29. 《ゴルフやろうぜ! お前ボールな!》
ダンジョンを探索し、遭遇したヤケイと《神官の衣装》で戦う。
こちらの衣装で召喚できる武器は『鎚矛』。個人的には《戦士の衣装》で召喚する片手剣よりも、ずっと扱いやすい武器だと思う。
重量が先端部に偏っているから、遠心力で威力を稼ぎやすいし。本体の半分以上が柄の部分なので、長く持つのも短く持つのも自由自在。
また片手剣と違って刃がある側で斬る必要がないので、攻撃の際に武器の向きも気にする必要がないなど、何も考えずぶん回せるのが気楽だ。
それにヤケイは体高が1mもないので、今の僕よりもずっと低い。
なのでちょっとアンダースイング気味にブンと鎚矛を振ってやると、ヤケイの胴体部に当てやすく、時には顔面にヒットすることもある。
ピティと同じくヤケイも頭部が頭なので、そこにクリーンヒットさせれば大ダメージを与えられるだろう――と、シオリさんから聞いている。
「せー、のッ!」
「――ゴゲエッ⁉」
まるでゴルフのスイングみたいな要領で、僕は迫ってきたヤケイの顔面に鎚矛の一撃を叩き込む。
すると――たったの一撃で、ヤケイの身体が光の粒子へと変わり、溶け消えた。
《ナイスショット!》
《ゴルフやろうぜ! お前ボールな!》
《ボールは友達!(殴打)》
《これが打ちっぱなしか》
《ヤケイの悲鳴がエグい》
《顔面を鉄の武器で殴られたら、まあ……》
《やはり鈍器、鈍器は全てを解決する》
消滅した地点に、ボテッと落ちて転がる3つのゴムボール。
ヤケイが落とすアイテムは食料品ばかりなので、基本的にどれもゴムボール状の膜に包まれた状態で出現する。
また、ヤケイは部位ごとに様々な肉を落としてくれるので、運が良ければ今みたいに、複数のゴムボールが同時に落ちることもあるようだ。
「えっと……。1個は『ヤケイの卵』だね。あとはどこかのお肉」
《どこかのお肉ww》
《まあボールに入った状態だと、判別は難しいよな》
《ゴムボールはあんまり透明度も高くないからね》
「今までは1体倒すごとに、ドロップが1つ出るかどうかだったから、一度に3つも出てくれたのは嬉しいです。……まあ、あんまり沢山出られると、何度も地上と往復することになっちゃいそうだけど」
《それはしゃーない》
《ゴムボールは嵩張るからなあ……》
《卵が割れる心配が無いのが救いやね》
ドロップアイテムのひとつである『ヤケイの卵』は、ゴムボールの中に20個ほどの卵が入った状態で出現するんだけれど。
なぜかボールの中に入った状態だと、どんなに乱暴に扱っても、中身の卵が割れることはないそうだ。
ヤケイの卵は通常の鶏卵より一回り大きいサイズではあるけれど、殻の硬さとかは鶏卵とほぼ同じらしいから。乱暴に扱えば、中身の卵同士がぶつかって割れそうなものなのに……不思議だよね。
とはいえ、暴に扱っても大丈夫というのは、素直に有難い。
昨今はスーパーで販売される卵の価格も、数年前に較べて随分高くなっちゃったからね。
せっかく掃討者になったんだから、自炊に必要な食材のうち幾つかはダンジョンで手に入れて、節約したいところだ。
とりあえず今晩は、贅沢に卵を3つ使った厚焼き玉子とか食べたいな。
《☆貴沼シオリ:神官の衣装の使い勝手はどうですか?》
「そうですね……。鎚矛は剣より扱いやすいんですが、《戦士の衣装》と違って盾を召喚できないのがちょっと残念ですね。やっぱり盾は便利なので」
実際に使ってみるとよく判るんだけれど、盾というのは防具であり武器だ。
特にヤケイみたいな動物型の魔物だと、硬い盾で相手の攻撃を防ぐだけでも、逆に多少のダメージを負わせることができる。
状況によってそのまま盾で殴りつけたりもできるので、攻撃の起点にもなる。
動物は頭部を殴られれば動きが鈍るし、上手く体勢を崩せれば、大振りの攻撃を加えるチャンスも得られるからね。
《確かに盾は便利だよなあ。俺も〈戦士〉なんでよく判る》
《盾だけギルドで購入して持ち込んだら?》
《鎚矛と一緒に使うのも、別に悪くないしな》
