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霞ちゃんのおじいちゃんの家は高い白壁の堀に囲われていて、その上の瓦も相まってこの家の周りだけタイムスリップしたかの様に和を感じる。門扉からして中を覗く隙間さえ無い大きな木の扉で歴史の教科書で見るような武家屋敷よろしくな佇まいだ。
そうそう見ないが見かけるたびに毎回どうやって開けるんだ?1人で開けれるもんなのか?施錠もやっぱり昔ながらの木のかんぬきなのか?防犯的に大丈夫なのか?とか考えてしまう。
そんな事を考えてた霞ちゃんが大きい門の横にある人が通れるサイズの小さな扉の所についてるインターホンを押す。
「おじいちゃーん!私だよー!」
インターホン...便利な物だ、わかってる。
だけど何故かこの家に関しては残念な気持ちになる。
こう...なんか...たのもー!的な鉄の輪っかみたいなやつでコンコンとかそういうのを期待してしまう。郵便局の人や配達業をしてる人、家の人ですらありがたい便利な物なのは分かるけども。
なんかがっかりだ!と叫びたくなる気持ちをいつも飲み込んでる。
はいはい、とインターホン越しに聞こえたので僕も霞ちゃんの側によって、ふと門の隅に貼られているシールを横目で見る。
AL◯OK。
前に来た時も思ったがこの家はこうやって防犯対策をしてるのかと謎がとけたのを思い出した。
なんかがっかりだ!!その時は確か声にでた。
扉が開き門をくぐるかの様に綺麗に白髪に染まった頭が見えたと思ったら「お、霞!またじいちゃんとこ遊びにきたのか?」と半纏をきて寒そうに両手を左右の袖の中に入れて顔を覗かせながら言う。霞ちゃんのおじいちゃんだ。
「なんだ、ぴー助も一緒か!相変わらず細いな〜米ちゃんと食べてんのか?日本人は米だぞ!」
と僕の背中をバシバシ叩く。
「岩さん、痛いっですって!ぴー助はやめてくださいって前も言ったじゃないですか!鳥丸です!」
岡崎岩次郎という名前で、僕は親しみを込めて岩さんと呼んでいる。一方の岩さんは僕の事を引っ越しの依頼の時に不甲斐無い僕を見て「まだひな鳥じゃねーか!鳥丸なんてのは大仰だな!」と言ってそれから僕の事をぴー助と呼んでいる。
岩さんは年齢を感じさせないほど矍鑠としていて、恰幅もいい。引っ越しの依頼の時に僕より重い物を沢山運んでて、何故この人は僕に依頼をしたんだ?と思うほどに搬入作業をこなしていて、ぴー助呼ばわりされても仕方ない程の仕事っぷりだった。僕はこの人はおじいさんの皮を被ったゴリラか何かと思っている。
「あ、そうだ、ぴー助。聞いてもらいたい事があってよ、後でぴー助のとこに行こうと思ってたんだ。丁度良かった!まぁ細かい話は中で話そうや!寒くて年寄りには堪えるぜ」
それではお邪魔します、と岩さんの後に続いて門をくぐって中に入る。門を抜けて、石畳の上を歩きながら両側にあるしっかり剪定された松の木を見ながら岩さんに問う。
「松の木の剪定は岩さんがやっているんですか?」
「ん?おうともよ、上手いもんだろ?」
と得意げな笑顔で答えた。ほえーと声に出てたのか出てないのか口をあんぐり開けながら、この人僕よりなんでも屋に向いてるのじゃないだろうか?と思ってしまう。
母屋につき、玄関を開けながら「さ、遠慮なく上がってくれ!」と早く入れと言わんばかりに豪快に手招きしている。相当寒いんだろう。
だけど僕は玄関の手前で足を止めて母屋の全体を見る様に眺めた。立派な家なのだが、どこをどう見ても現代風の新築の建物なのだ。
誰もがあの堀、門をみて中に入って不揃いの趣のある石畳の上を歩き両脇の松の木を見ながら母屋はきっとさぞ立派な日本家屋なのだろうと期待をよせるだろう。残念、新築の家だ。
がっかりだ!!
