16. [夢渡り]:館花アリサ - 1
「こんばんは、アリサさん!」
「――おわっ⁉」
目を開けたアタシは、思わずびっくりしてしまう。
すぐ目の前に、素晴らしく整った顔立ちの可愛らしい美少女――じゃなかった、美少年と呼ぶのに相応しい、ユーくんの顔があったからだ。
30cmぐらいしか離れていない距離で視線が重なったことに、なんだか思わず恥ずかしくなってしまい、慌てて顔を逸らしてしまう。
(ヤバい、破壊力がマジでヤバい……!)
鏡を見なくても、自分の顔が真っ赤になっていることがすぐに判った。
それぐらい顔面が熱く火照っている感覚がある。
もともと、アタシは可愛い系の男の子が好きなのだ。
今まではその対象として自分と同年齢か、もしくは少し下ぐらいのアイドル男子を推していたりしたんだけれど――。
(……アイドルなんかより、こっちのが全然可愛いんですけど⁉)
思わず心のなかで、そう叫んでしまう。
緊張でもう、心が今にもどうにかなってしまいそうな、そんな気さえしてきた。
「あ、アリサさん?」
「ごめん! ちょっとだけ待ってね!」
そう告げて、アタシは必死に心の中を落ち着かせようとする。
素数だ、素数を数えなきゃ。1、1、2、3、5、8、13、21……。
昨日ダンジョンの中でユーくんと初めて会った時には、ぜんぜん平気だった。
ダンジョン内は天井と床がぼんやり光っているお陰で、懐中電灯などを持ち込まなくても問題なく活動できるわけだけれど。
とはいえ日中の外に較べればずっと暗いから、ユーくんの顔がこれ程までに自分好みだとは気付かなかったのだ。
ダンジョン探索を終えたあとに、バーミヤンでお疲れ様の打ち上げをした時にもまだ、平静さを保つことはできていた。
店内が明るかったので、この時点でユーくんの顔が嗜好のド真ん中に刺さることには、当然気づいていたんだけれど。
とはいえ店内には沢山のお客さんが居たわけで。アタシは結構、他人からの目を気にするほうだから、周囲の目がある内はまだ自制ができていたからだ。
でも――だからこそ、今はヤバい。
なにしろ夢の世界でユーくんと2人っきりなのだ。
しかもいま目を覚ました私は、ちょうどベッドの上に居るわけで――。
「……って、あれ? ここドコ?」
「それは僕がアリサさんに訊きたいのですが……」
「えっ? あっ、ここ大学でしょ⁉」
周囲を見渡して、今更ながらにそのことに気づく。
今ユーくんと一緒に居るのは、アタシやマナが通っている大学の保健センター。その室内にある体調不良の学生が休むことができるベッドのところだった。
アタシはベッドの上で今しがたまで眠っていたところみたいで、ユーくんはそのすぐ隣にパイプ椅子を設置して、座っているような形だ。
「な、なんで、大学……?」
「夢の中なので、場所はアリサさんの好きに変えられると思いますよ?」
「……えっ。そうなの?」
「はい。僕はお邪魔しているだけで、ここは『アリサさんの夢』ですから」
ユーくんが言うには、夢の中は見ている人に絶対的な権限があるらしい。
だから夢の中がどんな場所で、そこにどんな物品があるかなどは、夢を見ている人が自由に――つまりアタシが自由にできるそうだ。
試しに場所を『自分の部屋』にしてみようかなと考えてみると――瞬時に周囲の空間が書き換わり、たちまち見慣れた光景が広がるようになった。
勉強用の机があり、友達を迎えた時に歓迎するための小さい座卓があり、部屋の角にはワードローブと衣類を収納する棚がある。
窓はネイビーのドレープカーテンで覆われており、天井には推しているアイドル男子のポスターが何枚も貼られていた。
うん――紛れもなく、ここはアタシの部屋だ。
「わぁ……! もしかして、ここがアリサさんのお部屋ですか?」
「う、うん。そうだよ……?」
何もかも見慣れた光景かと思えば、そこに明らかな異物がひとつ。
言うまでもなく、それはユーくんだ。アタシの部屋にユーくんが居る。
(これってアタシが、ユーくんを部屋に連れ込んだようなものでは……?)
なんだか急に『事案』という単語が頭の中に浮かんだ。
あっ、これって訴えられたら負けるヤツでは――。
「天井に貼られてるポスターのアイドルが、アリサさんはお好きなんですか?」
「――ううん、それはもういいかな」
夢の中の世界はアタシの好きにできる。
というわけで――アタシは自分の部屋から、天井に貼られている様々なポスターを一斉に消し去った。
「ええっ⁉ ど、どうしたんですか?」
「もうアイドルとか、別にどうでもいいかなって……」
アタシの人生の推しは、今日からユーくんに変わった。
ユーくんよりも魅力的な男子とか、たぶん他に存在しないし。
「ゆ、ユーくんにさ、お願いがあるんだけど」
「あっ、はい。なんでしょう?」
「ひ……膝枕とか、して欲しいな、って」
あとになってから冷静に考えると、結構凄い要求してたんだなと思う。
ただ、この時のアタシはちょっと正気じゃなかったから……。自分が望んで良いことと悪いことの判断が、多分できなくなっていたんだ。
「ひ、膝枕ですか? 僕の膝に?」
「ダメ?」
「だめじゃないですけれど……あんまり柔らかくないと思いますよ?」
「それはそれで、興味があるから」
まっすぐに瞳を見据えて、アタシがそうお願いすると。
ユーくんはちょっと躊躇うような表情をしてみせながらも、最終的にはオーケーしてくれた。
「正座はあんまり得意じゃないので……。僕はアリサさんのベッドに腰掛ける感じでもいいですか?」
「もちろん!」
「じ、じゃあ、失礼しますね……」
おそるおそるといった調子で、ユーくんがアタシのベッドの端に腰を下ろす。
自分の推しが、自分のベッドに居るって凄い光景だなと、今更ながらに思った。
なんなら、このまま彼のことを押し倒すことだって、できたりするのでは――。
「……ど、どうぞ?」
ユーくんの口から許可が出たことで、思わずアタシははっとする。
ヤバいな、ちゃんと自制しないと――と思いつつも。すぐにアタシはベッドに横になりながら、彼の膝の上に自分の頭を乗せた。
「ど、どうでしょう……?」
(あっ――これ、ヤバ)
後頭部に、そしてうなじに、ユーくんの膝の温かさを直接感じる。
そして視線のすぐ前には、アタシを見下ろしているユーくんの優しい眼差し。
その瞳に見つめられていると――ずっとこうしていたい、と心から思えてくる。
「や、やっぱり僕の膝、硬いですよね? あんまり心地よくは……」
「ううん、ユーくんママのおひざ、超きもちいい……」
「ママ⁉」
「アタシ、今日からここに住む……」
「ここはアリサさんが住んでいる自宅ですよ⁉」
幸せすぎて、意識が朦朧としてくる。
これが現実なら、あまりの気持ちよさに眠っていたところかもしれないけれど。どうやら夢の中で『眠りに落ちる』ということはできないらしい。
だからアタシはいつまでも、幸福なまどろみの中に溺れていることができた。
※素数のくだりは意図的なものです。
(誤字報告を頂くことが多くて申し訳ないので念のため)




