表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

わたくし美デオゲーム趣味のせいで婚約破棄されるのはごめんですのよ!?

作者: シロクマ

 貴族の中の貴族にのみ許される娯楽、それはなにかわかりまして?


 美食?

 美容?

 はたまた美術鑑賞?


 いいえ、その程度のものは普通の貴族にだって許されること。


 公爵令嬢であるわたくしクリスタル・ドレアムスワンが特権的に楽しめるもの。


 それは――。

 美デオゲームでしてよ。


 おーほっほっほっほっ、庶民の皆々様には馴染みがなくておわかりになりませんでしたこと? それは仕方ありませんわねぇー。


 地の底を這いずり回って冒険者たちが発掘してきた希少な遺物、王侯貴族への献上品である美デオゲームを嗜むことができるのはごく一部の子息令嬢のみ。


 生半可なお貴族の家など、美デオゲームが買ってもらえず駄々をこねる等よくあること。

 聖夜祭に赤服の聖人が良い子にしてたらプレゼントしてくれるだなんてことを期待しては美デオゲームじゃなかったとがっかりするだなんて高望み。


 真夏にキンキンに冷えたアイスクリームを食べるくらい贅沢なことですわ!

 わたくしクリスタル姫ほどにもなると、嗜んできた美デオゲームの数はなんと十二本!

 天井から降ってくる凸凹ブロックを一列揃えるとなんか消えるやつが初体験でしたわ。


「お父様! みてください! こんなに上手に邪魔者を消せましてよ!」


「う、うむ、楽しんでいるようならいいんだが……」


「大変感謝しておりますわ! と聖夜際の聖人様にお伝えくださいまし!」


「ああ、伝えておくよ……」


 公爵である父がぽそっと「来年も買ってやるか……」とつぶやいたのを忘れはしません。

 庶民の皆様はお気づきでないのではないかしら?


 いいこと?

 赤服の聖人は!


 あらかじめ家族にプレゼントを買っておいて貰い、それを配っていくのよ!


 だってそうでもしないと、あっという間に赤服の聖人は予算が尽きて破産してしまいますし、まさか自ら迷宮で遺物を拾い集めているわけがありませんもの。

 ダンジョンにクリスマスプレゼントを求めるのは間違いですわ!


 ですからまだ赤服の聖人がやってくる方々はきちんとご両親に感謝することですわね。


 閑話休題。


 わたくしには素敵な婚約者のドルフィン第四王子様がおります。


 どれくらい素敵かというと、まず耐久力がすごくて悪漢に捕まり馬車にロープでつながれて町中を三十分も引きずり回されたというのに軽い怪我だけで済んだくらいですわ。


 ワイバーンから落馬して地上五十メートルから草原に落ちても生きてたのも素敵ですわ。


 ん、んん? 危険な目に遭いすぎてる?


 貴族社会に暗殺はつきもの。

 いつだれに闇討ちされてもおかしくないのですから、耐久力こそが絶対正義ですわ。


 見かけや頭が良くたって、ハンマーで背後からガツンと殴られて即死してしまうようではカンタンに故障者リスト入りですわよ。

 ああ、ご心配なさらずとも、ちゃんと見てくれも賢さも申し分なくってよ。


 美貌! 知性! 耐久力!

 三拍子の揃った素敵で頑丈なドルフィン様……。


 しかしあの御方とわたくしの間には、まだほとんど交流がございません。

 幼少期の頃より、年に十日逢えればいい方でしたわ。


 竜退治の勇者物語の美デオゲームが終盤だからと部屋にこもって会える機会を逸した時もありましたけれど、そもそもドルフィン王子はアウトドア派でして。


 わたくしのような深窓の令嬢が、屋敷でひとり読み物や美デオゲームを嗜むというインドア趣味にあまり馴染みがないのですわ。


 野外でホコリ被った肉食って何が面白くって? とバーベキューを断ってしまった過去のわたくしにも問題があります。


 でもだって、引っ込み思案な九歳の少女に益荒男が集って夜にキャンプファイアーするような鷹狩りはハードすぎますし。


 おっさんどもの武勇伝や野獣の夜鳴きを聞かされるくらいなら美デオゲームの世界に浸っていたいというわたくしの気持ちが皆様もおわかりになるでしょう?


