07. 僕をメスガキにしようとするのやめなよ⁉
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僕が住むマンションは、ダイキの家と高校のちょうど中間あたりにある。
だから学校がある日の朝には、いつもダイキが迎えに来てくれて。他愛もない話を道すがらに交わしながら、一緒に登校するのがいつもの流れになっていた。
一週間お世話になったシオリさんの部屋から、久々に自宅へ戻ってきた週明けの月曜日。
今日から登校することを予めLINEで伝えておいたので、今朝もひとり暮らしをしている僕の自宅まで、ダイキが迎えに来てくれたわけだけれど。
「……は? え? お前、ユウキなのか⁉」
幼馴染であり親友でもあるダイキが、天職を得たことで変わってしまった僕の姿を見て、発した第一声がそれだった。
あんぐりと口を大きく開けた、ちょっと間抜けな表情。親友のこんな顔を見るのは、初めてのことかもしれなかった。
「………………そうだよ」
「人生で初めて経験するレベルアップ――確か『祝福のレベルアップ』だっけ? それの結果によっちゃ、容姿が変わることがあると講義で聞いちゃいたが。ここまで露骨に変わるとは知らなかったぞ⁉ もう完全に美少女じゃねーか‼」
「僕は男だよ⁉ 性別は変わってない‼」
「いや、その見た目で男は無理があるだろ」
「ぐぬぬ……」
くくっと、噛み殺すように笑いながらそう告げるダイキ。
正直を言えば、自分でも鏡に映る姿を見て(うわ、美少女じゃん……)と思ってしまうぐらいなので、何も言い返せなかった。
「しかも、なんかちっちゃい角まで生えてるし。可愛いかよ」
「なんなら翼と尻尾も生えてるよ……」
「え、マジで? 見して見して」
「いいけど、めっちゃ敏感なんで絶対に触るなよ?」
ダイキに求められて、その場で180度ターンする。
改めて今の僕の姿を確認したことで、「おおー、マジかよ……」と、ダイキはとても驚いていた。
「凄ぇな……完全に人間辞めちゃって、小悪魔の見た目じゃん。ハロウィンの渋谷でも、ここまで可愛い女の子はそうそう見ないと思うぞ?」
「全然嬉しくない……」
「ちょっと試しに『ざぁこ♡ ざぁこ♡』とか言ってみてくれ」
「――僕をメスガキにしようとするのやめなよ⁉」
くだらない会話を交わしながらも。とりあえず自宅を後にして、ダイキと2人で並びながら登校路を歩む。
歩幅がかなり狭くなっているぶん、僕が歩く速度はかなり遅くなっている筈だけれど。ダイキは何も言わず、僕が歩く速度に合わせてくれた。
ダイキは発言こそデリカシーがないんだけれど。こういうところには、ちゃんと気を配ってくれる良いヤツなんだよな。
「そういえば。今更だが、制服じゃなくて私服なんだな」
隣を歩く僕の格好を横目に見ながら、ダイキがそう告げる。
いま僕が着ているのは、フォーマルデザイン系のブラウスとパンツ、あとはその上にテーラードジャケット。
いずれも昨日の日曜日、シオリさんの車に乗せてもらって買い物に行き、ショッピングセンターにある服屋の子供服コーナーで買い求めたものだ。
「……うん、流石に制服はぶかぶか過ぎて着れなかったから」
「そんだけ身長が減ったらそうだろうなあ。私服登校もやむを得ないか」
「一応もう学校には連絡を入れて、事情の説明もしてあるから。当面は私服登校で構わないって、ちゃんと許可を貰ってあるよ」
お店で購入した服は、全部で上下5セットぶん。
下着類やソックスなども、それなりの量を纏めて購入した。
身体が一気に小さくなったことで、今までの服が全部着られなくなってしまったから。今後の生活を考えると、このぐらいの量は買っておく必要があったのだ。
裾の調整だけじゃなく、背中に翼や尻尾を出すための切れ目や穴を開けてもらった上で、そこから生地が破けてしまわないようにしっかり補強まで入れてもらうなど、服屋の店員さんには大変な手間をお掛けしてしまった。
もちろん無料でやってくれる裾上げ以外の作業には、それなりの代金を支払っているけれどね。
完全に予定外の出費だったので、お財布へのダメージが非常に痛い。
まあ両親から毎月充分な額のお金をもらっているから、貯金も相当に貯まってはいるんだけれど。――それはそれとして、無用な大金の出費というのは、やっぱりちょっと悲しくなるものだ。
「どう見ても男児向けの服を着てるのに、それでも美少女にしか見えないってのも凄ぇよなあ……」
「そんなしみじみ言わないでよ……。今日男子トイレ使いづらくなるじゃん……」
「悪いこと言わねえから、タマコちゃんに事情を話して、当面は教員用のトイレを使わせてもらえるよう頼んだほうがいいと思うぞ?」
ダイキの言う『タマコちゃん』とは、クラス担任をしている春日タマコ先生のことだ。
