第134話 姉貴を苦しめるもの ~ソフィアサイド~
「そろそろ正気を取り戻すのじゃ、姉貴」
まともに戦えばワシは勝てるじゃろうが、それでは姉貴が無事では済まぬはずじゃ。
いつもと違う感じじゃから、姉貴の本意ではないのじゃろう。
何かしら細工がされているはずじゃとは思うのだが……
「あら、わっちはいつでも正気よ。
狂っているのはお前よ、この脳筋バカ娘!」
ただ姉貴の姿を見ても周りを見ても何も感じられぬしのぅ。
それともあのゼドが送り込んできた二人……なんと言ったかのぅ……
まぁ、名前なぞいいか。
あいつらが何かしておるのか……
二人がいる方を見やると、まだシータが相手をしておる。
それにあれだけ追い詰められておると、こちらにかまけている余裕はないじゃろ。
だから、あいつらが何か裏でしているということはないのぅ。
「あぁーっ、もう考えても分からんのじゃ。
とにかく、いつもと違うのじゃから、姉貴は正気ではないのじゃ!」
そう言いながら、魔法で足止めをしたり、正気に戻るように攻撃をしておるのじゃが……
やっぱりこの程度じゃ、姉貴には効かんのぅ。
何せあの性格が故に身につけた力じゃから、ある程度のダメージをものともせんからのぅ。
とりあえず正気に戻るまではこのままかのぅ。
そう考えて、姉貴の様子を伺いながら、とりあえず回避をしておったところに、あやつが割り込んできた。
ワシと姉貴の間に入り込んだあやつは顔を真っ赤にしながら立ちふさがっておった。
その様子を見てか、姉貴も動きを止めた。
「何をしておるのじゃ、おぬしは。
巻き添えを食いたいのか!」
あやつを押しのけようと手をだそうとしたところだったのじゃが
「と……とりあえず、俺に任せてくれ」
あやつの眼も泳ぎ、動揺しておるのがすぐわかったのじゃ。
それでも照れくさそうにしている意味がよくわらんがのぅ。
「あら、やだわ。
わっちのところへ来てくれるのかしら」
姉貴はよく知らないあやつのことを何故そこまで好意を持っておるのかはわからんのじゃが、
妖艶な笑顔であやつを見ておる。
ますます顔が赤くなるあやつ。
「お……おぬし……
もしかして、姉貴に惚れたのか?」
「そんなことあるかー!
ちょっと思いついたことがあるんだけど、それが恥ずかしいだけだって」
あやつはそう言うと、大きく息を吸いこんで吐き出しておる。
そして、両手で頬を叩くと、また一歩前にでて姉貴に近づいていきおった。
「わっちといいことしましょうよ、そこのお兄さん」
恍惚の表情で手招きをする姉貴もさらにあやつに近づいてきたのじゃ。
「そ……それ以上近づくのは危ないのじゃ」
あやつに近づくのはたとえ姉貴でも……
じゃなくて、死なれてはワシはまた封印されてしまうのじゃ。
それだけは絶対にダメじゃ。
そう考えたワシはあやつと姉貴の間に割って入ろうとしたその時……
「こ……この、メス豚?が!」
あやつは言い慣れないのか言葉に詰まりながら何故か姉貴を罵倒し始めた。
その言葉を聞いた姉貴はビクンと身体が動いておるのじゃ。
ただその反応とは裏腹に顔はしかめっ面になっておるのぅ
「ん?
何を言い始めておるのじゃ、おぬし」
「いや……その……
ヒルダが罵倒されるのが好きって聞いたので……」
誰がそんなことをあやつに言ったのじゃ。
セバスチャンか?
セバスチャンがいる方を向くと、なんとも言えぬ笑顔でこちらを見ておる。
本当に変なことを吹き込みおって。
それに、その話を聞いたからって、生真面目に罵倒するのか、おぬしは。
ホントに素直というかなんと言うかのぅ……
「罵倒するならもっと勢いよくやらんと」
「そう言われても……」
その後も慣れない口調で姉貴を罵倒を続けておる。
ますます姉貴が苦しそうになってきておる。
そのことにあやつも気づいているのか、少し早口になりながら罵倒を続けているのぅ。
早く解放してあげたい一心なのじゃろぅ。
「えーっと……
お前のかーちゃんでべそ?」
「それは単なる悪口じゃ。
一生懸命にやろうとしていることはわかるがのぅ」
「えっ? 罵倒と悪口って違うの?」
「まぁ、いいのじゃ。
とりあえず、おぬしなりに考えてづづておくのじゃ」
その後もあやつなりの罵倒(?)を姉貴にぶつけておった。
変な言葉でも身体が反応しておるところを見ると、禁断症状ってところかのぅ。
封印している間はずっと浴びておらんかったとは思うしのぅ。
それでもいつもの姉貴なら嬉しそうな顔をするはずじゃが……
苦々しい顔になっているのは、まだまだ姉貴ではないってことかのぅ。
その様子を伺っていると、姉貴の周りになにやら紫色の濃い霧が浮かんでくるのが見えてきたのじゃ。
どうやらあれが姉貴を縛っているものかのぅ。
何かの呪いかもしれん。
「あれですか……
アグリ殿が仰っていたのは……」
セバスチャンがワシの横に来てぽつりとつぶやいてきた。
「何かの呪いかのぅ」
「たぶん、そうかと思います。
ヒルダ様が封印されていたあのソルトレットに何か仕込んでいたのでしょう」
こんな凝ったことをあいつがするかのぅ。
どちらかというと以前は正々堂々と力でということが多かったとは思うのじゃが……
ワシらを封印するころから、少しづつ変わってきておったのかもしれんのぅ。
「これはアスビモの差配かのぅ」
「直接かどうかはわかりませんが、その可能性が高いかと。
ゼド様だけでは難しいかと思います」
「うむ、ワシもそう思う」
そうこうしておると、姉貴は苦悶の表情のまま倒れ込んでおった。
あやつはというと、さらに顔を真っ赤にしながら、はぁはぁと肩で息をしておった。
「何をそんなに息が荒いのじゃ。
全然動いておらんじゃろうに」
「は……恥ずかしいんだよ。
罵倒することなんてやったことないし……」
「罵倒ぐらいするじゃろ?
クズな奴にはいくらでもするぞ。
姉貴は別じゃがのぅ」
罵倒することなんか恥ずかしいことなんか何もないのにのぅ。
それとも、姉貴と同じなのかのぅ。
「おぬし、罵倒される方が好きなのか?」
「いや、そんな趣味ないし!」
さらに顔を赤くするあやつ。
そんなにも罵倒することは恥ずかしいことなのかのぅ
あやつの世界ではまた別の意味もあるのじゃろうか……
「お嬢様、ヒルダ様のご様子が……」
あやつの顔が面白いことになっておるのを見ておると、姉貴にまとわりついておった紫の霧が異常に濃くなっていた。
その霧の周りは草木が枯れ始めておる。
周りの生命を吸いつくすのだろう。
姉貴もだいぶ吸われておるのじゃろうが、姿形が変わらなかったのは姉貴だからじゃろぅ。
その後も周りの草木や土の生気を吸いつくしていき、ますます濃くなっていく霧。
その霧は形を変え、姉貴の上に人型に立ち上がったようになりおった。
「ほほぅ……
この霧は意思をもっておるやもしれぬ」
呪いだけでなく自ら動こうとする霧とはのぅ。
この後何か仕掛けてくるかもしれぬ。
軽快を強めようとした矢先に、霧は鋭い刃となり、あやつ目掛けて飛び出していきおった。
「アグリ、危ないのじゃ!」




