第95話 あやつのことがよくわからん ~ソフィアサイド~
あやつが部屋を出ていきおった。
あまりにもグジグジするあやつに、ちょっとイライラしたワシは、思わず声を荒げてしまった。
そうしたら、何も言わずあやつが出ていってしまった。
「……
何がいけなかったのじゃ?」
何かあやつに対して変なことをしたのか……
思い当たることがないのぅ。
「お嬢様……
少し言い過ぎだったかと思います」
セバスチャンが苦笑いしながら、ワシに近づいてきた。
「何を言い過ぎたのじゃ?
あやつが煮え切らないのがいけないのではないか?
それに、あやつの強さを示す絶好の機会じゃと思うのだじゃが……」
あやつが前々から少しおかしいのは感じておった。
ワシらと共に行動しているとあやつがワシらより弱いので、戦果も挙げられていないのは知っていた。
そこを気にしているのかと思ったから、国王を嗾けて武闘大会を開催するように言った。
人族相手なら十分あやつも通用するからのぅ。
「アグリ殿はここでの自分の立場に悩んでいるのかと思います。
確かにお嬢様が言う通りに、アグリ殿が自分自身が成長していることを実感できれば……
悩みの一つも解消されるかもしれませんが……
そう簡単なものではないでしょう。
私たちと共に行動している限り、役に立っていないと大きく感じるのではないでしょうか……」
「うむ……」
セバスチャンはさらに話を続ける。
「アグリ殿は強くなったことを実感したいということではなく……
私たちの役に立ちたいという思いが強いのではないかと思われます。
アグリ殿は異世界から来られた方。
その世界では、もしかしたらそういう観念が強いのかもしれません」
もしセバスチャンが言うことがあやつの本心であるのであれば……
「だとしたらじゃ……
さっきのワシは言い過ぎたじゃろうか?
このままあやつが戻ってこなかったどうしよう」
あやつのことを……アグリのことを……
思って取り計らったつもりじゃが、逆効果じゃったようのぅ……
ワシはあやつが強くなりたいと願っているのじゃと思っていたのじゃが……
なんとも言えない気持ちが沸き上がってくる。
どうしたらいいのじゃ。
あやつが戻ってくるにはどうすればいいのじゃ……
「のぅ、セバスチャン。
あやつを探しに行った方がいいじゃろうか?」
「今はそっとしてあげたほうがよろしいかと思います。
アグリ殿も気持ちの整理が必要になります。
いろいろと考えておいでで、周りが見えなくなっているのも事実かと。
その辺りが落ち着いてくれば……
お嬢様がアグリ殿のことを思ってのことと理解してくれるとは思います。」
「でものぅ……
でものぅ……」
アグリが戻ってこなかったら……
あやつがもし、もう魔王討伐をしないと決めてしまったら……
ワシはあやつと一緒にいられなくなくなってしまうのぅ……
ん?
ワシはあやつと一緒にいられなくなるのが寂しいのか?
いや、あやつとはこの封印を解いてもらうために行動しているだけじゃ。
あやつと一緒にいたい訳ではない。
封印が解けなくなることが問題のはずなのじゃ……
そのはずなのじゃが……
焦る気持ちが増し、居ても立ってもいられなくなってきた。
部屋から出ようとした矢先にセバスチャンが
「お嬢様もしっかりなさってください。
お嬢様がバタバタしているようでしたら、アグリ殿も余計に気を使ってしまわれます。
ここはいつも通りに接することが大事かと思います」
とワシを窘めるように言ってきた。
「いつも通りと言われてもじゃな……」
「短い間でしたが、お嬢様とアグリ殿を見させていただいて……
私たちにはない関係を築かれてきたのかと感じました。
それも、お互いだいぶ信頼されている感じが見受けられました。
ですので、そのままの関係を続けていくことが何よりかと私は思います」
剣から出られるようになって、あやつと一緒に旅をしてきて……
ワシが何をやっても特に怒ることもなく、あやつは……アグリは受け入れてくれたのぅ。
だからこそ、アグリがピンチの時は、真っ先に守ったし、害するものは全て排除してきたのじゃ。
あやつといることが心地いいと感じることも多くあったのじゃが……
それが信頼ということなのかもしれぬ。
「……うむ。
わかった……
ワシは変わらぬように接する」
「はい、それでよろしいかと。
私たちがきちんとフォローしますので」
心配そうにワシの事を見ていたマリーも
「ねえさまはねえさまらしくでいいと思いますわ。
アグリのことは、マリーにも任せてくださいませ」
とフォローしてくれると言ってくれたのじゃ。
ワシはよい部下を持って幸せじゃのぅ……
「セバスチャン、マリー。
あやつとのこと、お前たちに任せたぞ。
ワシはワシのやり方でやらせてもらうからのぅ」
ただそうは言ったものの、あやつのことはまだまだ心配じゃった。
それからしばらく後にあやつが部屋に帰ってきた。
――ガチャ
あやつの顔はまだ沈んだように暗いままじゃった。
セバスチャンに言われたとおりにワシはいつも通りに接するようにした。
「おぬし……
戻ってきたのか……
そのまましばらく帰ってこなくてもよかったのにのぅ」
多少憎まれ口も居れつつ、あやつに言葉をかけた。
「うん……
まぁ、外も外でね……」
まだまだ気持ちの整理がついておらんのか、反応はやっぱり今までとは違うのぅ。
「……とにかく、武闘大会に向けて、気を入れ直すのじゃぞ……」
「そうだね……」
最後まで心ここにあらずという感じじゃったが……
とにかくあやつのことは心配じゃが、余計なことに気を遣わせないようにしないとのぅ。
ワシが仕向けた武闘大会で、少しでもあやつの気持ちの整理がついてくれることを願うばかりじゃ。
それに……ワシはいつも通りにしろとというのであればじゃな……
これからいろいろと準備せねばならぬのぅ。
ワシらしくいることがあやつのためでもあるしのぅ。