 あ、皆様はお庶民ですから美デオゲームを遊んだことがないのでしたわね。


 ごめんあそばせ。


 え、ある? ホント?

 じゃあ今度なにかおすすめのカセット貸してくださいません?


 ……こほん。

 本題に入らせていただきますわ。


 ズヴァリ!

 婚約破棄!

 婚約破棄の危機ですわ!


 それというのは冒険者事業への投資(勇者ピピンにぶっこんで)に大失敗し財政危機にあったバンダウィン家と、そこに助け舟を出そうとしたセーガー家の政略結婚話がなんやかんやあって破談に終わったことが事の始まり。


 財政事情からの政略結婚を嫌ったご令嬢が別の冒険者事業で一発大当たりをかまして(勇者エッグゴッチが大ヒットして)しまったことで婚約が破棄されたのですわ。


 その後はかねてより懇意だったコナム王子とご結婚なさったとか。

 あ、ごめんあそばせ、庶民には冒険者事業とはなにかわかりませんわよね。


 冒険者事業とは、迷宮に挑むために必要な人員や装備などの費用を用立てるために冒険者が出資・支援を募り、それに商人や貴族が資金を拠出するのですわ。

 出資者は冒険の成否によって、出資割合に応じて巨万の富を得ることもドブに金を捨てるだけに終わることもあり、鳴かず飛ばずの勇者つづきで没落した貴族の家は枚挙に暇がありませんわ。


 そう、ハドソン家やプヨマーン家のように……。


 そのような事情で昨今、貴族社会の婚約関係については慎重に見直すべきという風潮が強まりまして、わたくしは本当にドルフィン第四王子にふさわしいのかとあることないこと噂をされるようになってしまったのですわ。


 確かに、インドア派とアウトドア派の溝は深いのですけれども。

 わたくしは長年お慕いしているドルフィン王子に嫁ぐつもりで生きてきたのです。


 今更いきなり婚約破棄だなんていわれてももう遅い!

 せめて結婚適齢期の三年前くらいに早めに言ってくださいなそーゆーことは!

 どうもドルフィン王子の妻の座を狙う、他の貴族がよからぬ噂を流している次第。


『クリスタル嬢はひとりで部屋にこもって人の言えない美デオゲームを遊んでいる』


『きっと一人で二台の美デオゲームを買って通信交換して魔物図鑑を埋めている』


『飼い猫に美デオゲームをリセットされたはらいせに剥製した』


『一秒間にボタンを16回押すことができる魔女で、その指先でスイカを爆裂させられる』


 なんたる流言飛語!

 最近は携帯美デオゲームを愛用して庭先で日に当たりながら遊んだりしていますわ。

 同じ美デオゲームはふたつも手に入らなかったので魔物図鑑を埋めたのはようやく去年イルルカ王女様とお茶会した時で五年かかりましたのに!


 飼い猫は美デオゲームを遊んでる時にひざにのってきて邪魔してくるだけですし!


 十六連打はできるけど指先ひとつでスイカが爆発するわけないでしょう!


 だれが一子相伝の秘孔術の使い手だというのかしら!?


 ぜーはー、ぜーはー。


 とにもかくにもわたくしの信頼回復は急務!

 さぁ! 庶民の皆々様にわざわざ相談しているのはこの難題をどうするかについてよ!


 報酬に、今なら一本だけわたくしのお気に入りの美デオゲームを貸してあげますわ。


 ……え、しょぼい?

 じゃあ三本! 三本にいたしますわ!


 うう、貸し与えるだけでも一本で立派な馬車が一台買えようかというものですのに。


 ……ふむ、ふむふむ。

 なるほど、なるほどですわ。


 つまり、不信を払拭するには……。

 バーベキューしながらゲームいっしょに遊べ、ですって!?










