06. 男で『サキュバス』なのおかしくない……?
食事のあと、お姉さんから色々とこれまでの話を聞かせて貰った。
まず、お姉さんの名前は貴沼シオリさんと言うらしい。
天職は〈戦士〉で、現在のレベルは正確に言うと『24』もあるそうだ。
シオリさんは意識を失った僕を担いで、ダンジョンの入口にある『石碑の間』まで連れ帰ってくれたあと。そこに常駐している自衛隊や警察の人達と、今後の僕の扱いについて相談したらしい。
意識を失った上に高熱があるということで、警察の人はまず救急車を呼ぶことを提案したんだけれど、これには自衛隊の人が反対したとか。
希少な天職を得た後に発症する高熱は病気ではない。医者が診ても発熱の原因は何も発見できないし、どんな薬を処方しても効果はない。
なので病院に移送したところで、あちらで対処できることがないのだ。
まして高熱が7日間続くと判っている以上、病床を7日間に渡って占有し続けることは、病院にとって小さくない負担になる。それを思えば自衛隊の人が反対するのも、理解できる話だと思えた。
次に警察の人は、親御さんに身柄を引き渡すことを主張。
僕はまだ学生であり未成年でもあるので、これは当然の判断だろう。
僕が背負っていたリュックサックを警察の人がチェックし、中に学生証が入っているのを発見。その場で学校へ連絡が行き、警察が相手ということで学校側もすぐに僕の両親の連絡先を開示した。
これで両親が僕を回収してくれれば、何の問題もなかったんだけれど――。
「たぶん両親は、僕の身柄の引き取りを拒否したのでは?」
「………………はい。警察の方もそのように言っておられました」
警察の電話に応対した母親は、遠地に居ることを理由に僕の引き取りを拒否。
ひとり暮らしをしている息子なので、自宅に帰せば問題ないと主張したうえで、一方的に電話を切ったそうだ。
そのあとは何度電話をかけても繋がらず、警察の人もかなり怒っていたらしい。
「失礼ですが、高比良さんのご両親は一体……?」
「僕の両親はなんと言うか……仕事と伴侶にしか興味がない人で、子の僕には全く関心がないんですよ。――好きな相手と一緒に暮らしたかっただけなのに、間違いでお前が生まれたんだ。仕方がないからお前が暮らす場所は用意してやるし、家賃や生活費も出してやるから、好き勝手にひとりで生きればいい――と。当時はまだ小学生だった僕にそんな風に言ってみせる、自己中で最低の両親です」
そんな両親が、僕の身柄を引き取れと言われて頷くはずがない。
たとえ相手が警察だろうと、なんの躊躇いもなく拒否するような人間だ。
「――はあッ⁉」
僕の説明を聞いて、シオリさんが怒気をあらわにする。
優しそうなお姉さんだけれど。怒るときもあるんだなと、そんなことを思った。
とはいえ、僕としてももう、今更思うところもないんだけれどね。
気ままなひとり暮らしを謳歌しているし、親の存在なんて普段は忘れてるから。
「わ、わわっ……⁉」
不意に、ぎゅっと。再び僕の身体が強く抱き竦められる。
温かなシオリさんの腕の中に閉じ込められて、僕はまた狼狽してしまう。香水でもつけているのか、なんだか安心する凄く良い匂いがした。
「し、シオリさん……! ま、また、胸がですね……!」
「……はっ⁉ そ、そうでした! ごめんなさい!」
再び僕の指摘に反応し、シオリさんが慌てて身体を離す。
シオリさんみたいな綺麗なお姉さんに抱きしめられるのは、もちろん全く嫌じゃないんだけれど。でも……恥ずかしいし、どう反応して良いのかが判らなくって、なんだか凄く困ってしまう。
「人様の親を悪く言うのも何ですが――それは本当に、最低な方々ですね」
「あはは……。まあ、ここまで一方的に縁が切られていると、かえって気が楽だと今は思っています。将来的に両親の介護とかもしなくて良さそうですしね。生活に必要なお金だけはちゃんとくれているので、不満もないです」
「そう、ですか……。高比良さんが怒っていないのでしたら、私が怒るのは筋違いというものでしょうね……」
「ありがとうございます。今となってはもう何とも思わないですが……。僕の代わりにシオリさんが怒ってくれるのは、とても嬉しいです」
そう告げて、僕がにこっと笑ってみせると。
シオリさんはなぜか、急に顔を真っ赤にしてみせた。
「……た、高比良さんは私のことを、な、名前で呼ぶんですね?」
「あっ。ごめんなさい、お嫌だったらすぐにやめますが」
「い、いえ! 嫌ではないので、どうか、そのままで!」
「あっ、はい。もちろん、シオリさんが嫌でなければそのままで」
なぜか僕の友人やクラスメイトは、お互いを名字ではなく名前で呼び合うことが多いから。いつの間にか僕もそれに倣い、相手を名前で呼ぶことが多くなっていたけれど。
シオリさんは当初から僕を『高比良さん』と名字で呼んでいたわけだから、僕からも『貴沼さん』と呼ぶべきだったかなと、軽く反省する。
いや、でも。嫌ではないそうだし、これはこれで良いのかな?