「うーん、それも悪くないとは思うんだけど。荷物になるのがね……」
《まあ、結局そこだよなあ……》
《折り畳んだりもできないから、背中に括り付けて運ぶしか無いし》
《金属の盾は、バックラーでもそこそこ重いしな》
《軽いポリカーボネートの盾とか使ったらいいんじゃない?》
《↑残念ながら現代の製品は、魔物相手には役に立たんのよ……》
シオリさんの話によると、盾は掃討者ギルドの武具店で、安い物だと5~6万円ぐらいから買えるらしい。
武器と違い、防具は『祝福のレベルアップ』で手に入ることが殆どないそうで。供給が少ない分、どうしても武器の2~3倍ぐらいの値段はするそうだ。
流石に5~6万円も出して、しかも荷物になるものを購入したくはない。
盾が使用したい時は鎧の重さを我慢して、おとなしく《戦士の衣装》に着替えるほうが賢明だろう。
――それから暫くの間、視聴者の人たちと色んな会話を交わしながらダンジョン内を探索して、遭遇するヤケイを倒していく。
衣装は3戦ぐらいこなした後に《戦士の衣装》に戻した。
盾がないぶん、ヤケイからダメージを受ける機会も多くなりがちなので、衣装の耐久度の減りが早かったからだ。
《神官の衣装》は軽くて動きやすく、重い鎧の《戦士の衣装》よりも探索自体は快適だっただけに、ちょっと残念でもある。
リュックサックが一杯になったので、途中で一度地上に帰還。
『石碑の間』の隅に設置されている、結構サイズが大きめのコインロッカーに全ての荷物を預けた上で、再度ダンジョンに入り直す。
ちなみにコインロッカーは利用時に500円玉の投入が必要だけれど、鍵を戻した際に投入した500円玉が戻って来るタイプ。
なので、利用料は実質無料。とても有難い。
《コインロッカーに荷物を預けたってことは、持ち帰るつもりなん?》
「あ、はい。卵は自炊で幾らでも使い道があるので、全部持ち帰るつもりですね。あと親友の実家が町中華のお店をやっていて、僕もよくお世話になっているので、そちらにお肉も全種1つずつ持ち帰ってプレゼントするつもりでいます」
《おお、いいね》
《ええ子や……》
《町中華なら、鶏肉は大歓迎だろうね》
《入手ルートがある店は、魔物肉を研究してるトコも多いよね》
《中華食べたくなってきた……》
《きっと持ち込んだら店主さん喜ぶで》
《鶏肉盛りだくさんやしなあ》
《また取ってきてと頼まれるんですね、判ります》
《そして取りに来たユウキくんの配信を俺らが視る》
《うむ、カンペキ》
《無限ループって怖くね?》
「暫くはここのダンジョンにお世話になるつもりですし、お肉を頼まれたらそれを潜る理由にしちゃうだけなので、わりと大歓迎ですね。あ、もちろんその時にまた配信もしますね!」
ダンジョンで手に入れた食材は、ゴムボール状の膜から出さない限り、何年が経過しても全く傷むことはない。
またゴムボールに入っている間は完全に無菌状態らしいので、ヤケイの卵は生食も問題なく可能。TKGでもすき焼きでもどんと来いだ。
そもそも、卵なんて幾らでも使い道があるからね。
スーパーで毎回買う食材が無料で手に入るんだから、僕にとってここは、何度でも足繁く通いたいダンジョンだ。
「――っと、ヤケイの声が聞こえますね」
《さあ卵を落とすがいい……》
《さあ肉を落とすがいい……》
《男の娘の糧となるがいい……》
《↑なんかヤケイが羨ましくなってきたんだが》
《ユウキくんに食って貰えるとか、ご褒美なんだよなあ》
《ユウキちゃんの糧になりたい……》
剣と盾を構えながら進むと、通路の先に佇んでいたヤケイと目が合う。
すぐにこちらへと駆け寄り、その勢いのまま跳躍してきたヤケイを――。
「――はあッ!」
僕は一歩踏み込むと同時に、スパッと袈裟斬りにした。
良くも悪くも、ヤケイの動きは単純で判りやすい。跳躍した時点で蹴爪での攻撃を仕掛けてくることが判るので、迎え撃つのは案外簡単だった。
脳天から綺麗に切り裂かれたヤケイの身体が、あっさり光の粒子に変わる。
すると同時に――僕の鎧がぼんやりと蒼い光を帯び始めた。