 町中から馬車に揺られること早数時間……。

 わたくしの携帯美デオゲーム機の動力残量がもう尽きつつあって大ピンチですわ。


 鷹狩り用の、郊外の別荘地までの移動の長いこと、長いこと。

 外の景色を眺めるか、雑談に興じるか、書物を読み耽るか、とかくやれることがとぼしい移動の合間時間にこそ美デオゲームができることは至福の時間。


 そりゃー田園風景や自然豊かな山林だって気分転換にはいいものですわよ。

 でもそのうち退屈してくるのは仕方ないことですわ。


「……サクラ、単3魔石もってない?」


「懐中電灯用ならございますが、美デオゲームに無駄遣いする分はございません」


 侍女長のサクラにピシャリと言われてしまいましたわ。

 サクラはわたくしの監督責任者であり発言権がやたらに強いのですわ。公務にお忙しい父上の代理人みたいな立場と思えば、忠僕なれども実質的立場はあちらが上でしてよ。


 必要十分な勉強や稽古さえこなせば、あとは読書や美デオゲームを好きに遊んでいてもかまわないという方針は助かるのですけども、ちょっとケチですわ。


「でも、あと30分しか魔力が……」


「もうすぐ到着いたします。魔石は安くありませんし、携帯美デオゲーム用に買い与えていい単3魔石は一週間に一回分までというお約束でしたよね。そうでないと四六時中やってしまいますよね」


「うう、一週間にたった二十時間分しか携帯美デオゲームを遊べないだなんて!」


「庶民の面前でそれをおっしゃると後々浪費家の悪女として後世に汚名を残しますよ」


「なにさらっと人を絞首刑にでもされそうな破滅ルート確定みたいにおっしゃって!?」


「よくある話ではありませんか」


「……うぐぅ」


 確かに、文豪になり候社の出版する小説ではよく見るのはもっともですわ。

 ああ、庶民の皆々様には単3魔石を一週間に2本も使用してゲームを遊べるわたくしのことがさぞうらやましくてならないのかしら?


 そうよね、そうですわよね。

 真冬に外出先でいつでもあったかな砂糖たっぷりの紅茶が飲めるくらい贅沢ですものね。


 おーほっほっほっほっ!

 こほんけほん、失礼、今は皆々様を小馬鹿にしていい立場ではありませんでしたわね。


 仕方なく、わたくしは美デオゲームに付随する小冊子を読みつつひまつぶし。

 あら、庶民の皆々様はこの説明書というものをご存知かしら?


