08. 仮免許作り直しと、ついでに本免許講義申請。
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……とても、大変な一週間だった。
登校した初日には、僕の姿が別人に変わっていることでクラスメイトのほぼ全員から大変に驚かれ、それ以降は何かにつけて話しかけられるようになって。
放課後になればカラオケにゲーセンに食べ歩きにと、ただ同じクラスというだけで今まで殆ど関わりを持たなかったような人達からも、妙に色々と誘われるようになってしまった。
特に同じ男子からは、やけに手や肩に触れられるような、身体接触を伴うスキンシップが増えた。8~9歳ぐらいの小さい女の子に見えるからなのか、やたらと頭を撫でられるようなことも増えたし……。
二人きりで映画を見に行かない? とか、二人でスイーツの食べ放題に行かないか? とか、軽く恐怖を覚えるような誘いも中にはあった。
この誘いが親友のダイキからなら、別にいつものことなんだけれど。誘ってきた相手が今まで全くと言っていいほど会話もしたことがない男子ばかりなんだから、本当に怖い。
極めつけには昨日の朝に登校すると、靴箱にクラスメイトの男子からラブレターが入っていたりもした。マジで勘弁して欲しい。
女子っぽい見た目になってしまったことは、もうこの際認めるけれど。それでも僕は男なんだよ……。
いや、男同士の恋愛を否定するつもりはないんだけれどさ。悪いけど僕は女性が好きな男なんだよ……。
それと結局、登下校中には防犯ブザーを持ち歩くようになった。
なんかもう――たまにクラスメイトの視線が、怖く思える瞬間があるからだ。
いや、もうクラスメイトに限らないかもしれない……。隣のクラスの男子とか、上級生や下級生の男子からも、なんか凄くジロジロと見られるし……。
(――もう、ストレスの発散をしなきゃ、やってられるか!)
そう思った僕は、今週末もまた電車に乗って溝の口駅を出発。途中で乗り換えをしつつ、目的地の鐘ヶ淵駅へ。
とりあえずダンジョンに入って体を動かしていれば、少しは心も安らぐだろう。
来週も学校へ通わないといけないことを思うと、凄く心が憂鬱になってしまいそうだから……。今週溜めてしまったストレスは、なるべく今週末のうちに解消しておきたいところだ。
(本免許を取れば、ある程度は学校を休むこともできるんだけれどな……)
内心で僕は、そんなことを考えたりもする。
本免許を取得していれば、月に10日までなら『掃討者として活動する』ことを理由に、学校を欠席することができるからだ。
これは公休扱いみたいなもので、欠席日数としてカウントされないし、内申点に影響することもない。
国が行う掃討者確保政策の一環として、学生が掃討者として活動しやすいよう、そういう制度が設けられているからだ。
……学生まで駆り立てなきゃならないほど、掃討者として本格的に活動する人が足りていないんだと思うと、ちょっと不安になるけれどね。
とはいえ、ちょっと学校に通いづらくなってしまった僕にとっては、間違いなく有難い制度ではある。
学生なら誰でもアーカイブにアクセスして授業の動画は閲覧できるから、学校に行かなくても勉強は可能だしね。
鐘ヶ淵駅を出たあとに通りに沿って歩いていれば、目的地の白鬚東アパートへはすぐに辿り着く。
沢山の巨大な建物が並んでいる威容を見上げながら――僕は不意にひとつのことを思い出し、「あっ」と小さく声を上げた。
(そういえば、まず掃討者ギルドに行かないと)
そうするように、シオリさんから勧められていたんだった。
僕が所持している掃討者の仮免許証。これはマイナンバーカードや運転免許証と同じく、写真付きの本人確認証なんだけれど。そこに映っている僕の姿は、言うまでもなく『祝福のレベルアップ』を経験する前のものだ。
身長が大幅に低くなって童顔もより際立ち、髪の色も肌の色も全く別のものに変わっていて、しかも角まで生えているわけだから。写真に映る過去の僕と今の僕を見較べて、同一人物だと思ってくれる人なんてまずいないだろう。
というわけでダンジョンがある白鬚東アパートよりも先に、そのすぐ向かい側にある掃討者ギルドの――正確には『日本掃討者事業協会』の建物を僕は訪ねる。
ここに来たのは、仮免許の資格証を取得するために訪れたとき以来かな。
「すみません」
「………?」