「……えっと、先程の続きに戻りますが。両親が身柄の受け取りを拒否したので、代わりにシオリさんが僕を預かってくれた、という感じで合ってますか?」
「はい、それで合っています。もちろん警察でも自衛隊でも、それぞれ高比良さんのことを――いえ、ユウキくんのことを、預かっても構わないとは言ってくださいましたが……。
警察にしても自衛隊にしても、やはり1週間も部外者を預かるとなればそれなりの負担になるでしょうから。ギルドに連絡を入れた上で、私が個人として預かるほうが良いと判断しました」
「それは……ご迷惑をお掛けしました」
「いえいえ。ユウキくんの寝顔をいつでも眺められる1週間というのは、なかなか楽しい日々でしたよ?」
そう告げて、シオリさんはくすりと笑ってみせる。
意識がなかったんだから、仕方のないことかもしれないけれど。無防備なところを散々見られてしまっていることが、今更ながら恥ずかしくなってくきた。
頬が熱くなるのを感じながら、シオリさんから目を逸らすと。つい先ほど食べたお粥とオムレツが乗っていた食器が目に入る。
それらの食器を手にとって、僕はその場ですっくと立ち上がる。
「先程は食事をご馳走様でした。洗い物をさせて貰って構いませんか?」
「あー……お気持ちは嬉しいですが。この部屋のキッチンはちょっと高めなので、高比良さんには難しいかもしれませんね……」
「高め? 高級ってことですか?」
「いえ、単純にシンクの高さが……。えっと、私も立てば判りやすいでしょうか」
「……?」
そう告げて、シオリさんもまたその場で立ち上がる。
すると――なるほど、シオリさんの言う通り、違和感が凄かった。
並んで立った時の身長差がおかしいのだ。
そりゃ元々、僕は身長が154cmしかないし。シオリさんは175cmぐらいありそうだから、20cm近い差があったわけだけれど。
けれども、今の僕とシオリさんとの身長差は――20cmどころではない。
40cmか、下手したら50cmぐらいの差がありそうだ。僕が手を伸ばしても届かないぐらいの位置に、シオリさんの顔があった。
また今更ながら僕は、立ったときの目線の高さが、普段よりも明らかに低い位置にあることに気づく。
そういえばシオリさんが帰宅する前に、ベッド脇にあるペットボトルへ手を伸ばした時も、明らかに腕の長さが足りていない感じがしたし。
もしかして、今の僕って――。
「背が縮んでたりしますか……?」
「はい。今の高比良さんは多分、8歳から9歳ぐらいのお身体になられています。これは祝福のレベルアップにより『身体変化』が発生したのが原因ですね」
「ああ――」
人生で初めて経験するレベルアップのことを『祝福のレベルアップ』と呼ぶが、これは当事者に3つの特別な恩恵をもたらすことでよく知られている。
1つは『天職』の獲得。
2つ目に『武器』の獲得。
そして最後の3つ目に――『身体変化』の発生。これは世間では特に『若返り』の奇跡として有名になっている。
祝福のレベルアップを経験すると、少なくとも1歳ぶん、運が良ければ2~5歳ぐらい年齢が若返るという。
最低でも1歳ぶんの若返りが保証されているというのはかなり大きく、このことはテレビや雑誌を始めとした各種メディアで盛んに広められていて。特に女性からの人気は絶大で、このためだけに掃討者の仮免資格を取る人も多い。
国内の掃討者資格の『仮免許』所持者は、全部で6千万人ほどと言われているけれど、その実に7割近くが女性だというのだから驚きだ。
「天職は基本職・特化職・複合職・希少職・異端職の5つに大別されており、前者のものほど出現しやすく、後者のものほど希少とされています。高比良さんが手にした金色のカードは、最後の『異端職』を示す色です」
「おお……。さ、流石は1000万分の1」
「そして『身体変化』による若返りの効果の大きさは、この天職の希少性と関わりがあることが既に判明しています。つまり希少な天職を手に入れた人ほど、年齢が大きく若返るわけですね」
