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02. 白鬚東アパートダンジョンへ。

 


     [2]



 僕――高比良(たかひら)ユウキ(祐樹)は、いわゆる『陰キャ』寄りの人間だ。

 仲の良い友達は片手で数えられるほどと少ないし、お世辞にも活動的ではない。

 平日は学校があるから毎日出かけるけれど、週末ともなればどこにも出かけないのは当たり前。大抵は丸一日、ゲームか読書に没頭しながら過ごしている。


 RPGのように、じっくり腰を据えてやるゲームが好きだ。

 物語を楽しむのが好きというのもあるけれど。それ以上に、単純にキャラクターを成長させることに喜びを覚える。

 なのでダンジョンRPGは特に大好物だ。ゲーム開始時に作り出した5人ぐらいのキャラクターがどんどん成長していき、最初の頃の頼りなさを払拭して、強力で完璧なパーティになっていく姿なんて面白くて仕方ない。


 そんな僕だから、現実に存在するダンジョンのことは小さな頃から――それこそまだ小学生だった頃から、ずっと気になっていた。

 ダンジョンには多数の魔物が棲息しており、これを討伐して経験値……ではなく魔力を集めることでレベルアップが発生し、成長することができる。


 危険な生業ではあるけれど、魔物を狩るのは社会治安維持に必要な行為なので、意外に世間体も悪くない。

 それに優れた腕前を持ち、ダンジョンの深い場所まで潜れる人達は、世間で高給取りと言われる人達の月収を遥かに超える額の収入を、一晩や二晩で叩き出すことも珍しくないという。

 こんなに夢のある職業に――興味が湧かない筈がなかった。


 ダンジョンの中へ侵入して魔物を駆除する人のことを『掃討者(そうとうしゃ)』という。

 文字通り、ダンジョン内で魔物を掃討する者という意味だ。

 危険が伴う生業なので常に人材不足らしいんだけれど。一応、誰でも簡単に就くことができる職業というわけでもない。

 掃討者となるためには資格が必要だからだ。

 資格名は安直に『掃討者資格』。より詳しく言えば『掃討者活動資格、及び国内に於けるダンジョン侵入資格認定証』という名称になる。


 この資格には運転免許と同様に『仮免許』と『本免許』の二段階がある。

 仮免許は50分の講義を2単位受けて、その後の試験で合格点を取るだけで簡単に即日取得できる資格。こっちはもう僕もダイキも取得済み。

 試験問題も大して難しくなかった。講師の人が話してくれた内容を流し聞きしているだけでも、たぶん問題なく合格できるレベルだ。


 一方で、本免許の取得には75分の講義を10単位受ける必要があり、その後の試験で合格点を満たす必要がある。

 こちらは試験自体がそれなりに難易度が高く、受験者の合格率は大体3割程度。仮免許とは異なり、一般的な資格試験と同程度の難易度があると考えておいたほうが良さそうだ。

 ただし他の資格とは異なり、掃討者資格の取得に必要な講義を受けたり、試験を受けたりするのは全て無料で行うことができる。

 掃討者は社会治安の維持に必要な職業でありながら常に人手不足ということで、国が充分な助成金を出しているからだ。また、これ以外にも掃討者は主に税制面で多大な優遇を受けることができる。


 仮免許を所持していると、ピティと呼ばれる最弱の魔物が出現するダンジョンの第1階層のみ入場することが許される。

 講義を受けて対処法を学んでいれば、戦っても殆ど危険がない魔物なので、この魔物としか戦わない場所なら仮免許でもほぼ安全というわけだ。

 一方で本免許を取得していると、国内にあるほぼ全てのダンジョンへ自由に出入りすることが許される。

 もちろん現実的な話をすれば、自分の実力に見合った場所に挑まないと痛い目を見ることになるので、実際にどこへも行けるわけではないらしいけれど。


(まあ、僕にはまだ先の話だよね)


