09. 3年前のあの日に誓い合ったじゃん?
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「えっ、17歳……⁉」
白鬚東アパートの防災備蓄棟1階にある受付。
その窓口に立つ自衛隊員のお姉さんに掃討者の仮免許証を提示すると。お姉さんはいかにも信じられないといった表情で、僕の顔を3度見ぐらいしてみせた。
「祝福のレベルアップで、年齢が若返ってしまったので……」
「な、なるほど。では既にステータスカードをお持ちで?」
「はい。お見せしたほうがいいですか?」
心のなかで(出ろ)と念じることでステータスカードを取り出し、それを自衛隊員のお姉さんに見せる。
すると、金色のカードを目にしたお姉さんは、一瞬だけ驚いてみせたけれど。すぐに納得したような表情で頷いてみせた。
「つい最近になって、異端職を獲得された方が2人もいらっしゃたというお話は、私も聞いています。高比良さんがそのひとりなんですね」
「……えっ? 僕以外にもいるんですか?」
「はい。お名前は申し上げられませんが、もうひとりの方もこの白鬚東アパートでピティを狩って、異端職を手にされたそうですよ」
「おおー、そうなんですね」
自分以外にも天職の中でもっとも希少な異端職、つまり金色のカードを所持している人がいると知り、少し嬉しい気持ちになる。
身体が一気に幼くなってしまったり、明らかに人間ではない身体の特徴が出てきてしまったり――そんな体験をしているのが自分だけではなく、困惑を共感できる仲間がいると判ったからだ。
できればその人と面識を持ちたいところだけれど……。何かと個人情報の扱いに敏感な今の世情だと、相手の情報を教えてもらうことは難しそうだ。
……うーん。一応あとで、掃討者ギルドに掛け合ってみようかな。
もしくは次にシオリさんに会った時に、相談してみるのが良いかも。
「先例の通り、高比良さんも高熱が出て寝込むことになったと聞いておりますが。もう大丈夫なんですか?」
「あ、はい。先週末には回復して、今週は普通に学校にも通いましたので」
「それは何よりです。本日はきっと、新しい天職の力を試しに来られたのだと思いますが。今の小柄な高比良さんの身体ですと、ピティの攻撃をまともに受けますとかなり危険でしょうから、充分に注意して下さいね」
「ご心配ありがとうございます。気をつけます」
自衛隊員のお姉さんに手を振って別れ、階段を降りて防災備蓄棟の地下通路へ。
そこから更に階段を降り、ダンジョンの入口部分にあたる『石碑の間』に入る。
(わわっ……)
すると然程の時間も置かないうちに、周囲からかなり沢山の視線が集まったものだから。思わず僕はびくりとしてしまう。
いま石碑の間には、全部で15人ぐらいの人がいるんだけれど。そのほぼ全員から、まるで信じられないものを見るような目を向けられていた。
……どう見ても8~9歳ぐらいにしか見えない子供が、まだ入口部分とはいえ、危険な魔物が棲息するダンジョンの中に入ってきたわけだから。それを見た人達が驚くのも、無理はないかもしれない。
しかもその容姿は金髪でオッドアイで、更には角と翼と尻尾まで付いている。
あんまりこっちをジロジロと見てほしくはないんだけれど。とはいえ、見てしまうぐらい特徴的な人間だという自覚もあるだけに、こちらからは彼らに対して何も言えなかった。
(さっさと第1階層に入っちゃおう)
僕はそそくさと石碑の間の奥側へ移動し、そこから階段を下る。
この階段を降りきった瞬間からピティと遭遇する危険があるから。はあっ、と僕は大きなため息をひとつ吐き出し、気持ちを切り替えた。
(……僕の後ろを歩いている人がいる)
背後から聞こえてくる足音で、僕はそれを察知する。
足音は……多分2人ぶんかな。ピティが棲息する第1階層に入るにはこの階段を通るしかないから、たまたまタイミングが被ってしまっただけだろうか。
(周囲に敵影なし)
第1階層に侵入した後は、まず周囲を確認。
ピティは体重が重いぶん足音が判りやすいので、10mぐらいまで接近されれば大抵は音で気づくことができる。なのでフロアに侵入した直後にちゃんと周囲の警戒さえ済ませておけば、それほど緊張感を維持しておく必要はない。
もちろん曲がり角を曲がる時なんかは、また警戒する必要があるけれどね。
リュックサックを肩から下ろして、中からスマホを取り出す。
そしてブラウザアプリを開き、ブックマークから『白鬚東アパート:第1階層』の地図が掲載されているページを開いた。
この地図は掃討者ギルド――日本掃討者事業協会の公式Webサイトに掲載されているものだ。
ダンジョンの内部構造は、実はいつまでも同じではない。概ね数日から十数日に1度ぐらいのペースで、構造の一部が変化することが知られている。
なのでなるべく公式Webサイトに掲載されている、最新版の地図を利用しながら探索するのが好ましい。有志の人が情報を更新してくれるお陰で、ダンジョンに変化があった時には、その情報が既に反映されている可能性があるからだ。
