誘拐事件に大和守護隊はもちろん動いた。しかし犯人は見つからず、手掛かりがないとの理由で途中でなぜか(・・・)捜査が打ち切られている。

 被害者や家族たちが悔しく思いながらも諦めていたところへ、桔梗区の協力者たちに「桂月霊能事務所に調べてもらったらどうか?」と説得してもらい、こうして依頼してもらったのである。

 今回の依頼料は通常よりもだいぶ安く設定している。普通ならば赤字レベルだ。


 さて、そうして集まった依頼を確認すると、桂月たちが遭遇した誘拐未遂事件は椿区で起きたため、山吹区は避けているのかと思ったら、とんでもない。集めてみればこれがなかなかの量だった。

 恐らく何度も同じ区で犯行に及んだため警戒され、山吹区以外でやったのだろうと桂月は考えている。だから篠崎良太は椿区のショッピングモールにいたのだ。


 誘拐事件の全てを彼だけが行ったかどうかは分からないけれど、この中の数件は関わっているはずだ。もしも彼の関与がゼロだったとしても、ショッピングモールで誘拐されそうになったあの子猫のアヤカシの御家族からも、念のため依頼をしてもらっている。

 いくら守護隊が「問題ない」と彼を解放したとしても、被害者からすれば問題は大ありなのだから。


 だから桂月たちは狙いをそこへ絞った。

 しかしその前提であっても、良太を見つけて捕まえるという権限は、あくまで一般市民の桂月たちにはない。ショッピングモールの時と同じく、捕まえても直ぐに解放されるのがオチだ。

 そこで大和守護隊の捜査許可証を発行してもらったのである。アヤカシ絡みで起きた大量の事件を調査と解決(・・・・・)する名目で。


 そしてこの許可証は氷月家と繋がりのない大和守護隊の幹部に発行してもらった。それを用いて捕まえたならば御堂だって簡単に握り潰せたりはしないし、計画に反対している者たちにとっては、それを潰すちょうど良い建前にもなる。


 ここを起点に彼らの計画を潰す。それが桂月の立てた作戦だった。


「……考えたな、桂月」

「お褒めに預かり光栄です。では調べさせてもらいますね。黎明、行きますよ」

「はい」

「…………認めない」


 桂月と黎明が立ち上がると、御堂から地を這うような声が聞こえて来た。

 見ると、彼は俯いて、拳を握りしめながら小刻みに震えている。怒りによるものか、それとも恐怖によるものか。

 御堂はガタガタ震える桂月をかわいいと言っていた。けれども逆の立場でそれを見たら、特にそんな気持ちは湧かないなと桂月は思う。

 ――もっとも、これが黎明だったら話は変わるのだろうけど。


「認めない、認めない、認めない。千明さんの汚点になるような、そんなことは認めない……」


 御堂はぶつぶつと呟きながら、ゆらりと立ち上がる。まるで幽鬼のような動きだ。

 千明が「藍」と、止めるような声色で名を呼ぶ。

 しかし御堂は止まらない。腰に下げた警棒を抜くと軽く振る。カン、カン、と音がして伸びたそれを手に、御堂は黎明に(・・・)狙いを定めて飛び掛かってきた。黎明さえ潰せば桂月は敵ではないと考えたのだろう。


「……ッ!」


 黎明は警棒を素手で受ける。そのとたんにバチバチと警棒から電流が迸った。対アヤカシ用の武器だ。

 その勢いに桂月の服のポケットから携帯電話が畳の上に落ちた。明るかった画面がその電流のせいで、バチッ、と嫌な音を立てて消える。


「言ったでしょう、大人しく、していろって! 手を出さないと言ってあげているんですから、あなた達はその通りに、従っていればいいんですよ!」

「あいにくと俺が従うのは桂月サンだけなんで。その桂月サンが嫌だと言うなら、俺はその通りにするまでです」

「とんだ忠犬っぷりですね、本当に!」


 背中で桂月を庇っているため防戦に徹する黎明に、御堂は血走った眼で警棒を打ち付け続ける。

 これは黎明がもたないかもしれない。大和守護隊が使用する武器は、そのダメージをアヤカシの体に蓄積させると聞く。頑丈なアヤカシでもダメージが積み重なれば無事では済まない。