1000万分の1という希少天職なぶん、年齢も大きく若返ったわけだ。
そういうことなら、僕の年齢が一気に半分ぐらいになっているのも――まだ心のどこかで信じたくないけれど――納得はできるような気がした。
「……あれ? 『身体変化』って、若返り以外も起きますよね?」
「はい。高比良さんも仮免許の講義で学ばれたと思いますが、他にも髪や瞳の色が変わるといった変化が生じます。人によっては肌の色も変わりますね。
これも若返りと同じく、身体にどれぐらい様々な変化が発生するかは、天職の希少性に関わりがあることが判っています」
「えっと。つまり、僕の場合は特に大きく変わっていたり?」
「――はい。これについては私から口頭で説明するよりも、実際に見て頂くほうが早いでしょう。全身を映せるスタンドミラーが隣の部屋にありますので、こちらへ持ってきますね」
そう告げると、シオリさんは隣の部屋から鏡をひとつ抱えて持ってきてくれた。
大人でも全身を映せる、縦に長い鏡。それがベッドの前に置かれたことで、今さらながら――僕は自分の姿がどうなっているのかを知る。
まず髪の毛が黒髪から金髪へと変わっていた。こういうのプラチナブロンドって言うんだっけ? とても明るい、金色の髪だ。
肌の色も随分と薄くなっており、完全に白人のそれに見える。
先ほどシオリさんが言っていた通り、身体の年齢が8~9歳ぐらいまで若返っていることも相俟って。もはや完全に日本人ではなく、外国からやってきたお子様、みたいな風貌になっていた。
鏡に映る姿をよく見つめてみると、瞳の色も前とは変わっている。
『青』と『紫』。左右の目の色がそれぞれ異なる、まさかのオッドアイだ。
(オッドアイって別に、左右の目で見え方が変わるわけじゃないんだ……)
ふと、僕は内心でそんなことを思う。
左の紫の瞳だけで見ても、右の青の瞳だけで見ても、シオリさんの部屋は全く同じように見える。
虹彩の色が違っても、視界にそれぞれの色でフィルターが掛かる、というわけではないらしい。
また――髪の色でも、肌の色でも、瞳の色でも、年齢でもない。
そのいずれとも異なる、凄まじく大きな変化も、僕の身体には発生していた。
「あ、あの。頭に角が、生えているように見えるのですが……?」
「生えていますね。黒くて小さくて、可愛らしい2つのツノが。……もしお嫌でなければなのですが、触ってみてもよろしいでしょうか?」
「へっ⁉ あっ、は、はい、どうぞ……?」
「では失礼します」
優しく微笑みながら、シオリさんが僕の頭に生えている小さなツノに触れる。
「――んっ⁉ んんうぅっ……⁉」
すると、シオリさんの指が触れたその瞬間に、僕の喉から自分でもびっくりなぐらい大きな声が出てしまった。
神経が剥き出しになった箇所を撫でられたのかと。そう思ってしまうぐらいに、鮮烈な感覚が一瞬で僕の身体を駆け巡ったからだ。
「だ、大丈夫ですか⁉」
「……はい。大丈夫です。すみません、思ったより敏感な場所みたいで」
「そうなんですね……。こちらこそ触ったりして、すみません」
「い、いえ! 僕も知らなかったことですし」
深々と頭を下げてくるシオリさんを見ると、逆にこちらが申し訳なくなる。
試しに自分の指でも頭のツノに軽く触ってみるけれど、それだと先程とは違い、あまり大した刺激には感じられなかった。
どうやら自分で触るのと他人に触られるのとでは、全然違うらしい。
2つあるツノの感触は、意外なほど柔らかいものだった。
質感はウレタンとかにちょっと近いかな? 表面は少しざらざらしているんだけれど、全体としては柔らかくて。力を入れても折れることは無さそうだ。
弾性があるので、自分で触る分にはちょっと面白くもあるけれど。先程のこともあるので、あまり他人には触らせないほうが良さそうだ。
「ツノが生えるなんて……。僕は鬼にでも変わってしまったんでしょうか?」
