第92話 これは俺の手柄? ~アグリサイド~
訓練と移動を繰り返しながらさらに数日――
ようやく首都セントハムに到着した。
その間、魔王軍が襲ってくることもなく……
あれだけちょくちょくと現れていた魔王軍だったのに。
「なんかここに辿りつくまで、魔王軍は一回も来なかったな。
ちょっと不気味に感じる……」
俺はゾルダにそう話しかけた。
「そりゃ、当然じゃろ。
あれだけギタギタにされて、策もなく突っ込んでくる奴らはおらんのぅ。
どうせ、ゼドのことじゃ、何かまた企んでおるのじゃろぅ」
ゾルダは『これだけ負ければ普通は考える』と言わんばかりに答える。
「メフィストは流石にゼド様の下に戻っていないとは思いますが……
連絡がないことに異変を感じていらっしゃるかと。
次の策を考えているところでしょう」
セバスチャンはゼドの心中を察するかのようなことを言っている。
詳しくは聞いていないけど、セバスチャンもゼドとの付き合いは長いのだろう。
「あきらかに力負けしているのだから、ねえさまが言い通りですわ。
ゼドっちもバカではないですから」
マリーもみんなの意見に同調していた。
「そういうものかな……
魔王軍はもっとなんかこう脳筋ばかりかと……」
今までが今までだけに、浅はかな考えでくる奴らばかりなのかと思っていた。
そう感じたことを口にしたのだが……
「それではワシらがバカみたいではないか」
とゾルダが怒り始めた。
「いや、そういう意味ではなく……」
しどろもどろになっている俺をセバスチャンがフォローしてくれた。
「お嬢様、アグリ殿は今の魔王軍のことをおっしゃっているのですよ」
「おぅ、そうか。
確かにワシが魔王していた頃より、考えが浅い奴らが多い気がするがのぅ。
それもゼドの自業自得じゃろ。
あれだけ自己中心的なら、周りから何も言えんのぅ」
ゾルダさん、自分の事を棚に上げて自己中とは……
「えっ……
ゾルダも十分自己中だと……」
「ワシがか?
どこが自己中じゃと?
ワシは周りの事をいつも思っておるぞ」
どこが周り思いなのか……
俺は振り回されているけどね。
「はいはい」
そんな思いが言葉の端々に滲む返事をした。
「おぬしはその、『はいはい』と軽くあしらうのをやめるのじゃ。
でもないと……
おい、セバスチャン!
こいつの訓練、もっと厳しくするのじゃ」
「はっ、仰せのままに」
この数日で少しは耐えれるようになってきた訓練。
それをさらに上げるのは勘弁してほしい。
「ちょっと待った。
それだけは……」
「大丈夫じゃ。
時期に慣れるじゃろ。
少しは付いてこれるようになってきいたからのぅ。
そろそろ段階を上げようかと思っていたところじゃ」
ゾルダはなんだかんだ言って俺の事を見てくれているのかもしれない。
結構微妙な差だとは思うんだけど、そこに気づくのか……
「ゾルダ、お前……」
「なっ、ワシはきちんと周りの事を考えておるじゃろぅ。
ワシって凄いじゃろ」
俺なんかより俺のことを分かっていそうだ。
ただそれを自分自身で言うか。
「はいはい」
半分感心、半分軽くあしらう感じでいつもの返答をした。
ただ、今回はゾルダからは『その返事をするな』とは言われなかった。
◇
城に到着した俺たちは、国王に謁見することになった。
「あのじじいにと会うのも久方ぶりじゃのぅ」
ゾルダはニヤニヤとしながらどうしようかと考えているようだった。
「頼むから、何もしないでくれよ。
出来れば粗相のないように」
「ワシより弱い奴じゃし、頭を下げたりする必要はないと思うのじゃがのぅ……」
「そうですわ。
ねえさまが頭を下げるなんて……」
俺としてはゾルダたちは魔族だし国王とは関係ないし、どう振舞ってもいいとは思うのだが……
ただそうすることで周りからどう見られるかで軋轢を生むことが多い。
とにかくそういう面倒事は避けたい。
「マリー、煽らないで……
とにかく、頭を下げたりするのは俺だけにするから。
静かに後ろの方で立っていて」
「仕方ないのぅ……
おぬしの頼みじゃし、大人しくしておくか。
つまらんが……」
玉座の間に入って、ゾルダたちを扉近くに立たせて、俺は国王の前に赴いた。
「お久しぶりです。国王様」
「元気だったか?
活躍は聞いているぞ」
国王はシルフィーネ村でのことやイハル、ムルデでのことを逐一報告を受けていたらしい。
報告を受けるたびに喜んでいたとのこと。
でも、ほとんど俺ではなくゾルダたちがやったことなんだけどね。
「ありがとうございます。
まだまだ私では力不足なところもあります。
今後も精進したいと思います」
「何をそんなに謙遜している。
勇者殿の活躍で、魔王軍の侵攻も以前ほどの勢いはなくなっている。
このまま我が国を魔王の魔の手から守ってほしい」
そう言われてもな……
確かに状況は改善しているのかもしれない。
国王への報告も倒したとかの結果だけなのだろう。
たぶんカルムさんたちは、ゾルダたちのことを報告してないだろうし。
でも、それって本当に俺の手柄なのだろうか……
「承知しました」
いろいろと思うことはあるが呑み込んで、当たり障りのない返答をした。
「今夜は宴を準備している。
旅の疲れもあるだろうから、この後は部屋でしばし休まれよ」
国王はそう言うと、部屋への案内を大臣たちに任せて玉座の間を後にした。
俺たちは部屋へ案内され、宴まで待つことになった。
「ふぅ……」
慣れない場所、慣れない状況で疲れがドッと出てきた感じがした。
「アグリ殿、お疲れ様でした」
セバスチャンが労いの言葉をかけてくれた。
こういうところは洗練されているというか、しっかりしている。
長年魔族とはいえ王に仕えていたからでる所作なのだろう。
「お疲れじゃった、お疲れじゃった」
ゾルダは軽いノリではあるが、俺の事を労う言葉を言ってくれた。
「まぁ、シルフィーネ村のことも、イハルのことも全部ワシがやったことじゃが……
おぬしの手柄にしておくぞ」
一番気にしていることをグサリと言い放つゾルダ。
「そうだよね……」
あの場では落ち込まないように振舞っていたが、その反動もあって余計に落ち込む。
ゾルダは元気がない反応にビックリしたようだ。
「あのぅ……気にするな。
おぬしがワシたちをここから出してくれなかったら、ワシらは居ない訳だし……
ワシらがやったことは、そのおかげでもある訳だからのぅ……
と言うことは、おぬしの手柄というのと同義じゃ」
「マリーもそう思いますわ。
それに……
アルゲオを倒したのはアグリじゃないですか!」
「そうじゃ、そうじゃ。
おぬしもきちんとやっておる。
周りのことは気にせずに、おぬしはおぬしになりにやればいいのじゃ」
落ち込んだ俺を励ますようにゾルダやマリーがフォローをしてくれた。
正直まだまだ俺自身の実力が伴っていない気もするけど……
あれこれ考えすぎなのかな。
「二人ともありがとう」
二人の言葉が嬉しくて思わず感謝の言葉が出た。
その言葉にゾルダやマリーが照れていたようにも見えた。
気持ちは追いつかないところはあるけど、進んでいくと決めたのだから。
悩むことも多いけど、まずは実力をつけること。
そうやっていくしかないのかもしれない。