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1月下旬、気温は7℃。今年一番の冷え込みと言っていた気がするけど天気が良く暖かい。暖かいと言ってもそれなり着込んでの事だけど。
7℃もあればそこまで着込む必要もないのだけど、理由としては僕はバイクを主な移動手段としている。勿論、好きなのは大前提として、移動先で駐車する場所を探し彷徨う駐車場ドライブが嫌いなのだ。小回りが効くし細い道もなんのそのだ。何より気持ちがいい。僕的にデメリットといえば外気温との戦いぐらいだ。夏は猛烈に暑いし冬は猛烈に寒い。それでもバイクを選択するのは好きだからとし言えない。
そのバイクだが、やや古いオールドルックのバイクで単気筒エンジンにキャブレター式のバイクで冬は暖機運転をしないといけない。エンジンをかけマフラーから単気筒らしい小気味いい音を聞きながら胸ポケットから煙草を取り出しジッポで火をつける。
「ふぅー。冬の煙草はどうしてこんなにも美味いのか」
そう呟いて、雲一つない遠くの空を眺めてぼーっとしていると霞ちゃんが話しかけてきた。
「鳥丸さんって黙ってたらおしゃれなおじさんだよね、後ろで緩く髪を結んだりしてさ、丸眼鏡で小説家さんみたい!雰囲気だけはあるよね!」
褒められてるのか貶されてるのか分からない言葉を吐き捨てながら続けて言う。
「いやー私バイクの後ろ乗るの初めてだから楽しみ!これで私も風になれるんだね!早く行こ♪早く行こ♪」
この子、まさか後ろに乗る気でいるのか?華の女子大生を後ろに乗せてるおじさんなんて世間の目が痛い事この上ない。ましてや霞ちゃんのおじいちゃんの家に行こうってとこなのだ。霞ちゃんのおじいちゃんやご両親に知れたら何を言われるか分かったもんじゃない、あらぬ誤解も生みかねない。
霞ちゃんは元気を具現化したような会う度にハツラツとしているが、こんな感じでも美人なのである。あどけなさを残しつつも目はぱっちり二重で鼻も高く小さい。スタイルもすらりとしていて出るとこもそれなりに出ている。身長も女の子にしては高い方なのではないだろうか、目測で165センチはありそうだ。性格もこの通り僕にはたまにキツイ事を言うが、とてもハキハキしてて裏表もない人懐っこい性格だ。きっと両親からも大層大事に可愛がられて育ててもらったのだろうと分かるぐらいに両親とおじいちゃんとも仲がイイのが出会ってから今までの会話で分かる。
きっと調子に乗って揶揄われるので本人には絶対言わないが、こんな美人で可愛い子をバイクの後ろに乗せるなんて僕のノミの心臓が許さない。世間も許さない。
「霞ちゃん、ランニングの最中なんでしょ?走って行ったらいいじゃないか、おじいちゃんの家は逃げたりしたいよ」
「一緒にって言ったでしょ!鳥丸さん一緒にって意味しらないの!?一蓮托生って事だよ!」
そんな死ぬまで付き纏いそうな責任感が伴う言葉になったのか、知らなかった。僕的なリスクを考えれば割り合い間違いではないのかとも思ったけど、そこまでだろうか。昔と意味合いや重さが変わった日本語なんて数えきれない程あるだろう。なるほど、そういう事か。世間はいつでもおじさんを置いて行くのだから困ったものだ。
「それにそんな薄着だと流石に太陽が出てても寒いと思うよ、霞ちゃんがそのせいで風邪を引いてしまったら僕は自責の念にかられて仕事に身が入らなくなってしまうよ」
思ってもない事を言う。どうにか断りたい。でも風邪を引かせてしまう事には心配はしているのは本当だ。
「そこは大丈夫!烏丸さん、着るもの貸してよ、ハンガーラックに沢山掛かってたじゃん!それにおじいちゃんには黙っておくからさ!」
バレたらマズいんじゃねーか!と思ったが、事務所の前とはいえ、暖機中でエンジンをかけっぱなしである。流石にこれ以上は近所迷惑にもなるし、霞ちゃんは全然折れそうにないぐらい目を輝かせている。僕が折れないとこの問答で日が暮れるだろう。
「分かったよ、適当に服を選んでいいよ、その近くの棚に前に使ってたヘルメットもあるはずだから一緒に取ってきて。」
「やったー!鳥丸さんだいすきー」
愛の告白をされてしまった。こんな事で好きなられてしまうなんて、この子の行く末が不安である。僕もヘルメットを被り霞ちゃんを待つ。
「おまたせー!さぁ出発だぁ!」
屈託のない笑顔で霞ちゃんは明るく言った。
僕はバイクの後ろの人用のステップを出してバイクに跨り霞ちゃんに
「いいよ、後ろに乗って。足はそこのステップに乗せておくんだよ、走ってる間は絶対足をぶらぶらさせないでね、危ないから」
はーい!と言いながら霞ちゃんはバイクに跨り僕の背中にめり込んだじゃないかと思うほど抱きついてきた。
「ぐふっ...僕の内臓を口からだすチャレンジでもしてるの?絶対バズらないからやめてもらってイイかな?落ちない程度に捕まってください。」
「ごめんごめん、楽しみって言ってもちょっと怖さもあるからさ」
口調が強張ってる。少し緊張してるのであろう。初めてって言っていたからしょうがないか、僕も初めて友達のバイクの後ろに乗った時は運転の荒さも相待って生きた心地がしなかった。後は教習所の教官の後ろに乗った時なんて下手なジェットコースターよりも怖かったと思い出した。
ふぅ。と息を吐いて、霞ちゃんは僕のお腹辺りに手を回して抱きつき直す。
......
