19. なので代わりに、ユウキくんに着て頂こうかと思いまして。
それから僕たちは、マンションの前に停めてあったシオリさんの車に乗り込み、移動を開始する。
以前にも思ったけれど、運転するシオリさんの手つきはとても慣れていて、全く危なげがない。運転中に話しかけても問題はなさそうだ。
「あの、お姉さん。お話に出ていた、アパレルブランドというのは……?」
「ふふ。ユウキくん、私の呼び方が以前に戻っていますよ?」
「……あっ。ご、ごめんなさい、シオリさん」
「ユウキくんに『お姉さん』と呼ばれるのも、それはそれで好きですけれどね」
そう告げて、シオリさんはくすっと上品に笑う。
彼女が見せる笑顔の仕草ひとつとっても、上品なものだから。それだけで僕は、思わずちょっとドキリとしてしまった。
シオリさんは美人なので、車を運転する様子ひとつとっても絵になる。
それを助手席という、とても近い場所から見ることができるのは、なんだか凄く贅沢なことのように思えた。
「そうですね、何から説明したものでしょう……。ユウキくんは白鬚東アパートについては、よくご存知ですよね?」
「あ、はい。それはもちろん」
掃討者ギルドの真向かいにある、とても大きな威容の建物群。
僕が倒れ、シオリさんに助けて貰ったその場所こそが、まさに白鬚東アパートの地下にあるダンジョンなのだから、知らないはずがない。
「ではユウキくんは、白鬚東アパートの前をご存知ですか?」
「前?」
「はい。白鬚東アパートが建つ前に、あの土地に何があったか、ですね」
「……すみません、全く存じません」
白鬚東アパートは、高さ40mの団地が1.2kmに渡って聳え立つ、超巨大な建物群。なので言うまでもなく、それが建つ土地の面積は広大だ。
少なくとも、個人所有の土地を買い集めて工面できるような広さではない。なので白鬚東アパートが建つ前にも、同土地が使われていた何かの巨大な建物があり、その跡地が有効活用された結果建てられた――と考えるのが自然だろう。
(……考えたことなかったなあ)
残念ながら、僕の知識に思い当たるものはない。
そもそも僕は、ダンジョンがあるから白鬚東アパートという建物を知っているだけであって、特に詳しい訳でも無いのだ。
「白鬚東アパートがあった土地には、かつて鐘淵紡績という会社の東京工場があったそうです。名前が示す通り、これは紡績の会社ですね。
ダンジョンが『名所』と呼ばれる場所に存在することが多い、というのはユウキくんもご存知だと思いますが。実はダンジョン内の魔物が落とすアイテムは、その名所に縁ある物品であることが多かったりします」
「えっと――つまり白鬚東アパートダンジョンでは『紡績』に関係があるアイテムが得られやすい、ということでしょうか?」
「はい、ご名答です」
僕が問いかけた言葉に、シオリさんは満足そうに微笑む。
紡績とは、繊維を紡いで糸を作ることを指す言葉。それを考えると、白鬚東アパートダンジョンでは完成品の『糸』、あるいは材料として用いる『繊維』などが出やすいということだろうか。
そのことを僕が追加で問うと、シオリさんはすぐに頷いて答えた。
「その通りですが、実際にはもっと広範なもの――例えば糸を用いて作る布帛や、繊維を圧縮して作るフェルトなども、よくドロップアイテムとして出ますね」
「なるほど……」
名所に縁あるアイテムが出る。そのことが、各名所にあるダンジョンで得られるアイテムの特色にもなっているわけだ。
そういうのは駆け出しの掃討者として、ちょっと面白そうだなと思う。
「ダンジョンの中で得られる素材の中には、とても不思議なものが多くあります。例えば、常にぼんやりと淡い光を湛えている布、月の光を受けると色合いが別物に変化する布……等々、それこそ現代社会の技術力を集結したとしても、生産が不可能と思われる異質な素材さえ少なくありません。
私は掃討者ギルドの職員として働いている都合上、ギルドの建物からほど近い場所に住んでいる――のは、ユウキくんはもうご存知ですよね」
「はい。その節は大変お世話になりました」
感謝の気持ちから、僕は深々と頭を下げる。
意識を失っていた1週間と、更には経過観察のために更に数日、僕はシオリさんが住んでいる部屋にお世話になったことがあるから。当然、シオリさんの家がどこにあるのかも知っていた。
「自宅から近いので、白鬚東アパートダンジョンは私が最もよく利用する場所になります。なので私は当然、そこで得られるドロップアイテム――貴重な糸や布帛といった素材を、それなりに溜め込んでもいるわけですね。
ドロップアイテムはダンジョンの受付窓口で買い取って貰うのが一般的ですが、それとは別に『必要とする人に買い取って貰う』という選択肢もあります。実際に私は白鬚東アパートダンジョンで得た素材を、それを必要とする縫製職人、つまりアパレルブランドに卸していたりするわけですね」
今からユウキくんを連れて行くのは、それが縁で友人になった人のところです。と、そうシオリさんは話を続けた。
「ユウキくんは『アルア・アルナ』というブランドをご存知ですか?」
「すみません、知らないですね。あまりそういうのに詳しくないので……」
「いえ、無理もありません。『アルア・アルナ』は女の子向けの、とても可愛らしい服を作っているブランドですから」
「な、なるほど……」
それは知らなくて当然だなと、思わず苦笑してしまう。
運転席に座るシオリさんも、くすりと軽く笑ってみせた。
「素材を持ち込んで取引するようになり、それなりの頻度で『アルア・アルナ』を訪ねるようになると、私はすぐに商品として並べられている服の虜になりました。本当に――とても可愛らしくて素敵で、女の子に魔法を掛けてくれるような服ばかりが置いてある店なんです。まあ……私には絶対に似合わないものなので、あくまで憧れるだけなのですが」
「そんなことは……」
無い――と言おうとしたけれど、最後まで口には出せなかった。
シオリさんは高身長な上に全体のプロポーションも良く、顔も凛々し過ぎる。
どう考えても『綺麗』系の装いのほうが似合う美しい女性なだけに、可愛い系の服が似合うとは、安易に言い難いものがあった。
「なので代わりに、ユウキくんに着て頂こうかと思いまして」
「――なんでそうなるんですか⁉」
「だって、可愛いユウキくんには絶対に似合うと思っちゃったんですよ」
くすくすと楽しげに笑いながら、シオリさんはそう言ってみせる。
その言葉に、笑顔に、僕はどう反応していいのか、ちょっと判らなかった……。