また、公式サイトの地図には『採取オーブ』の位置も掲載されている。
採取オーブはダンジョン内で発見できる設置物の一種で、見た目は1mぐらいの高さの台座に乗った、大きな水晶玉のようなもの。
この水晶玉は透明なガラスのような素材でできているのに、なぜか球体の内側に人が手を差し込むことができる。
そして中から何らかのアイテムを取り出し、自分の物にすることができるのだ。
1つの採取オーブを利用できるのは、1日に1度だけ。
どんなアイテムが得られるかは、実際に利用してみないと判らない。
そうした特徴があることから――採取オーブのことを『無料デイリーガチャ』と呼んでいる掃討者の人もいるとかいないとか。
まあ、引くのに確かにお金が掛からないって意味では、無料なんだろうけれど。採取オーブから手に入るアイテムは、魔物が落とすアイテムと同じように買い取って貰えるから、逆にお金は増えちゃうんだけどね。
採取オーブはダンジョン内の各階層に幾つかずつ配置されるんだけれど。
利用するにはちょっと厄介な特徴があって――それは『採取オーブが配置される位置は毎日変わってしまう』というもの。
だから、手持ちの地図などに採取オーブの位置をメモしておいても、その情報は翌日には役に立たないものになってしまう。
それよりは今みたいにスマホで公式サイトの地図にアクセスして、有志が更新してくれた『今日の採取オーブの位置情報』を確認するほうが賢いというわけだ。
地図を見ながら、今日の探索ルートを考えていると。ほどなく、階段で僕よりも少し後ろを歩いていた人達が、第1階層に入ってくる。
スマホに顔を向けたまま、こっそりそちらを窺ってみると。見て取れたのは2人の女の子の姿だった。
なんというか――いかにも陽キャっぽい、遊んでそうな見た目をした2人だ。
1人は高校1~2年生ぐらいの背丈で、褐色の肌をしている。
やや色素が薄めの紫とピンクの中間ぐらいの色合いをした髪を、やや低めの位置でポニーテールにしていて。ちょっと大きめの両目は、光に透かした赤ワインのような色だった。
身体よりもワンサイズ上のカーディガンを着ていて、その裾からハイウェストのスカートが出ている。そして膝の下ぐらいまである黒いブーツを履いていた。
雑誌とかでそのままモデルをしていそうな、そんな印象を受ける女の子だ。
もう1人の女の子はもう少し背が低めで、中学2~3年生ぐらいに見える。
ワンサイドアップに束ねた左右非対称の髪は、明るくて綺麗な緑色。一方で瞳の色は森を思わせるような深緑を湛えている。
そして――彼女の側頭部からは、ピンと尖った特徴的な耳が出ていた。
(わ、エルフの人だ)
彼女の姿を見て、僕は内心で少し驚かされる。
エルフの人は芸能界で引っ張りだこらしいから、テレビではそれこそ毎日のように見かける機会があるけれど。こうして生で目にするのは初めてだったからだ。
2人とも髪の毛がアニメでしか見ないような色なので、その時点で祝福のレベルアップを経験済みなことは察しがつく。
幾つか若返っている筈なので、きっと実年齢は見た目より少し上なんだろう。
とりあえず僕はスマホを見ているふりをして、2人をやり過ごそうとする。
白鬚東アパートの第1階層は、入ってすぐに道が3方向に別れている。
より先の第2階層を目指す人は中央の道を、ピティを狩りたい人は左右どちらかの道を進むのがここでのセオリーだ。
なのでこの場所で立ち止まっていれば、2人に先に行ってもらうことができる。僕はそのあとに、彼女たちが向かったのとは別の方向に進めばいいだろう。
同じ道を進むと魔物の取り合いになって、効率も悪くなりそうだしね。
「ねえ、そこのアナタ。ちょっといいかしら?」
「ねーねー、キミ?」
「え」
――そう考えていたんだけれど。
なぜか女の子2人組から、普通に話しかけられてしまった。
「な、なんでしょう……?」
「なにドモってんのよ。やましいコトでもあんの?」
「かわいそー。アリちゃの顔がコワいから、怯えてんじゃん」
「え、そうなの⁉ ご、ごめんなさい。そんなつもりは無かったのよ……」
エルフの子が告げた言葉に、もう1人の子がヘコんだような表情になる。
そのやり取りがなんだか面白くって。思わず僕は顔が緩んでしまった。
「あ、笑った。初対面の子を笑わすとか、アリちゃは芸人の才能あるよー」
「アタシ別に芸人目指してないんだけど⁉」
「えー。あーしと一緒にいつか芸人の星になって、デパートの屋上でお笑いコントの前座やろうねって、3年前のあの日に誓い合ったじゃん?」
「誓った覚えがない⁉ あと目標のラインが著しく低いでしょ⁉」
「――ぷっ! あはははっ‼」
2人が交わす追加の会話にはもう堪えきれず、僕は即座に吹き出してしまう。
エルフの女の子がしてやったりといった表情を浮かべてみせる一方で。もうひとりの女の子は、目の前の僕から思い切り笑われたことに、いかにも釈然としないと言いたげな表情をしてみせた。