「実は、その憶測は概ね当たっています。銀色のカードを手にした『希少職』の人や、金色のカードを手にした『異端職』の人は、いずれも明らかに人ではない生物に生まれ変わることが、各国の報告で判っていますので」
「人ではない……?」
「テレビや雑誌などで見たことがありませんか? まるでファンタジーの物語に登場する『エルフ』や『ドワーフ』のような姿をした方々を」
「――ああ。芸能人やアナウンサーで見たことがありますね」
テレビでよく目にするような人達は、髪や肌の色が随分と多彩だ。
これは彼らが『祝福のレベルアップ』の経験者なことを意味するわけだけれど、その中には時折、明らかに人間とは異なる特徴を持つ人も居る。
いまシオリさんが告げた、エルフやドワーフの姿をした人達というのがそれだ。
側頭部に生えている、特徴的なピンと尖った両耳。
あるいは低身長なのに加えて尋常ではないほど大量に生えた口髭や顎髭。
ファンタジーの世界にしか登場しないような見た目を持つ彼らは、たぶん人数自体はそれほど多くないと思うんだけれど。テレビの世界では引っ張りだこなのか、見ない日が無いというぐらいよく登場する。
……そういえば僕の耳も、側頭部から横にピンと尖ったものに変化している。
テレビで見たことがあるエルフの耳ほど、細長く尖ったものではないみたいだけれど。これはこれで、充分に人目を引きそうな特徴的な耳だと言えた。
「エルフやドワーフは、銀色か金色のカードを手にした人達なんですか?」
「あれは銀のほうですね。銀色のカードを手にした人は『亜人』と呼ばれる、人にごく近い見た目をしながらも、多少の特徴の差異がある種族に生まれ変わります」
「なるほど……。では金色のカードを手にした人は、どうなるんでしょう?」
「姿が人型の『魔物』に変化します」
「――魔物⁉」
再び僕は、驚きのあまり大きな声を上げてしまう。
信じられないという気持ちが湧くけれど。でも――考えてみれば『鬼』なんて、明らかに人よりも魔物寄りの存在なわけで。
今の自分が変貌した姿を思えば、むしろ納得感しかなかった。
「つまり僕の見た目は、鬼の魔物になってしまったわけですね……」
「あ、いえ、それは違います」
「……? 違うんですか?」
「ああ――いえ、もしかしたら広義的には鬼の一種なのかもしれませんが。もっと自身の姿をよく確認してみてはいかがでしょう? ……特に背中のほうとかを」
シオリさんからそう促され、僕は改めて目の前に置かれた鏡と向き合う。
すると、すぐに新しい発見があった。
「え、なにコレ……」
僕が吐き出した驚きの声は、すぐに消え入るように小さくなる。
鏡の前で身体を捻り、背中の側を見てみると。果たして、そこには信じられないものが存在していて。
いま僕が着ている服は、Tシャツとショートパンツ。
これはダンジョンを探索している時に着ていたものではない。おそらくは7日間も高熱で寝込み、その間に沢山の汗をかいただろう僕に、いつまでも同じ服を着せておくわけにはいかないとシオリさんが準備してくれた服なんだろう。
で――そのTシャツの背中側には、縦に2本の切れ目が入れられていて。
その穴から――小さくて黒い2つの翼が、ピョコッと飛び出ていたのだ。
また、履いているショートパンツの裾からも、黒くて細長い尻尾が出ている。
――頭からは角が、背中から翼が、お尻からは尻尾が。
なるほど、これは鬼というより――。
「……もしかして僕って『悪魔』とか、それ系の魔物になってます?」
「ふふ。こんなに可愛らしい小悪魔が居たら、魂ぐらい売り渡してしまいますね」
「ええ……?」
男としては『可愛い』と言われても、困惑してしまうばかりだ。
とはいえ――こうして鏡で自身の姿を見ていると。自分でも今の風貌のことを、全く可愛いと思わないと言えば嘘になるが。
(ほぼ無地のTシャツとショートパンツでも、普通に可愛いのって……)
