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B-23

Lucy in the Sky with Diamonds

作者: あQ

  

お互いの子供達が小さかった頃は地域での交流会を通して家族ぐるみでも付き合いがあったのだが、子供達が中学生に上がる頃には、交流もなくなり、朝夕の挨拶をするぐらいになった。家が僅かな空き地を隔てて隣同士なのにである。

 名前は柄本さんと言い、一人息子の幸秀君が最近事故にあって死んだ。妻から聞いた話によると、幸秀君は東京の音楽専門学校に通いながら新聞配達をして学費を稼いでいたのだが、朝早くの仕事中、何の障害もない緩やかな下り坂で転び、そのまま即死してしまったという。

 妻は葬儀を手伝いに行ったが、柄本さんが、あまり迷惑を掛けさせる訳にはいかない、と妻を返してきた。

 「親戚の人も結構来てたみたいだし、逆に足手まといにもなりかねないし」

 「柄本さんは誠実な人だから、仕方ないな」


一般向けの葬儀が何日かして行われることになった。私は一人で車に乗り、街に一つしかない葬儀場に行った。妻は隣県で一人暮らしをしている息子を迎えに行っていて、そのまま葬儀場に来る予定だった。場内は白い椅子、黒い服、鮮やかな花々が並び、どこか冷たい感じがした。

 幸秀君は息子より一つ年上で、真面目で素直な子供だった。中学校では部活で毎日のように遅く帰ってきて、私が、夜遅くまでご苦労様。頑張ってね、と声を掛けると、幸秀君は、ありがとうございます、と照れ笑いをする純な少年だった。進学は県内トップクラスの進学校に上がって、毎朝早くバイクで出かけて行った。ある日、ギターケースを背負って出ていこうとする派手な格好の彼に、楽器が弾けるの?すごいね、と話し掛けると、友達とバンドやってるんですよ、と夢見る瞳で話してくれた。それから二階の彼の部屋から激しいフォークギターの音色がよく聞こえてきた。そして柄本さんとの度重なる口論も聞こえていた。

 照明が少し落ち、式が始まる気配がした。遅れてきた妻と息子は入り口付近の後ろの席に座したのが見えた。

式会場の人の手慣れた司会が終わり、柄本さんがスピーチを始めた。スピーチの終わりに柄本さんは残念そうに語った。

「私は、息子の夢をよく理解してやれなくて。今思えばもっと息子を応援してやれば良かったのかと悔やんでおります。それでは焼香なんですが、息子も静かに皆様方に見送られるのもさみしいかと思いますので、ぜひ賑やかにやって下さい」

 柄本さんの虚勢が痛い程伝わってきた。

 「音楽の方は、こちらの方と相談して、生前息子が気に入っていた曲を流させていただきたいと思います。それでは準備の整いました方から、前の方にお越し下さい」

柄本さんは家族がいる隅の方へ下がった。それと同時に親戚一同も起立した。

 焼香の順番待ちをしていると、前に並んでいる中年の女性二人が小声で話していた。

 「幸秀君も途中でぐれちゃってねぇ」

 「ほんとね。あんなにかわいくて素直な子だったのに」

 「あれじゃあ勘当されても仕方なかったわよねえ」

 私は柄本さんの方を眺めた。柄本さんの奥さんがハンカチを顔に押さえながらお辞儀をしていた。

「これって麻薬の曲でしょ?」

 「やだ、気持ち悪い」

 私はそれは違う、と心の中で何度も反復した。

 焼香が済み、白い花に飾られた幸秀君の写真を一瞥し、手を合わせ目を閉じた。頭の中に宇宙を漂うようなビートルズのコーラスが響いた。

 そのまま人の流れに沿って歩いた。出口近くで親戚総出でお辞儀をして立つ柄本さんに目配せしようかと思ったが、彼は目をぐっと閉じて顔を下げ、深い悲しみをこらえているようだった。所々に白髪の目立つ頭を見て、お互い年をとったと感じた。

 会場から出ると、背後から微かにビーチ・ボーイズの「素敵じゃないか」が聞こえた。


(完)

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