10. 地獄ですよ……。
「……すみません、笑ってしまったりして。僕に何かご用ですか?」
ひとしきり笑って、ようやく落ち着いた後に、僕がそう問いかけると。
背が高くて褐色肌のほうの子が、ばつが悪そうな顔をしながら頷いてみせた。
「アンタ、いま幾つよ?」
さっきは『アナタ』呼びだったのが、今は『アンタ』呼びになっている。
機嫌を損ねてしまったかなと、僕は内心で少し反省した。
「17です」
「――17⁉」
「うっそ、マジで⁉ なのに、こんなに小っこくて可愛いんだ?」
「可愛いかどうかは判りませんが、マジです。祝福のレベルアップのせいで一気に若返ってしまったんですよ……」
苦笑交じりに僕がそう告げると。意外なことに2人の女の子から返されたのは、心底同情するかのような視線だった。
いや――同情だけじゃない。ふたりの視線には『共感』も入り混じっている。
「アタシらも結構大変だったけど、上には上がいるわね……」
「ちなみにあーしらはどっちも19で、大学生じゃん」
「高校生と中学生のコンビにしか見えないです」
「そう言うアンタなんか、どう見ても小学生でしょ。それも小3か小4ぐらいの」
褐色肌の子が楽しげに笑いながら、そう言ってみせた。
自分でもそう思うだけに、僕としては苦笑を深めるしかない。
「ねー、アリちゃ。やっぱこの子、あーしたちのお仲間みたいなもんだよ」
「そうね。マナの言う通りだと思う」
「お仲間? 大幅に若返った者同士、ってことですか?」
「それもあるねー。でも、それだけじゃないじゃん?」
エルフの子が自身の尖った両耳を、つまんで見せながらそう告げた。
確かにその通りだ。褐色の女の子と、エルフの女の子。――間違いなく周囲の視線を集め過ぎる2人の容姿のほうが、若返りよりももっと深刻な問題だろう。
「コレ見て」
褐色肌の女の子が、何かを取り出して僕のほうへ見せる。
それは――赤いステータスカードだった。
赤色のカードは、彼女が得た天職が『複合職』であることを示している。
天職は基本職・特化職・複合職・希少職・異端職の5つにカテゴリが分類されているわけだけれど。
この中で『レアな天職』と言えば、一般的には後ろの3つを指す。
祝福のレベルアップを経験した際に、複合職の天職カードが1枚以上提示される確率は、概ね『3%』程度だと仮免の講義で聞いた。
よくあるスマホゲーのガチャで、SSRが出る確率と同じぐらいだと考えると。人生で1回きりの祝福のレベルアップでそれを引き当てるのは凄いことだ。
もっとも――彼女の隣にいるエルフの女の子は、その上を行くだろうけれど。
「あーしのは見せなくても判るかもだけど、一応見せとくね」
続いてエルフの女の子も、ステータスカードを見せてくれた。
カードの色は予想通りの『銀色』。エルフのような亜人に身体が変化した人は、必ず『希少職』のカードを――つまり、銀色のカードを持っている。
祝福のレベルアップで希少職を引き当てる確率は、僅か『0.1%』だけ。
これがどれぐらい凄いことかは、考えるまでもない。
「キミもたぶん、あーしと同じ銀色だよね?」
どうやらエルフの女の子は、頭に角が生えている僕のことを『亜人』の一種だと考えたらしい。
でも、残念だけど違う。僕の身体は亜人ではなく、人型の『魔物』だ。
「ね、よかったら友達になろ? レアな子、探してたんだー」
「……? レアな天職持ちを探してたんですか?」
「うんうん。だって運命感じるじゃん?」
話を聞いてみたところ、2人は小学生の頃からの幼馴染なんだとか。
同じ中学に、高校に、大学にと進んで。遊びに出かけるときも大抵は一緒で。
そんな関係だから、掃討者になったのも2人一緒にだったらしい。
「で、一緒にレアな天職まで引いちゃったわけじゃん? ゼッタイ運命だよねー」
「運命かどうかは知らないけど。できれば今のうちに、レアな天職持ちの知り合いを増やしておきたいのよ」
「それは、何か理由があるんですか?」
「え、何? アンタ知らないの?」
驚いたような表情で、褐色肌の子がそう問い返す。