建物に入ってすぐの位置にある受付窓口、そこに立つお姉さんに僕は声を掛けるけれど。それまでノートパソコンを操作していたお姉さんは、不思議そうな表情で顔を上げてみせただけだった。
どうやらお姉さんには僕のことが見えていないらしい。たぶん僕の身長が低すぎるせいで、気づきづらくなっているんだろう。
「えっと。もうちょっと下を見て頂けますか?」
「下? ……あら? あらあら、まあ!」
やっとのことで僕の存在に気づいたお姉さんは、たちまち破顔してみせる。
なんか、ものすっごい笑顔だ。まるで猫か何かを愛でる時のような……。
「ようこそ掃討者ギルドへ、小さなお嬢さん! えっと――。
Nice to meet you. Where are you from?」
「あの、僕日本人ですので……」
「えっ?」
僕が告げた言葉に、受付窓口のお姉さんは目を丸くする。
金髪なこともあって、僕を外国人だと誤解したんだろうか。
いや、でも……僕は最初から、日本語で話しかけていたんだけど……。
「ハーフなのかしら?」
「いえ、生粋の日本人です。祝福のレベルアップで、こんな見た目になってしまいましたが……」
「――あっ。もしかして、あなたがシオリが言っていた、ユウキくん?」
はっと何かに気づいたように、受付窓口のお姉さんがそう問いかけてきた。
どうやらシオリさんは、僕がギルドを訪ねた時のために、事前に話を通してくれていたらしい。「そうです」と僕もすぐに頷いて答える。
「シオリから事情は聞いてるわ。仮免許証を預かっても良いかしら?」
「あっ、はい。これです」
事前にリュックサックから取り出しておいた掃討者の仮免許証を渡すと、窓口のお姉さんはそれをまじまじと見つめた上で「あらまあ!」と声を上げてみせた。
「もともと可愛かったのに、更に可愛くなっちゃってる……!」
「え、えっと……? お姉さん?」
「あっ、つい興奮しちゃって、ごめんなさいね。写真を差し替えて仮免許証をもう一度作り直すから、そこで撮ってもらえるかしら?」
そう告げて、お姉さんは受付窓口のすぐ横に設置されている、証明写真機があるほうを示す。
仮免許証を作る時に一度利用したから知っているんだけれど、この写真機は無料で利用できるようになっているものだ。掃討者として活動してくれる人を増やすため、国からの支援金で運用されているらしい。
お姉さんに勧められた通り、証明写真を撮り直して提出する。
新しい仮免許証が出来上がるまでには20分ほど掛かるそうだ。
「で、よかったら待ち時間中にこっちの書類に記入してくれないかしら?」
「……? 何の書類ですか?」
「掃討者の本免許講義受講申請と、受験申請の書類よ」
「あ、なるほど」
たぶん窓口のお姉さんは、僕が本免許を取得しようと考えていることを、シオリさん伝いに聞いて知ったんだろう。
本免許を取得するには、75分の講義を10単位受ける必要がある。
窓口のお姉さんが言うには、とりあえずいまのうちに申請だけ済ませておけば、受講も受験のどちらも、いつギルドに来ても無料で受けられるそうだ。
とりあえず、お姉さんの勧めに従って、書類を記入。
書類と一緒に写真も提出する必要があったけれど、これはさきほど証明写真機で撮影した余りがあるので問題なし。
「――うん、全部記入できてるわね。確かに申請を受理しました」
「ありがとうございます。講義って何時から何時までやってるんですか?」
「えっと、そのことなんだけどね。こっちで手を回して、ユウキくんは全ての講義を受講済みってことにしておくから、気にしなくていいわ」
「………………へっ?」
思わず僕の口から、間の抜けた声が出てしまう。
窓口のお姉さんが告げた言葉の意味が、全然理解できなかったからだ。
「ど、どういう意味、ですか?」
「ユウキくんには、シオリが教えるらしいから。良かったわね、綺麗な家庭教師のお姉さんからマンツーマンで教われるわよ?」
「ええ……?」
にまにまと愉快そうな笑みを浮かべながら、窓口のお姉さんがそう告げる。
っていうか、そんな話、シオリさんから何も聞いてないんだけど……?
「でもユウキくん可愛いからなー。もしかすると教われるじゃなくて、襲われるの間違いになっちゃうかもしれないかなー?」
「は?」
告げられた言葉の意味は、またしてもよく判らなかったけれど。
窓口のお姉さんが、とても楽しげな笑顔を浮かべていることだけは……判った。