確かに……他の生徒が利用している男子トイレに、どう見ても女の子にしか見えない今の僕が入ったら、変な騒ぎを起こすことになりそうな気もするから。ダイキの勧め通り、予めタマコ先生には相談しておいたほうが良さそうだ。
「……しっかし、本当に小っこくなったなあ」
すぐ隣を歩く僕を眺めながら、しみじみとダイキがそうつぶやく。
僕の身長はもともと154cmしかなかったけれど、今はそこから更に25cmも減って、129cmまで縮んでいる。
身長が180cmを超えているダイキと一緒に歩くと、身長差が凄まじい。
「身長的には9歳ぐらいってところか。これも決して馬鹿にしているわけじゃなくて、冗談抜きに言うんだが――なるべく防犯ブザーとかを持ち歩いたほうがよくないか? なんというか……今のユウキは、いかにも変質者とかに狙われそうな容姿のように思えるんだが」
「あー……。それは多分大丈夫かな。実は身長は減ったけど、力とかは以前のままみたいなんだよね」
「え、そうなのか?」
「うん。まあ僕はもともと身体に自信があるほうじゃないけれど。それでも一般的な9歳の男子よりは、ずっと力は強い筈だから。万が一変質者とかに襲われても、普通に抵抗できるんじゃないかな」
「へー、そういうのは面白いな。足も遅くなってなかったりするのか?」
「そっちはしっかり遅くなってた」
足の長さが短くなったぶん、歩幅も短くなっているから。流石に足の速さに関しては、以前よりもかなり遅くなっている。
まあ体力面は17歳男子相応なので、9歳の男子に比べれば多少は速いほうかもしれないけれどね。
「そういや『身体変化』が発生してるってことは、もう天職とか武器は手に入れてるんだよな? どんなのが当たったんだ?」
「それがねー、聞いてよダイキ。僕が当てた天職カードって、なんかすっごい希少なヤツらしくってさ。〈衣装師〉って言うんだけれど」
「〈衣装師〉? 聞いたことがない天職名だなあ……」
「そりゃそうだよ。少なくとも日本では初めて確認された天職らしいし」
職員としても働いているシオリさんが、わざわざ掃討者ギルドのデータベースで調べてくれた結果そうだったんだから、間違いないはずだ。
「そりゃ凄い。どんな天職なんだ?」
「うーん……。なんか、コスプレイヤーみたいな感じ?」
「は? コスプレ?」
「うん」
心の中で(出ろ)と念じて、僕は天職カードを取り出す。
昨日シオリさんから聞いた話によると、天職を得たあとのカードは『ステータスカード』と掃討者から呼ばれているらしい。
その名の通り、まるでRPGのステータス画面のように、所持者の様々な情報が記されているからだ。
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タカヒラ・ユウキ
夢魔/17歳/男性
〈衣装師〉 - Lv.1 (100/606)
[筋力] 4
[強靱] 4
[敏捷] 10
[知恵] 8
[魅力] 12
[幸運] 7
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◆異能
[夢魔][夢渡り]
《衣装管理》《戦士の衣装》
◇スキル
(なし)
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ステータスカードは不思議な物体としてよく知られており、カードに記載されている情報の殆どは、なぜか本人以外が読むことができない。
他人からも読めるのは、カードの表側だと最上段の名前欄だけ。
なので僕がいま取り出したこのカードをダイキに見せたとしても、一番上の『タカヒラ・ユウキ』という文字部分以外は何も見えない筈だ。
名前欄の下に書かれている、僕の天職名は〈衣装師〉。
その文字列を眺めながら(詳しく知りたい)と頭の中で意識すると。ステータスカードの表示が変わり、〈衣装師〉についての詳しい情報が現れる。
こんな風に『持ち主の意思による操作』で、記載されている内容の詳細を知ることができるのもまた、ステータスカードの不思議要素のひとつだ。
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〈衣装師〉/天職
所有異能に対応した衣装に一瞬で着替えて
様々な役割を担うことが可能な異端の天職。
衣装着用中は能力値が増加し、異能とスキルが追加される。
また受けたダメージは全て着用中の衣装が肩代わりする。
魔物を狩猟すると、魔力を吸収して衣装もレベルアップする。
ただし衣装のレベルが本人のレベルを超えることはない。
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僕の天職である〈衣装師〉の詳細情報は、こんな感じ。