まぁでも事情は少し霞ちゃんから聞いて知っている。なんでも、巨大地震が騒がれる昨今、流石に耐震強度的に不安だと思った親族一同が満場一致で耐震工事をしよう!と岩さんに打診したそうだ。それを聞いた岩さんはそれだったらぶっ壊して新しいの建てちまえばいいじゃねーか!俺が死んじまった後、誰か住むならその方がいいだろうガッハハハ、と言ってこうなったらしい。ガッハハハは霞ちゃんが言っていただけかもしれないが、そのぐらい快活に答えたのだろう。
「おい!ぴー助早く入れって!寒いだろうが!」
そう言われてハッとした僕は慌てて中に入った。
「お前、『なんであの門構えでこんな超かっこいい石畳と天才的に剪定された松の木の下をくぐって趣のある日本家屋じゃないんだ!!がっかりだ!』とか思ってんじゃねーだろうな?」
え、こわい。このおじいさんは読心術も使えるのか、今すぐにでもアベンジャーズ入りできるんじゃないか?
「お前は顔にそう書いてんだよ!趣があっても夏は良くても冬は寒いんだよ!それに古くなってあっち直したと思ったらこっちが壊れてってキリがないしな!」
見るのと住むのじゃ話が変わってくるもんだぞ!と続けた。僕は自分の思い通りにはならない世界なんだと改めて思った。というか人の家をみてそこまで考えなくてもいいのだが。
顔に作文用紙一枚分のがっかりな感想を書いてしまう失礼な男がいた事に驚きだ。
僕なんだけど。
先にトイレを借りて顔の文字を消したかったが大人しく岩さんの後についていき居間に案内された。
「おそいよー!」
居間にはこたつに入って口にみかんをほいっと放り込んでる霞ちゃんがいた。さっきから姿を見ないなとは思ってたけど、この子は外の扉を開けてもらった後、すぐに岩さんの脇をすり抜けてこたつにダイブしたのか。上着を貸したとはいえ、元がランニングする為の薄着だったのでバイクは相当に寒かったのだろう。
「霞!おばあちゃんに線香あげたのか?」
あ!と大きな声で言ったと思ったらおばあちゃんごめーん!!っと言いながら飛び出して行ってしまった。
「僕もご挨拶させてもらってもいいですか?」
岩さんはおう!と短く返した。僕は霞ちゃんの後を追って仏壇のある部屋に行く。
岩さんの奥さん、霞ちゃんのおばあちゃんは霞ちゃんが中学生の時に病気で亡くなったと前に聞いた事がある。それ以上わざわざ詮索する事でもないので深くは聞いてはいない。
僕は仏壇に手を合わせ、居間に戻ろうと立ち上がるが霞ちゃんはまだ手を合わせていた。笑ったりむくれたり表情が忙しい、色んなことを話してるんだろう。
よし!と言って黒髭危機一髪みたいに勢いよく立ち上がり、ほらほら行った行った!と僕の背中を押し、僕たちは居間に戻った。居間に戻ると岩さんがお茶を用意してくれていて座るよう促す。
霞ちゃんは滑り込む様に元の位置に戻り、さっき食べていたみかんの残りを食べる。
「やっぱ日本の冬はこたつにみかんに限るよ!あ、アイスでもいいな、いやいや...」
何やら1人でぶつぶつ言い出した。そんな霞ちゃんを横目に僕もこたつに入る。暖かい。霞ちゃんじゃないが冬のこたつは最高である。
「そんでぴー助、話しってのがよ...うーむ、なんて言うかよ、早い話しがある物を盗まれたかもしれなくてよ?確証があるわけじゃないんだが、どうやら俺の知り合いかもしれなくてよ...」
岩さんは苦虫を噛み潰したような顔してそう話す。
「実は霞ちゃんから前もって触りは聞いてました、なので詳しく聞こうと思って今日伺った次第です」
うんうんと霞ちゃんが横で頷いている。
「なんだそうだったのか!さては依頼がなさすぎて孫娘を使って営業でもかけに来たんかと思ったぞ」
ガッハッハと笑ってる。遠からず当たっていて僕は内心ドキッとしたがいやいやと返した。この人本当にエスパーなのかもしれない。
「―で何を盗まれたんですか?」
僕はこれ以上心を読まれないように本題に戻す。
「おう、どこから話すか、、まぁ最初から話すか、ここ建て直しただろ?うちにもな、小さいけど蔵があったんだよ、その蔵も取っ払うからその時に荷物を一旦全部出したんだ。そしたらよ、古そうな桐の箱に入った刀が出てきたな?俺も家を継いで何となしここに住んでたから詳しく分からないし、親父からも祖父からも何も聞いてなくてよ」
頭を掻きながらまだ苦虫を潰している。
「刀ですか...蔵から出てきたって事はすごい価値がありそうですね。ほら何でも鑑定してくれる番組とかでよくある話しじゃないですか。」