女の子らしく着飾れば、普通に美少女にも見えそうな気がする。
それが男として、喜ぶべきことなのかどうかは判らないけれど……。
ちなみに翼と尻尾の触り心地は、プラスチックとかに近いものだった。
ツノよりも柔らかく変形しやすそうな感じがする一方で、弾性はあまり高くなさそうだ。そういう意味だとナイロンとかにも近いのかな。
こちらもツノと同じく、自分で触る分には何も感じないが――。
「あ、あの! 翼と尻尾にも触らせてもらえませんか?」
「いいですけど……。そんなに触りたいものですか?」
そう訊ねると、シオリさんはコクコクと何度も頷いてみせる。
「こんなに可愛いのに、触りたくならないわけがないですよ!」
「そ、そういうものですか……?」
「そういうものです!」
あまりよく判らないけれど、ここまで力強く言われれば納得するしかない。
とりあえず、シオリさんに背を向けてから「どうぞ」と僕は告げる。
「……は、ぁぅ」
翼と尻尾に触れられると同時に、僕の喉から小さな喘ぎが無意識に漏れ出た。
案の定というべきか――翼と尻尾はどちらともツノと同じように、他の人から触られると、とても強くて鋭い刺激が身体を駆け巡ったからだ。
自分で触っても殆ど何も感じないだけに、なぜ他の人から触られた時にだけ凄く敏感になってしまうんだろう……。
「ん、んんんっ……! ひゃん⁉」
とりわけ翼や尻尾の付け根の辺りを触れられると、ひときわ強い刺激があって。
思わずびくんと身体が跳ねてしまう。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。すみません、こっちも敏感みたいで……。
あの……ツノがあって翼があって尻尾もあって。一体、僕はやっぱり『悪魔』に生まれ変わってしまったんでしょうか?」
「それは私も存じませんが、たぶん天職カードを見てみれば判ると思います」
僕が問いかけた言葉に、シオリさんはそう答えてみせる。
「天職カード……あの金色のカードのことですよね。確か、選び取った後に消えてしまった筈ですが。どこにいったんでしょう?」
「獲得した天職カードは消えてしまっても、ちゃんと高比良さんの中にあります。心のなかで『出ろ』と念じれば、いつでも取り出すことができますよ」
「ね、念じれば出てくる、ですか……?」
そんな不思議なことがあるんだろうかと、訝しく思うけれど。
シオリさんの言葉に嘘があるとも思えないから、試しに心の中で念じてみると。
「――わ、本当に出てきた!」
金属に似た質感のカードが、本当に僕の手に出現する。
間違いなく、あの時に手にした金色のカードだ。
+----+
タカヒラ・ユウキ
夢魔/17歳/男性
〈衣装師〉 - Lv.1 (100/606)
[筋力] 4
[強靱] 4
[敏捷] 10
[知恵] 8
[魅力] 12
[幸運] 7
-
◆異能
[夢魔][夢渡り]
《衣装管理》《戦士の衣装》
◇スキル
(なし)
+----+
大きく『衣装師』とだけ書かれていたあの時とは異なり、現在の天職カードには様々な情報が記されていた。
まず、一番上に書かれているのは僕の本名。なぜか漢字ではなくカナ表記。
そして次に書かれていたのが――。
「夢魔?」
「……えっ。そ、そう書いてあるのですか?」
「書いてありますね……。『夢魔』で『17歳』の『男性』って……」
「………………」
「………………」
どう理解して良いのか判らず、思わず2人一緒に押し黙ってしまう。
サキュバスが何なのかはまあ、それなりに理解しているつもりだ。ゲームに登場することもあれば、漫画やライトノベルに登場することもあるからね。
でも、まさか自分がそれになったとは、どうしても信じられない。
……いやもう、この際『夢魔』なっちゃったのはいいとしてもだよ。
ルビが『サキュバス』なのおかしくない……? 男なら普通は『インキュバス』のほうじゃないの……?