 これは色鮮やかな絵図つきの、ゲームをどう遊ぶかを解説する小冊子ですわ。

 説明書つきの美デオゲームは最上級品ですのよ。


 冒険者事業で発見される遺物は説明書だけだったり、カセットだけだったりで前者は実際に遊ぶことができず、後者は遊び方がわからずに困るのが常ですの。

 外箱までついた保存状態のよい美デオゲームはまさに一級の芸術品……。


 ああ、この素敵な娯楽を作り出した古代人たちはどんな心豊かな暮らしだったのかしら。

 単に面白いのもあるけれど、迷宮の奥底で見つかる古代の遺物という歴史浪漫に思いを馳せることにも美デオゲームの趣があるのですわー。



 そんなこんなで別荘地にて鷹狩りですわ。

 久方ぶりにお会いできたドルフィン王子はまた背丈が一段と高くなって凛々しいですわ。


 耐久力が当社比120%アップって感じですわ。

 ああいえ、見かけそこまでゴツいわけではなくってよ。鷹が腕に飛んできても一瞬「あれ、鷹って小鳥だっけ」となりますけども。


「ははは、おいおいつつくなよキャプテン」


 鷹のキャプテンにパンチされてもキックされても耐えきる王子の耐久力、素敵……。


「お嬢様、アレは鷹に襲われているのでは」


「実際コエーですわ……。羽音バサバサうるさくてビビリますわ……」


「いやーすまない、興奮するといつもコレなんだ」


『ファルコォォォ―ンパァンチ!! ファルコォォォーーーンパァンチ!!』


「お嬢様、鷹が喋っていますけど」


「オウムも喋りますわよ」


「じゃあ問題ないですね」


 そのうち鷹はおとなしくドルフィン王子に従順になりましたわ。

 王子様は粗相を笑って許し、軽くたしなめた後は鷹へ優しく接する。とても寛大ですわ。素敵……。

 ドルフィン王子はわたくしの飼い猫に噛まれたりひっかかれたりドロップキックされた時も動物のすることだからとお許しになりましたわ。


 侍女長のサクラは「もはやマゾでは」等といいますが、アレは単に痛いのを耐久値にまかせて我慢しているのであって、普通に痛がってますわ。


 そんな痛がる王子の耐え忍ぶ姿を観ていると、わたくしなんだか胸が熱くなって……。

 侍女長のサクラは「それはサドでは」等といいますが、聞き流せば問題なしですわ。


「よしよし、良い子だ」


「はぁ……傷ついた王子も素敵」


「教育を間違えたことをいつか公爵様に侘びて自死する覚悟をしないと……」


「それじゃあクリスタル、今日はいっしょに鷹狩りを楽しんでくれ。しかし不慣れなことも多いだろうから無理はせず、その時はいつでも言ってくれ」


「は、はい!」


 ああ、お優しい言葉ですわ。

 庶民の皆々様の突拍子もないアイディアと後押しに負けて渋々やってきましたけれど、アウトドアも悪くありませんわね。


 それからわたくしは不慣れな鷹狩りを、王子様といっしょに体験いたしましたわ。

 昔に狩り場にきた時は、森や動物が怖くて仕方なくて楽しむどころではなかったけれど。

 じつは今回、予行演習をばっちり済ませてあるのですわー。


「お嬢様、しかしアレは」


「そう、この魔竜狩人P2Gで! ひと狩りいこうぜも慣れたものですわ!」


 雪山で獰猛な魔竜との壮絶な死闘をわたくしはすでに経験しているのです。ゲームで。

 たかが鷹狩り、護衛の騎士も三名ついていて万全の安全な狩り場ですのよ。


 これくらいどうってことありませんわ!

 ……と調子づいていたのも束の間、一時間後。


「ひぃぃぃぃっ! 鹿が! 鹿が血を流して死んでいますわぁぁぁぁーーー!!」


「鹿狩りにきてるのですけどお嬢様」


「鷹が! 鷹が襲ってきましたわ!! ぎゃひぃぃぃっ!」


「獲物を見つけて戻ってきたキャプテンですけど」


「王子が! 王子が猪にタックル食らって崖から落ちましたわぁーーー!!」


「普通にのぼってきたから大丈夫そうですね」


 等と、わたくしは大騒ぎでした。


 魔竜狩人P2Gの序盤で狩りまくった雑魚鹿を実際に狩ると生命の重みパネェですわ……。

 そのような調子でアウトドア派の生命力と野性味に驚かされてばかり。


 ドルフィン王子の活躍ぶりと耐久力にはホントに惚れ惚れするのだけれど、反面、これに一生ついていけるのかは不安なってしまいますわ。


「あの、王子様」


「なんだい? 疲れたならそろそろ帰ろうか?」


「いえ、その。わたくしは弓を射るでもなし、おそばをゆっくりとついてまわるだけですから、ドルフィン王子はそれで楽しいのかなと気になってしまって……」


 王子は快活に笑ってみせる。


「楽しいとも! 君に良いところを見せられて俺がなにを不満に思うことがある?」


「が、崖から落ちてましたよね?」


「ああ、でも君は笑ってたじゃないか」


「ふふっ、そうでしたわね」


 ドルフィン王子の笑顔はいつも純真な、ちょっとおバカな男の子っぽくて。

 その遊び心の豊かな有り様に、わたくしは惹かれているわけで。


 ……ああ、良かった。


 権謀術数渦巻く貴族社会に生まれついたからには覚悟せねばならないことが多いのです。

 特権と裕福な暮らしがあるとはいえ、不幸な末路を辿った者の話は古今東西いくらでも。


 別に、はじめからドルフィン王子のことを気に入っていたわけではありませんのよ。


 幼少期、出会った当初はドジでまぬけなバカ男子にしか見えませんでしたし。


 え、今でもそう見える?