 本免許の取得には、講義の受講と試験の合格だけでなく、もう1つ条件がある。

 それは人生で最初のレベルアップ、つまり『祝福のレベルアップ』を経験して、何かしらの『天職』を入手済みであること。

 なので僕がまずやるべきことは、取得済の仮免許を利用してダンジョンへ潜り、ピティを狩猟して祝福のレベルアップを経験することだ。


 ――というわけで、今週末も電車に乗って溝の口駅を出発。曳舟駅で伊勢崎線の東武スカイツリーラインに乗り換え、鐘ヶ淵駅で降りる。

 移動時間は1時間ほど。往復1200円を超える移動費が地味に痛いので、可能な限り今日のうちに祝福のレベルアップは済ませたいところだ。


「何度見ても、凄い建物だなあ……」


 駅を出たあと、幾つもの巨大な建物が横に連なって並ぶ『白鬚東アパート』の威容を間近で見た僕は、思わず感嘆させられる。

 団地などでアパートがドミノのように何棟も並んでいる光景なら、そう珍しくもないんだろうけれど。集合住宅がひたすら横に(・・)(つら)なっている光景は非常に珍しい。

 13階建てのアパートは高さ40m。それが18棟も横並びになっているので、全長は1.2kmにも及ぶ。

 まるで墨田区の一部を分断する、巨大な壁が(そび)え立っているかのようだ。


 理由は判らないけれど、ダンジョンは『名所』に存在することが多い。

 例えば東京スカイツリーとか、東京タワーとか、東京駅とか。名所と聞いて思いつくような場所には、ほぼ確実にダンジョンもセットで存在する。

 いま僕の視線の先にある白鬚東アパートもそうだ。東京の名所としては、やや知名度が低めの場所のような気もするけれど。実際にダンジョンができたんだから、ここも立派に東京の名所のひとつってことなのかな。


 この白鬚東アパートダンジョンの第1階層は、ピティという魔物だけが棲息しているため、仮免許の掃討者でも入場できる貴重な場所のひとつ。

 というわけで早速、建物の防災備蓄棟1階に設けられた自衛隊の出張所を訪れ、掃討者資格の仮免許証を提示してダンジョンの入場手続きを行う。


 ここ白鬚東アパートダンジョンに限った話ではないけれど、ダンジョンの入口には自衛隊の出張所があることがとても多い。

 これは、ダンジョンの内部に『ダンジョン産の武具しか役に立たない』という、不思議なルールがあるからだ。


 つまり自衛隊や警察がダンジョンの中に踏み入ったとしても、彼らが持つ銃器は魔物を倒すためには役に立たない。

 もちろんバールや鉄パイプ、日本刀なんかを持ち込んでも同じで。本来なら武器として充分役に立つ筈のそれが、ダンジョンの中では簡単にへし折れるんだとか。


 ただし、この不思議なルールはあくまでも『ダンジョン内』にのみ適用される。なので外に出た魔物――ダンジョンから溢れ出た魔物に対処するぶんには、銃器や爆発物も有効だ。

 つまりダンジョン入口すぐの位置に自衛隊の出張所があるのは、もし魔物が外へ漏れ出た場合に、銃器を用いて速やかに自衛隊の人達が対処するためだ。


 代わりに自衛隊の人達は原則として、ダンジョンの中へは潜らない。

 あくまでも彼らは漏れ出た魔物に対処することを最優先としており、中に入って魔物の数を間引く役割は掃討者に委ねられている。


「高比良ユウキさんは、今回で3回目の仮免探索ですね。そろそろレベルアップが期待できる頃合いでしょうか?」

「あ、はい。あとピティ20体なので、たぶん今日で達成できると思います」

「それは素晴らしいですね。よろしければ是非、本免許の取得もご検討頂けますと嬉しいところなのですが……」


 ダンジョンの入退場を管理する受付窓口に立つ自衛隊員のお姉さんは、そう告げて少し寂しげに笑ってみせた。

 掃討者資格は仮免許を取得する人はとても多いんだけれど、その一方で本免許を取得する人はかなり少ない。

 けれど国内に数多くあるダンジョンの中で、仮免許でも入れる場所はほんの一部だけだ。なので魔物を間引く役割は本免許の取得者に託されているのが現状。

 自衛隊の立場からすると、仮免許で『祝福のレベルアップ』を経験するだけで、それ以降の参加を望まない掃討者が多いことが悲しく思えるんだろう。


「僕は一応、本免許も取得するつもりですよ」

「まあ、そうなのですね! 私共はダンジョンへ入れませんので、中の魔物を減らして頂けますと、とても助かります。祝福のレベルアップで良い天職が得られるといいですね」

「ありがとうございます」

「……ところで。資格証の性別が『男性』になっておられますが、こちらは誤植ということは……?」

「僕は男なので、間違ってません!」


 自衛隊員のお姉さんの言葉に、軽く辟易(へきえき)しながらそう回答する。

 なぜか僕は昔から、女性だと思われやすいところがある。


 別に髪が長いわけでも、化粧をしているわけでもないのに、なぜなんだろう。

 身長が低いのとか、男なのに声変わりしていないのがいけないのかな……。


(あとは、もっと筋肉とかを付けたほうがいいんだろうなぁ)