エルフの子も同じように、ちょっと驚いた顔をしていた。
「アタシたちは仮免の講義で教わったんだけど……。レアな天職を持っていると、なぜかレベルアップに必要な魔力量が増えるらしいのよ」
「そーそー。ゆっくりとしかレベルが上がんないらしいじゃん」
「えっ――そ、そうなんですか?」
レアな天職を持っていると、レベルアップが遅くなる。
間違いなく初耳だ。少なくとも僕は、講義でそんなことは教わってはいない。
「マジで聞いてない? 試験問題には出なかったし、教えることが必須の内容じゃないってことなのかな」
「はい、いま初めて知りました……」
「レアな天職を持っている人が基本職や特化職の子とパーティを組むと、レベルの差がついて置いていかれることになるってネットで見たからさ。アタシ達としては一緒に狩りができる友達は、なるべくレアな天職持ちだと嬉しいのよ」
「なるほど……」
こうして事情を聞けば、理解できる話だと思えた。
僕もまた天職の中で最もレアな『異端職』なわけだから、レベルアップの速度が著しく遅くなるんだろう。
それを思うと、彼女たちのようにレベル成長が遅めの子達と今の時点で面識が持てたのは、僕にとっても有難いことだ。
「それにレアな天職持ちと友達になれば、学校生活での苦労とかも分かち合える気がするしね。どうせアンタも苦労してるんでしょ?」
「……苦労は、してますね……」
ここ一週間の学校生活で散々味わった心痛が、頭の中で思い返されて。
疲れたような表情になりながらも、かろうじて僕は頷く。
「そうよね、気持ちはよく判るわ……。アタシもご覧の通りの肌になったせいで、周囲からすっごい遊んでる子に見られるようになったもん。別に日焼けサロンで黒くしてるわけじゃないってのにさぁ」
「あーしはエルフになってから、平均週3でラブレター貰うようになった」
「ラブレター……」
いま一番耳にしたくない単語を聞かされて、思わず口の端が引き攣る。
「お、その反応。たぶんキミも同じ経験をした?」
「ええ、まあ……。ちょうど昨日、同じクラスメイトの男子から貰いました」
「おおー! やっぱり仲間じゃん!」
「ただ、気づいてないみたいだから言いますが、僕も男なんですよ……」
「……は?」
「……えっ?」
2人の表情が、一瞬にして固まる。
そして――たっぷり3秒ぐらいの間をおいてから。
「はあッ⁉ マジで⁉ う、嘘でしょ、全然見えないんだけど⁉」
「え、ちょっと待って⁉ この可愛さで男子なの反則じゃん‼」
まるで怒号のように大きな声で、2人がほぼ同時に叫んだ。
反応が予想できていただけに、僕としてはただ苦笑するしかない。
「――って、ええっ? 男なのに男子からラブレター貰ったの?」
「貰ったんですよ……。しかもクラスメイトなんで、今後毎日会うんですよ……」
「うっわー、それキッツいじゃん……」
「地獄ですよ……」
来週の学校のことを、あまり考えたくない。
もういっそ欠席扱いにされてもいいから、サボろうかとさえ思う。
どうせ僕が学校をサボって連絡が行っても、両親は気にも留めないだろうし。
「あー……。アタシ達でよければ、愚痴ぐらいは幾らでも聞くから」
「うんうん。いつでもLINEしてくれていーよ?」
「……ありがとうございます。ストレスが溜まった時は、そうさせて貰いますね」
「その時はカラオケでも行こ。奢るよ」
「おー、いーねー。キミの歌とか聞きたいじゃん?」
2人がリュックサックからスマホを出し、QRコードを見せてくる。
早速LINEを起動して読み取り、僕のほうから友だちに登録させて貰った。
ちょっと前まではLINEに登録されていたのが、ダイキを始めとした男友達ばかりだったのに。この1週間だけでシオリさんを含めて3人も女性が増えた。
色々と苦労が多い1週間でもあったけれど。ギャルっぽい口調のわりに、随分と優しい彼女たちと新しく縁を繋げられたことを思うと。
少しは(悪いことばかりじゃない)と、心を切り替えられるような気がした。