 そうですけれど、昔は出会った当初は事あるごとにぴーぴー泣いてたのですわ。


「泣き虫の婚約者なんてイヤ!」


 って罵ったこともありましたっけ。


 けれどそこは男子三日会わざれば刮目して見よ、というもので次第にたくましく育ち、耐久力バカになりましたわ。いえ、立派に成長しましたわ。


 今にしてみれば、ドルフィン王子は婚約者であるわたくしの要望に答えて、つまり好きになってもらえるように努力して、今のようにお育ちになったのかもしれませんわね。


 貴族同士の結婚は当人の自由にはならない。

 ましてや王子様という立場に至っては、嫌になっても投げ出すことができませんわ。

 そーゆー不可避の将来をより良くしようとドルフィン王子は頑張っていらっしゃる。


 それが好ましく、そして引け目を覚えてしまいますわ。

 彼の心を繋ぎ止められるほどに、わたくしは自分を素敵だと言い切れないのですから。








 鷹狩りを中断したのは、不穏な魔物の咆哮が山林のどこかから聞こえたからでしたわ。

 適度に獲物も得ていた為、王子は「今日はもう別荘に帰ろう」とおっしゃいました。


「……わたくし、こういう場面を観たことがありますわ」


「え? どういうことだい?」


「その、笑わずに聞いてくださいましね? わたくしの愛好する美デ……しょ、小説に、狩猟の帰り道に突如として強大な魔物が襲いかかってくるという場面があったのを思い出しましたの。獲物の血の匂いを辿って、やってきたのですわ」


 美デオゲームでよく経験したのです。

 まだいける、もうすこし、と深追いしたりして欲を出して失敗するということを。


「……なるほど」


「単なるおとぎ話ですから、どうか気にせず」


「いや、それで君を不安にさせるなら十分な理由だ。獲物はここへ捨ておこう」


 ドルフィン王子は鹿や猪をその場に置き去りにするよう配下に命じて、身軽になって帰路を急ぐことになりましたわ。

 おかげですぐに別荘へ逃げ帰れたものの、大きな獲物は全部パーでしたわ。


 王子や騎士たちは「いやぁ惜しかったなぁ」と残念がりつつ、しかし「命あっての物種だ」と割り切っては「今晩の食事はどーするかな」と笑い合っています。


「すみません王子様、わたくしが不安がったせいで」


「じつは俺だって魔物は怖いんだよ、いやー君がああ言ってくれなきゃ要らない見栄を張ってしまうところだった! なあに、そもそもあの鹿肉は獲ってすぐに食べる予定じゃなかった。下処理して熟成させるんだ。どのみち今晩の食卓には上らなかったのさ」


「そ、そうだったのですね……。てっきりわたくし、狩ったらすぐさばいて新鮮なお肉を食べるのが一番なのかと」


 言えない。これは言えない。

 美デオゲームの魔竜狩人P2Gでは鹿をやっつけると即なまにくを落っことします。


 そして即、肉焼き魔具でこんがり肉をじょうずに焼けました~! してしまうのです。

 あの豪快な肉焼きのイメージのせいで熟成なんて考え及ばなかっただなんて……。


「しかしまだ夕食にも早い。安全第一とはいえ、暇ができてしまった」


 うーむと王子がうなる。

 魔獣に遭遇するかもしれない外出は厳禁、しかし別荘はなにかと設備に乏しい。

 ひたすらおしゃべりで時間を費やしてもよいのですけれども、それだけではなにか物足りない気がしてならなくて。


 もっと、ふたりの距離が縮まるような、楽しくて素敵な時間の過ごし方を……。


 え? 今こそ美デオゲームの出番?

