アホの子
「涙」の回で投稿した作品です。
「ねぇ知ってる? 涙って血からできてるんだって。」
彼女が急に言い出す。スマホをいじりながら、目も合わせずに。
「……有名な話じゃないか。」
私の言葉は"興味無いね"という意味だ。伝わったかどうか。
「でもね、汗も実は血からできてるんだ。」
「……キミさ、リアルタイムでスマホから得た情報を出力するの、よくないと思うんだけど。」
私が手にしていたスマホを机に置き言う。目線も彼女の方へ向く。
「残念」
それを察知してなのか、彼女はスマホの画面を見せびらかすように、カウンターチェアの座面を回し、こちらに憎たらしい顔を合わせた。スマホの画面は通販サイト。ステッドラー925 15が表示されている。
「私が何言いたいのか、分かるでしょ。」
その憎たらしい顔は、いつの間にやらいつも通りの整った美貌に戻る。
「……この状況じゃ、『してやったり』以外…………いや、ステッドラーの製図用シャープペンシル"925 15"……それって確か、軽量だから疲れにくく、勉強にも向いているとかいう。」
「ふふん」
思考が巡る。ぐるぐると巡って……最終的に、ひとつの結論にたどり着き……口にする。
「…………じゃあ、血と汗と涙の結晶って、純粋な物質の結晶なのか…………??」
「……ねぇ。ちょっと。私は『血と汗と涙の結晶って、実質血と血と血の結晶でほとんどカサブタなの笑えるよね』って言いたかったんだけど そも化合物な時点で純粋じゃないって分かるよね」
「血=汗、血=涙、汗=涙が成り立つとすればそれは……!」
彼女は私の両肩を掴み、前後に強く揺さぶる。
「ド文系の癖に変に理系な考察するから! 元になって作られてるってだけでイコールじゃないんだよっ!」
「わぁあぁ」
翌日の夕暮れ、我が家にはなぜかステッドラー925 15の10本セットが届いた。
「……なんでこんなに?」
「セットの方が安かったんだもん。それに、あんたみたいに思考回路めーそーしがちなアホの子には必要でしょ」
その夜、私が人知れず枕を涙で濡らしたことを、彼女は知る由もないだろう。