 これは神降ろしでフォローした方が良いだろう。そう判断した桂月は懐から守り刀を取り出し、自分の腕を切ろうとして――


「やめておけ、お前が痛いだろう」


 ――いつの間にか背後にいた千明に、腕を掴まれた。

 気配が一切しなかった。耳元で聞こえた声にハッとして顔を向ける。至近距離に、額に角を生やした(・・・・・・・・)千明の姿があった。

 何だこれはと桂月は吃驚する。この姿はまるでアヤカシのようではないか。

 こんなものは知らない。一体何をした。氷月千明は確かに術は使えるが、こんな体を変化させるような、まるで神降ろしのようなことが出来るような人間ではなかったはずだ。


(まさか、研究成果か……!?)

 

 そう思った時、触れられたことによる吐き気が競り上がり、桂月は思わず態勢を崩す。その桂月を千明はもう片方の手で抱き留めた。腕の力と体温が気持ち悪い。ぐ、と桂月が顔を顰めると、


「桂月サン!」


 黎明が血相を変えて桂月の方を振り向く。

 その動揺を御堂は逃さず、


「甘っちょろいなぁ、本当に!」


 警棒で思い切り脳天を殴りつけた。ひと際眩い電流が黎明の体に走り、そのまま畳に倒れ込む。

 ぴくりとも動かなくなった彼を見て、桂月は吐き気も忘れて暴れる。


「黎明! 黎明、くそ! 離せ、黎明!」


 何とか腕を抜いて手を伸ばすが、千明はびくともしない。

 千明はそんな桂月を見て小さくため息を吐いた後、


「死んではいないよ。だが、お前には少々刺激が強かったようだね、かわいそうに。少し眠って、気分を落ち着かせると良い」


 再び耳元でそう囁いた。とたんに桂月の視界がふわりと霞み始める。何らかの術を使われたようだ。

 瞼が重い。身体の力が抜けていく。


「れい、めい……っ」


 倒れた黎明に必死で手を伸ばしながら、桂月の意識は闇へと落ちた。



 ◇ ◇ ◇



「まったく……血の気が多いね、お前は」

「申し訳ありません……」


 千明は、身体の力が抜けてくたりとなって眠る桂月を抱きかかえながら、御堂に向かってそう言った。

 御堂は彼の前に正座をしながら、しゅん、と項垂れている。まるで主人に叱られた犬のようだ。先ほどまでの威勢はどこかへ消えている。

 ふう、とため息を吐いて、千明は倒れた黎明と、腕の中の桂月へ順番に目を向ける。


(さて、どうしたものか)


 桂月たちが予想外に手堅く動いてきたものだから感心していたが、このまま放置するのは氷月にとって良くない。何かしら手を打つ必要があるだろうが――一番簡単なのは桂月と黎明を消すことだ。

 と言っても千明は、二人の命を奪うつもりはない。ただ言葉通り世の中から消えてもらうだけである。


「出来れば望むままに生きさせてやりたかったが……」


 桂月の顔を見ながら千明はそう独白する。

 そして、仕方がないか、とも呟いた。


「藍。黎明の方はしばらくアヤカシ用の牢に入れておけ。弱らせてから躾ける」

「承知しました。そちらはどうします?」

「私が連れて行くよ。言い聞かせる必要があるからね」

「はぁ、愛されていますねぇ」

「私の伴侶だからな。……ところで藍。桂月に嫉妬して、辛くあたるのはやめなさいと言っただろう?」

「嫉妬とは違いますけどね。俺はあなたのことを心の底から敬愛していますが、そういう対象としては見ていませんから。単純に、ちょっと面白くないだけですよ。かわいがられていいなぁって」


 少し元気を取り戻したのか、御堂は冗談交じりにそんな事を言いながら黎明の前にしゃがむと、警棒の先でつついた。気絶しているようで彼はピクリとも動かない。

 そうしていると、近くに転がった黎明の携帯電話に気が付いた。

 手に取って軽く弄っていたが、うんともすんとも言わない様子。すっかり壊れてしまったようだ。


「一応、中のデータを見ておきますか?」

「そうだな、任せる」

「はい!」


 主人に頼られて御堂はにこにこ笑顔になりながら、携帯電話を制服のポケットに突っ込んで、黎明を運ぶためにその腕を掴んだのだった。


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