説明文を読んでも、僕にはいまいちどういう天職なのか、よく判らなかったんだけれど。昨日のうちに説明文を書き写してシオリさんに見て貰ったところ、おそらく『衣装に着替えることで、その衣装に対応した戦い方ができる天職』ではないかとのことだった。
利用できる衣装の種類は、ステータスカードの異能欄を見ればわかる。
今の僕だと《戦士の衣装》がそうだ。まだこれ1つしかないけれど、衣装の種類はレベルが上がればきっと増えていくだろう、とシオリさんが言っていた。
「ほほう。つまり《戦士の衣装》の衣装に着替えている間は、〈戦士〉らしく戦うことができるってわけか。なるほど、コスプレイヤーってのも道理だな」
「結構面白そうな天職だよね。今週末には早速活用して、戦ってみるつもり」
「家の手伝いがなけりゃ、俺も見に行くんだがなあ……」
「あはは。気持ちは嬉しいけど、そこは親父さんのこと手伝ってあげてよ」
親父さん――ダイキの父親であるカツヒコおじさんには、僕も子供の頃からお世話になっている。
僕は実の両親が非常にアレなので、本来なら家族というものに無縁の一生を送る筈だったんだけれど。僕の家族の悪辣さをダイキ伝いに知った親父さんは、まるで僕のことも実の息子であるかのように、何くれとなく世話を焼いてくれたのだ。
そんな親父さんが腰や手を悪くしているというのは、僕も心配でならない。
ダイキにはなるべく親父さんがやっている町中華のお店を手伝って貰い、負担を軽減してあげて欲しいというのが、僕の正直な気持ちだった。
……本当は僕にも、お店の手伝いができれば良かったんだけど。
残念ながら僕程度の調理の腕前だと、足手まといにしかならないから。代わりにダイキに頑張って貰うしかないのだ。
「そういえば、中華料理についてひとつ質問してもいい?」
「おっ、珍しいな。なんだ? 俺に答えられる範囲でなら構わないが」
「中華料理って、硬いお肉でも美味しく調理できたりする?」
「ふむ?」
ダイキは数秒ほど考えたあと、すぐに答えてくれた。
「それは中華にとって、わりと得意分野かもしれないな。大抵の場合は漿の工夫ひとつで、なんとかできたりするもんだし」
「漿? なにそれ?」
「簡単に言えば下拵えの一種みたいなもんかなあ。詳しく説明してもいいが……」
「あ、ううん。別に調理法が知りたいわけじゃなくてね。ちょっと事情があって、いま自宅にピティの肉が結構な量あるんだけど、良かったら要らない?」
いつもはダンジョンの中で得たアイテム類は、帰りの荷物を減らすために入口の受付窓口に持ち込んで、全部買い取ってもらっているんだけれど。
最後にやったダンジョン探索では、高熱で倒れてシオリさんに助けて貰ったこともあって。荷物を売るタイミングがなく、全て持ち帰ってしまったのだ。
「ピティの肉か。硬くて食べづらい肉だって噂は、俺も聞いたことがあるな。どのぐらいの量を持ってるんだ?」
「ゴムボール3つ分だから、6kgぐらいかな」
「ふむ……ちょっと興味はあるな。研究してみたいから、貰っても良いか?」
「うん。じゃあ渡すから今日は帰りにウチに寄ってよ」
「オーケー。肉代は幾らだ?」
「ギルドの買取価格がゴムボール1つあたり600円だから、合計で1800円。お店行った時に2回ぐらいご馳走してくれればそれでいいよ」
「6kgで1800円って超安いな⁉ 100gあたりたったの30円かよ……。最近はどの肉も価格がじわじわ上がってきてるけど、上手く活用できれば幾つかの料理の値段を据え置きにできそうだなあ。
あー、とりあえず飯を振る舞うってのは了解した。約束していた『祝福のレベルアップ』のお祝い分もあるから、少なくとも3回は奢るよ。……まあ、理由なんか別に無くても、どうせ親父はユウキに飯を奢ろうとするんだけどな」
「僕がお金を出そうとしても、親父さん絶対受け取ってくれないもんね」
いつもの光景を思い出し、思わず僕は苦笑してしまう。
親父さんは僕が食事代を支払おうとすると、いつも「息子から金巻き上げる親がいるか‼」って怒り、絶対に受け取ってくれないのだ。
僕のことを当然のように『息子』と言ってくれるのが、嬉しくないわけがない。
親父さんが僕の本当の親だったらいいのにと、いつも思ってるんだけどなあ。
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迷貨のご利用は計画的に! ~幼女投資家の現代ダンジョン収益記~
https://ncode.syosetu.com/n9278ka/
↑世界観を共有する現代ダンジョンのお話を、本作と同日から投稿しています。
女主人公モノで百合だったりと、本作と全く異なる部分も多いのですが、
よろしければ併せてお読み頂けましたら幸いです。
本作はこれ以降【隔日更新予定】になります。よろしくお願い致します。
(こっちの投稿がお休みの日は、多分あちらを投稿しています)