 い、いえ、でも、別に隠してるわけではないのですけれど、ドルフィン王子はゲームを日頃嗜まないお方、お気に召すかどうか……。


 わたくし、不安でしてよ……。

 インドアな趣味をさらけ出して、それでドルフィン王子の不好を買わないか。


 美デオゲーム好きはいわばインドアの浪費家の趣味遊興、愛好者も多いながら小馬鹿にする者も多くて「美デオゲームにうつつを抜かすとアホになる」とロクに触ったこともないクセに暴言を吐く大人も多いのですわ……。


 一昔前なんて「小説なんて読みふけるとバカになる」と言われてたとか。

 今でこそ「最近の若者は小説を読まない」と嘆く愛好家の大人がちらほらお見かけするのですけれど、とかく新しい娯楽や文化には風当たりが強いのですわ。


 ああ、でも、どうしましょう。

 ドルフィン王子とはこのまま結婚すれば生涯を夫婦として暮らす運命なのに、自分の愛好する趣味のひとつもさらけ出せないなんて……。


 わたくしは臆病者もいいところですわ。

 ああ、神よ。


 美デオゲームを作りたもうた古の神よ。


 わたくしに勇気をくださいませ。





 その時、でしたわ。

 侍女長のサクラが懐中電灯を手にすると、逆さにしてひっくり返してトントンして。

 単3魔石を二本、差し出してきたのでございます。


「クリスタルお嬢様、懐中電灯の魔石の残量が少なくなっております。もしもに備えて、そちらの遺物にお使いの魔石と交換していただけますか?」


「え!?」


 懐中電灯の魔石は満タンのはず。切れかかっているのは美デオゲームの方ですわ。

 なのにどうしたことか。


「失礼します」


「あ、ちょ」


 サクラは淡々とわたくしが懐に忍ばせた携帯美デオゲームを奪っては魔石を入れ替える作業をはじめたのですわ。

 でも、おかしなこと。

 サクラは携帯美デオゲームに満タンの魔石を入れて返却してきたのです。


「では、料理の支度がございますので、あとはおふたりでごゆっくりお過ごしを」


「さ、サクラ! でもこれ!」


「失礼します」


 居間にふたりきりにされてしまい、わたくしは動揺してしまいましたわ。

 困惑しているとドルフィン王子が興味深そうにわたくしの携帯美デオゲームを眺めて。


「遊ばないの?」


「え、あ、これは! えーと!」


「大丈夫だよ。君がゲームを嗜むことくらいは知ってるよ。なぜか俺の前では遊んでくれないけど、ゲーム好きだってことは有名だし」


 きっとひそひそと噂話でまことしやかにささやかれて、巡り巡って王子の耳へ。

 わたくし、恥ずかしくてセーブして電源を落としたい気分ですわ……。

 ああ、飼い猫よ、リセットして……。


「こ、これは一人の時に暇つぶしに遊んでいるだけでして! 一人用だし! ドルフィン王子の前でこんなくだらないものを遊ぶだなんてわたくしにはできませんわ!」


「くだらない、か」


 ドルフィンは目を細めて、こう言います。


「くだらなくていいじゃないか。鷹狩りだって別に高尚なわけじゃないし、俺は狩猟で身を立てる猟師じゃない。ずっと昔から王族がつづけてるだけの、遊びの趣味だよ。君は俺が鷹狩りしてるのを見物してて、くだらない趣味だとホントは無関心だったの?」


「ち、ちがいます! そんなことないです!!」


「じゃあ、それと同じだ。大好きな人が楽しそうに趣味に興じる姿を眺めるのは面白い。だから頼む、せっかくだから遊んでるところを見せてくれ」


 言葉もありませんわ。

 わたくしの、引け目をおぼえてならないインドア趣味をお認めになってくださるなんて。

 なんて寛大でお優しい方なのかしら。


 しかもさらっと大好きとか言ってくれちゃったりして!

 庶民の皆々様にはこのうれしさがおわかりになりまして!?


 ひゃっほーですわ!

 やったーーーー! ですわ!!