「そんなもんおじいちゃんの家にあったんだ!私も見てみたい!番組に応募しようよ!私が説明するから、まかせて!」
と霞ちゃんは目をキラキラさせてる。
まだあの番組は続いてるのか?特別好きというわけでは無いが素敵兄やんが芸能界を引退してからは見たことがない。応募しようと言うからにはまだ続いているのであろう。
「お、じいちゃんと一緒にでようなー」
苦虫はいなくなったのかさっきまでの顔は嘘の様に綻んでいる。やはりおじいちゃんは孫に弱いというのは本当なのか。
「その刀が盗まれたって事ですか?」
また苦虫を拾って岩さんは答える。
「そうなんだよ、俺も価値がわかるわけじゃないから週に一回公民館で将棋の集まりがあってよ、将棋仲間達に見てもらってたんだよ。そししたらその中の1人が詳しそうな知り合いがいるって言うんで、来てもらって見てもらったんだよ。」
それからニ日後に刀を見ようと思ったら無くなってたと岩さんは続けた。
「結局、刀の価値は分かったんですか?」
「それが刀身に銘も切られてなかったらしく無銘の刀らしいぞ、ただ古い物に違いはないから現時点でも数十万の値は付くはずだから大事にした方がいいと言ってたな」
「なるほど...」
数十万程度で公民館で集まる将棋仲間という事は全員家は近いのであろう。それほど都会ではないが田舎といえるこの地域で近所から泥棒扱いされる汚名まで被って盗むだろうか?田舎のネットワークというのは光回線より速いというのは周知の事実だ。5Gなんて目じゃない。
「ちなみにその方の名前を聞いてもいいですか?」
「あぁ、ぴー助も顔は知ってるはずだぞ、お前の事務所なのか小屋なのか分からんとこの近くに酒屋あんだろ?あそこの金子さんだよ。見てくれた人は知らねー人だったけどな、確か田中とか言ってたかな。」
鳥小屋って言いたいだろうな、このじじい。岩さんはニヤニヤ笑って教えてくれた。
「それにな、数十万程度で金子さんを疑って違ったら事じゃねぇか、俺も将棋打ちに行きづらくなるしよ。どうせ知らなかったんだ、元々無かったようなもんだしな!残りの余生は楽しく生きたいだろ?」
僕なら数十万は死に物狂いで探すであろう。家の佇まいから分かる事だがお金には困ってないらしい。
「じゃあその人達が最重要容疑者って事だね!なるほどなるほど」
と親指と人差し指をぴーんと伸ばし顎に当てて霞ちゃんがキリッとした顔している。みかんを食べて溶けているだけだと思ったら話はちゃんと聞いていたらしい。
「そうなんだよ、霞は頭がいいなぁ!」
誰が聞いても分かる事を大層に褒めじじバカ...岩さんは続ける
「まぁなんだ、もし仮にだぞ?盗んでたんなら何でこんな事したのかモヤモヤするじゃねぇか。金子さんが来たニ日後に刀が無くなったんですけど何か知りませんか?って鼻から疑ってるようで聞けないだろ?だからと言って警察に通報して本当に犯人で警察に捕まっちまったら店もあんのにこの辺で住むのは辛いぞ、流石にそれは俺も気が引けてよ。だからぴー助に話聞いてもらいたかったんだよ。」
岩さんは優しすぎる。友達だからと言って罪を見逃すってのは僕個人としては無しである。罪には罰があって然るべきだと思うし、そうやって法ができ秩序が保たれ平和を築いてきた人の知恵というものである。
僕も子供の頃、兄のプリンを勝手に食べ、バレた後に父親に泣くまでスクワットさせられた。今にして思えばポピュラーに正座ではないのだろうか。この妙な罰のおかげでプリンの誘惑に抗えない僕は何度もスクワットをさせられたせいか足はクラスで一番であった。プリンとはなんて罪深い食べ物なんだろう。
だけどこれはスクワットで済ませていい話ではない。善悪の区別がまだ曖昧な子供と大人では許せる範囲は違ってくるものであろう。
「話しは分かりました、僕にできるだけ穏便に事の真相を探って欲しいって事ですね?つまり...正式に依頼をしてくれるって事ですよね?ありがとうございます!」
渾身の笑顔で僕は岩さんの方に顔を向ける。今月は叙々苑行っちゃおう。
「やっぱり営業じゃねぇか!!調子いい奴だな!でもまぁ元々依頼するつもりだったからいいけどな、金子さんが犯人じゃないなら胸張って警察に通報できるってもんよ!」
岩さんは金払いがとてもとても良いので僕からしたら大事にしたい常連さんなのである。困った時の岩さんなのである。
話もひと段落ついたとこで一旦休憩と称し、岩さんに許可をもらって庭に出て僕は煙草に火をつけた。