 普段から運動を殆どしない僕の身体は、全く鍛えられていない。

 身長と声変わりに関しては、努力でどうなる問題でもないから、諦めるしかないけれど。せめて今後は掃討者として頑張って、筋肉だけでも付けたいところだ。


 とりあえずダンジョンに入る手続きは済んだので、階段から地下へと降りる。

 白鬚東アパートには18棟全てを繋ぐ地下の連絡通路がある。まずはそちらへと降り、そこから更に階段を降りていく。


 コンクリートではなく、明らかに石造りの階段だ。

 現代構造物の白鬚東アパートの地下連絡通路から、今日(こんにち)では自然災害の一種とも言われるダンジョンが自然に接続している光景は、なんだか見ているだけで不思議な気分になる。


 100段ちょっとの階段を降りると開けた場所に出る。

 バスケットコートの一面よりも、少し小さめぐらいの広さがある部屋だ。天井も高くて、普通の建物2階分が吹き抜けになっているぐらいの高さがある。

 ここは『石碑の間』と呼ばれており、どこのダンジョンでも入ってすぐの場所に必ずある部屋だ。

 ダンジョンから溢れた場合を除けば、この空間に魔物が出現することはないため、掃討者にとっては安全地帯のひとつと認識されている。


 石碑の間の中央には、その名の通り大きな石碑がひとつ。

 一見すると、大きくて平たい石が立てられているだけにも見えるけれど。石碑にはダンジョン内部の情報が色々と記されており、〈鑑定〉系の異能を持つ人になら読み取ることができるんだとか。

 例えば、ダンジョン内に今どれぐらい魔物が増殖しており、このままのペースであと何日増え続けると魔物が外に溢れてしまうか――といった重要な情報なども、石碑が読めると判るそうだ。


 部屋の中には他にも休憩するためのソファやテーブル、飲料を提供する自販機やゴミ箱が設置されており、一角には簡易のトイレや水場も用意されている。

 先程の階段伝いに電気や上下水道の配管が敷かれているんだろう。ダンジョンに入る準備は大体ここで済ませることができるから、掃討者にとっては便利で有難い場所だ。

 実際に今も、この空間で10人ぐらいの人達がくつろいでいた。


 石碑の近くには携帯キャリア各社のアンテナが立っている。

 理屈は全く判らないけれど、この石碑のそばで通信が可能な状態を整えると、なぜかダンジョン内全域で通信が可能になるらしい。

 お陰でダンジョンの内部では普通に電話ができる。もちろんネットも利用できるので、メールやLINEのやり取りも可能だ。


 とりあえずダンジョン内に持ち込む飲料として、自販機で500mlのミネラルウォーターを1本購入する。

 購入と言っても代金は無料で、お金を入れる必要なく、ボタンを押すだけで飲料が出てくるんだけどね。

 たぶん、これも国がやっている掃討者支援の一環なんだろう。


 部屋の奥側には、地下へと続く階段。

 その階段の両脇を固めるように、迷彩服を着た自衛隊員の男性2人が歩哨に立っているけれど。彼らが携行している武器は銃ではなく片手剣や鉄鉾(メイス)だ。

 石碑の間はもうダンジョンの内部なので、現代兵器の類を持ち込んでも役には立たない。なので彼らもダンジョン産の近接武器で武装しているわけだ。


 歩哨に立っている自衛隊員の脇を、軽く一礼しながら素通りして。そのまま僕は地下へ続く階段をゆっくりと降りていく。

 この階段もまだ安全地帯。でもこの階段を降りきった先からは、いつでも魔物と遭遇する危険が生じる。

 踏みしめるように一歩一歩階段を降りながら、僕は緊張感を高めていった。





 

-

□白鬚東アパート


 知る人ぞ知る東京の名所。広々とした公園(白鬚東公園)がすぐ隣にあるので、個人的には下手なテーマパークとか行くよりずっと楽しめる。

 ただし、あくまでも観光地ではなく集合住宅なので、騒がず楽しむ意識は必要。まあ沢山のご家族が住む場所なので、晴れた日の日中とかだと現地に住むお子様でもともと騒がしい場所でもあるんだけれど。


 東京スカイツリーから頑張れば歩いて来れる程度の距離(30分ちょっと掛かる)なので、一緒に観光するのがお勧め。

 どうせなら途中で牛嶋神社も観光して、スカイツリー→牛嶋神社→白鬚東公園の順に移動すると初めてでも迷いづらい。

 スカイツリーの観光はお財布にダイレクトアタックを仕掛けてくるので、神社と公園に寄ってお金をあまり使わないでいると、被害が緩和された気分になれる。


 白鬚東公園がある鐘ヶ淵は『剣客商売(池波正太郎・著)』で秋山小兵衛の隠宅がある場所。同作を読んでいると、作中にてしばしば登場する、おはるさんの舟での移動がこの辺りだったんだと想像できてより一層楽しめる。

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白鬚東アパートって場所を調べると実在の場所で東京が火事になった時に防壁になるように作られたところだと知り、守るために作られたものがこの世界では危険な場所になっているんだと思うと悲しいですね。
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