柔らかいものが背中に当たる。
これが同年代の気になる異性だったならば脳内のハードディスクに永久保存したのであろうが、まてまて藍路よ。相手は小娘だ、少し前までランドセル背負ってたんだぞ?と自問自答をし、おじさんのちょっと前が10年単位なのは置いといて今にも爆発しそうな心臓を止まる勢いで落ち着かせる。
まぁ...でも...
滅多にある事ではないので脳内のハードディスクにはいつでも消せるとこに保存はしておこう。
「ちょっと!烏丸さん!いつ発進するの?早くいこうーよ!」
動揺はバレてないようだ。よし、いくよーと合図をし、僕はバイクを発進させた。
霞ちゃんのおじいちゃんの家はそこまで遠くはなく、バイクで事務所から10分ぐらいの距離だ。距離にして5、6キロだろうか、走ったら?と霞ちゃんに提案したけども少なくとも僕は決して走りたくない距離だ。昔は走れたはずなのに車やバイクなど人類の叡智の結晶に触れてしまった今は走る歩くの選択肢は基本的になくなってしまった。
「わー!!たのしい!!!気持ちいいいいい!!」
霞ちゃんは発進直後はがっちり捕まってたのに、もう片手を上に伸ばしたりしてはしゃいでる。
「バイクってこんな気持ちいいんだね!ね!海行こうよ!海!」
目的をすっかり忘れてる様だ。僕はバイクのマフラー音で聞こえないふりをする。というか実際相当大きな声じゃないと本当に聞こえないのだ。この子、どのぐらいの声量で喋ってるんだ。
無視を続けてたら相変わらずはしゃいではいるのだけど喋りかける事は諦めたらしい。
信号が赤になりゆっくりと止まる。急に止めたらまるで僕が慣性の法則を駆使してまで背中に当たる感触を楽しんでると思われてしまうかもしれない。
「ねぇ!烏丸さん、海行こうよ!こんな気持ちいいんだからさ!ね?いこ!いこ」
全然諦めてなかった。聞こえてないと理解して爪を隠してたってわけか。能ある鷹ってわけか。
「霞ちゃん、おじいちゃんが困ってるから今おじいちゃんの家に向かってるの忘れてない?」
霞ちゃんはあっ!と言わんばかりに目も口も大きく開いた。完全に忘れてたみたいだ。
「お願い!だって今後乗せてくれないでしょ!?おねがいおねがいおねがいおねがい!」
やれやれ。でも別にまだ依頼をされた訳でもないし、約束の時間がある訳でもない。様子を見がてら依頼を貰いに行こうとしてるだけなのだからおじいちゃんはそもそも僕が向かってる事すら知らない。少し遠回りするぐらいならイイかと思い、海は行かないまでも天気が良く気持ちがいいのは本当だ。
「わかっ、わかったから!叩くのやめて!海は行かないけど少し遠回りして行こうか、気持ちいいもんね。」
「やったー♪なんだかんだ優しいんだから!いつもそのぐらい素直でいれば女の子にもて――」
信号が青になったので発進した。何か不愉快な事を言われそうな気がしたのでちょうど良かった。霞ちゃんは油断してたのか少しあわあわして僕の肩辺りを叩いてきた。
まったく。
いつもやられてばかりの僕だと思わないでほしいものだ。
結局、普通に向かえば10分そこらで着くはずの距離だったのに2時間も掛かってしまった。そこそこに遠回りさせられ市街にまで足を伸ばし、前からここの店食べてみたかったんだよね!と騒ぎだしたので、その小洒落たカフェでランチまで奢る羽目になってしまった。
何はともあれ、目的の霞ちゃんのおじいちゃんの家に到着したのであった。