第93話 お嬢様の企み ~セバスチャンサイド~
アグリ殿が国王と謁見なされた後に、部屋に通された私たちはしばらくの休息と相成りました。
お嬢様は部屋に用意されていた食べ物や飲み物を頬張っておりました。
またこの後宴があるのに、どれだけ食べられるのか……
少し小言を言わないといけないかもしれません。
マリーは……
相変わらずお嬢様にベッタリですね。
前から人前でそのような態度をとるのを改めるように言っているのに……
なかなかと改めません。
こちらもいずれ一言言わないと……
ふぅ……
アグリ殿は今までの訓練の疲れもあるのか、ベッドで横になって寝ているようです。
私の訓練も人族として考えれば過酷なものです。
魔族のエリート用のものですから。
それをギリギリでもついてこれるのは、やはり勇者だからなのでしょうか……
お嬢様の所為で目立ちはしないですが、アグリ殿も十分強くはなられているとは思います。
ちょっと卑屈というか自分自身を過小評価されているようなので……
どこかで成功体験を積ませればさらに伸びそうな方です。
お嬢様のそばに立って部屋を見渡してそのようなことを考えていました。
封印されてからどのくらいの月日がたったかわかりませんが……
またこうしてお嬢様と共にあることができるは非常に感慨深いです。
この時をできるだけ長く続けられればと思います。
そのためにも、もう1ランクも2ランクもアグリ殿を底上げしなければなりません。
今後は実戦も取り入れてさらに強くなっていただきましょう。
封印が解けてからゆっくりと考えることもありませんでした。
いろいろと考えてしまいました。
しばらくすると、国王の使いが部屋に入ってきました。
――コンコン
「宴の準備が整いました。
お召し物は部屋に準備してありますので、御着替えいただき、会場までお越しください」
「これはこれはご丁寧にありがとうございます。
承知いたしました」
私は国王の使いに挨拶をしました。
使いの方のも丁寧にお辞儀をして戻っていかれました。
それからクローゼットの中を見ると、衣服がたくさん用意されていました。
お嬢様とマリーはあれやこれやいいながら服を選んでおりました。
アグリ殿はこういった場はあまり好きではないようで、何を着ていけばいいのかと悩んでおりました。
それを見かねたお嬢様とマリーは、アグリ殿の服を選んでいました。
ただその後がいけません。
アグリ殿の前で、お嬢様とマリーは脱ぎ散らかして着替え始めました。
「お嬢様……
アグリ殿の前で着替えるのはいかがなものかと……」
「?
何がいけないのじゃ?」
「人族の女性は男の前では無暗に着替えをすることはいたしませんので……」
「そうなのか?
でも、ワシは気にしていないから大丈夫じゃ」
「マリーも特に気にしていませんわ」
二人とも私の忠告も意に介さずに脱いでいっています。
アグリ殿は恥ずかしそうにしながら、見ないように壁の方を向いておりました。
もう少し種族の考えの違いを勉強していただきたいところです。
なんだかんだありましたが、私たちは準備された服に着替えると、レセプションホールに向かいました。
さすが国王が催される宴だけあって、豪華な食事やお酒が並んでおりました。
それを見たお嬢様は
「ほぅ……
お酒も食べ物も選り取り見取りじゃ」
「お嬢様、くれぐれも飲み過ぎないようにお気を付けください。
ここでの主賓はアグリ殿になります。
アグリ殿より目立たぬようにお願いいたします」
「わかっとるわい。
じじいやその他のおっさんも全部あやつが相手をしてくれるのじゃろ。
ワシは気兼ねなく呑めるな」
「そういうことではありませんが……」
「セバスチャンは気にし過ぎじゃ。
あの頃はこういった場でも威厳を保たねばならないし、話をしなければならないしで……
ろくに飲み食いできなかったしのぅ」
「あの頃も私たちが対応していたかと……」
「細かいことはいいのじゃ。
セバスチャンも楽しめ!」
お嬢様はそう言い残すと、酒が置いてあるテーブルまで一直線に行ってしまわれました。
マリーもその後をついていきました。
アグリ殿はというと国王の近くに連れていかれて、大臣や貴族に囲まれております。
ガチガチに緊張した様子が伺えました。
お嬢様たちも気になりますが、こういう場が慣れていないアグリ殿のフォローをいたしましょうかね。
アグリ殿の近くに行き、次々と入れ替わり立ち替わりくる来賓たちとの話をサポートしていきました。
言い回し、言葉遣い、所作など様々なことを横に立ちお伝えしました。
一段落したところで、アグリ殿が私に言葉をかけてきました。
「助かりました。
ありがとうございます、セバスチャン」
「いえいえ。
慣れていないとのことでしたので……
一通り人族の作法的なところも含めて経験があり、お伝えしたところです」
「人の世界もお詳しいのですね。
ゾルダやマリーはああだから、その辺り全く教えてくれないし。
俺も疎いので、本当に助かりました」
アグリ殿がお嬢様の方に視線を向けます。
私も確認すると……
ふぅ……
端たない恰好でお酒を浴びるように飲んでおります。
周りの来賓の方へも酒の強要、絡み……
それにあれは国王ではないですか。
国王にも絡んで何か話をしているようです。
あれほど気をつけるようにと言ったのに。
「大変申し訳ございません。
お嬢様にも一通りお教えはしているので、わかっていらっしゃるはずなのですが……」
「セバスチャンも大変だね。
なんか気持ちがわかるような気がする」
アグリ殿はそう言うと、空いている椅子に座り込んでしまいました。
緊張していたこともあり、疲れがドッと出たのでしょう。
アグリ殿のことも気にはなりましたが、かなりお疲れでしたので……
そのままにして、お嬢様と合流をさせていただきました。
「お嬢様、あれほど気を付けてくださいと話をしたはずですが……」
「おっ、セバスチャンか?
まぁ、気にするでない。
こういう酒の席は無礼講じゃ」
「国王が主催する宴ですので、そこまで羽目を外されてもこまります」
「そんなことより……
これから面白いことが始まるぞ」
お嬢様はそう言うとニヤリと笑って、壇上に目をやりました。
そこには国王が立っておりました。
「宴を楽しんでおいでか?
ここで私から重大な発表がある」
そう言うと国王が自慢げな顔をし始めました。
周りがざわざわとし始める中、言葉を続けます。
「勇者様の戦果を讃えて……
5日後に武闘大会を開催したいと思う。
勇者様も参加成されるとのこと。
皆が抱えている強者にも参加してほしい。
上位の者には報奨金も弾むぞ」
その言葉を聞いた貴族や来賓たちは余計にざわめきだしました。
「あの……お嬢様?
面白いこととはこのことでしょうか?
それにアグリ殿も参加されるとのことですが、いつ確認されたのでしょうか?」
「ん?
参加の確認などしておらぬぞ。
ワシは国王に、勇者の強さをこの目で見てみないかと嗾けただけじゃ」
アグリ殿の方を見やると、慌てた様子でペコペコと頭を下げておりました。
お嬢様にも困ったものです。
「さて、武闘大会が楽しみじゃのぅ。
どんな強者が集まるのか」
不敵な笑みを浮かべながらお嬢様が仰いました。
この顔をしているのは、何かしら企んでいらっしゃる時です。
「まさか……
お嬢様も出場なさるおつもりじゃ……」
「ワシは参加せんぞ。
人族の相手なぞしてられるか」
言葉では否定しているもお嬢様のニヤニヤが止まっていません。
出場はされないとは思いますが、何かしら企んでいるのは間違いなさそうです。
アグリ殿も大変ですな……