「あ、あ、え、あ、じゃあ、この王子がお好きそうな魔竜狩人P2Gを……」


 わたくしは説明書を、赤面しながら手渡します。

 王子は魔竜と雪山で対決する戦士の躍動的で勇壮な表紙絵に目を輝かせます。


「面白そうだね! 早速やってみせてよ!」


「ひゃい!」


 ぷ~ふぁ~とゲーム起動の音色が響き、わたくしはおそるおそるプレイをはじめます。

 ちいさな画面を覗き込まないとならないので、ソファーでふたり、肩を寄せ合って。

 わたくし距離の近さに、胸が高鳴ってしまいましたわ……。


「ここ、鹿を狩人のランスでぶっ殺します。解体して、こう、こんがり焼きます」


「おお、じょうずに焼けてる」


「あ! 魔竜! えと、えと! ガードでいなして咆哮あわせで回避性能と回避距離で無敵時間で敵に向かってバックステップですりぬけて反転して槍でこう!」


「まるで歴戦の勇者みたいだ……すごい、かっこいいね」


「かっこいいですわよね! 狩人!」


「いや、君がだよ」


「ふえ!?」


 手元が狂って、狩人の体力が一気に赤色に。わたくし大ピンチですわ。


「わわ、ごめん!」


「いえ、大丈夫ですわ! 今ので体力がっつり減っても、気炎万丈でしてよ! おーーほっほっほっほっほっほっ! しゃーおら!! 魔竜よ死にさらせですわ!!」


 そこから死闘の末、わたくしは魔竜を退治いたしました。

 気づけば途中からゲームに熱中しすぎて王子の視線とか気にしてらんねーやつでしたわ。


「はぁはぁ……あ、はうっ! 王子、あの……、ついはしたなくてその!」


「わかる」


「え?」


「わかるよ。獲物を追い詰めた時はそーゆー気分になるの、わかる!」


「わ、わかってもらえましたわ……」


 魂がぽわーっと抜け出るような、そんな安堵感でしたわ。

 ああ、寛大な王子様でよかった。


 ドルフィン王子にわかってもらえてよかった。

 ゲームと恋路の余熱に蕩けそうな頭のわたくしに、王子はこうささやかれます。


「急に鷹狩りに行きたいだなんて言い出したからすこし不安だったんだ。このご時世だ。君に愛想を尽かされたんじゃないか、て。だけど……どうも違ったらしい」


「そんな! わたくしの方こそ心配で!」


「婚約破棄だなんてバカた噂なのにな。……俺はもっと君のことを理解したい」


 あ、ああああ。

 とろっとろですわ。

 熱暴走ですわ。


 しょしょ庶民の皆々様、お聞きになりまして!?


 わたくし王子に、ふわ、ふわぁーっ!


 ぎゅってされてますのよ! 肩に手をまわしていただいて、ぎゅって!

 ああ、たくましい耐久力カンストボデー最高ですわ……。


「わたくしも、でしてよ」


 ああ、素敵なるかな両想い。


 婚約破棄よ、さらばですわ。


 幸せな結婚生活よ、乞うご期待ですわ。


 わたくしと王子はふたり、焼き立てのこんがり肉のように熱々でしてよ!



 その後。


「でさ、俺にも試しにやらせてよ」


「ええ、もちろんよくってよ! まずはこの鹿を狩って生肉を……あ! また魔竜!」


「え!? ま、操作方法わかんない! あ、ちょ、あーっ! あーーーっ!?」


「……死にましたわね」


 ゲームでの王子は耐久力ゼロのクソ雑魚でしたわ。

 これは教え甲斐がありますわね。


 おーーほっほっほっほっほっほっ! おーほっげほほへっ!


 ともあれ庶民の皆々様! ありがとう! そしてごきげんよう!


 皆々様には真夏のアイスクリームみたいに手に入りづらいでしょうけれど、ぜひとも、わたくしのような素敵なゲームライフを機会があればご堪能あれ! でっすわー!!

毎度お読みいただきありがとうございます。

お楽しみいただけましたら、感想、評価、いいね、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。


よろしかったらクリスタル姫様になにか一本皆様のお気に入りゲームを貸してあげてくださいね!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] お馬鹿なようで、素敵な二人(笑) お二人の未来に沢山の幸があらんことを。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