第132話 出しゃばりおって、あやつめ ~ソフィアサイド~
「先を急ごうとしておるのに、なんかきおったのぅ」
シータに言って、転移魔法で移動しようとした矢先に、高速の光がこちらに向かってきおった。
その光がワシらの前で降り立つと、現れたのは……
「あなた方にはここで死んでいただきます」
「あーしはどうでもいいんだけど、命令だしね。
ちょー退屈なんだよねー」
なんかいきがっておるのぅ、こやつらは。
男女の魔族が殺気を立てて、ワシらに立ち向かおうとしておる。
「なんじゃ、お前らは?
ワシは先を急いでおるのじゃ。
邪魔じゃ、どけ」
ワシは少し焦りがあるのかのぅ。
スビモの伝言を思い出す。
弟のところへ、早く行きたいのじゃがのぅ。
イラっとした気持ちを二人の魔族にぶつけていたのじゃ。
「そう言われても我々も命令で来ておりますので、どくわけにはいきません」
男の方が丁寧な受け答えをしつつも、ワシらの前に立ちふさがる。
「そう言われてもじゃ。
ワシにはその命令とやらは関係ないのじゃ」
いろいろと言われてもワシは知らん。
右に左に動くものの、その度にワシの前に立ちおる。
いっそのことぶっ倒そうかのぅ。
そう思い始めたら、その男はさっと後方に飛び、少し距離をとりおった。
勘が鋭いのぅ。
「ねぇ、おばさんがゾルダ?
へぇー、これがあのゾルダって人なの?」
ワシを一瞥すると、魔族の男の方に確認をする。
しかし、ワシをおばさんじゃと?
「そこの女!
よっぽど死にたいのかのぅ」
全身に魔力を込めはじめ、一撃くらわそうとしたその時、
あやつが止めに入ってきおった。
「ゾルダ、ここでそれは……
街にも被害が出るって。
ジェナさんにも言われているだろ」
ここは街からは少し離れておるのに、あやつは律儀というか細かいのぅ……
「少しぐらいいいじゃろ」
「それじゃ、次からここにこれなくなるぞ。
祭りが楽しめなくなってもいいのか?」
「うむ……それは困るのぅ……」
こんな街ぐらいとは思ったが、祭りの出禁になるのはごめんじゃ。
「だろ?
だからここは我慢な」
我慢と言われてものぅ。
うーん、しかし、こやつらは邪魔じゃしのぅ……
どうしたものかのぅ。
「あっ。そうだ!
シータ、お前がやれ!
お前なら、街に被害出さずにやれるじゃろ」
ワシはなかなか加減が難しいしのぅ。
シータならその辺りは心得ておるじゃろ。
「ゾルダ様のご命令とあらばやりますが、無視していけばいいだけじゃないですかの」
「ついて来られても困るしのぅ。
ここで黙らせておけばその後が楽じゃろぅ」
「承知しました」
立ちふさがる二人の前にシータが立った。
「お前たち、悪いの。
さっきから。
どこのやつらかはわからんが、片付けさせてもらうからの」
「どこのやつらって……
あーしらは、ゼド様の配下の一人、クラウディアと」
「ラファエルでございます。
以後お見知りおきを」
お見知りおきをと言われてものぅ。
こんなザコたちの名前、いちいち覚えてられんわ。
「ゼド坊ちゃんのところのですかの。
それでもゾルダ様のご命令ですし、ここで倒れてもらいますの」
指を鳴らして戦闘態勢に入るシータじゃったが、その横にはあやつが……
「坊ちゃん?
なぜおいどんの横におりますかな」
「えっ?
だって1対2じゃ……」
あやつめ……
シータならこんな奴らの相手、一人で十分なのにのぅ。
勝手に出しゃばりおって。
「おい、おぬし。
邪魔じゃから、シータ一人に任せるのじゃ」
どかそうと声を掛けたのじゃが、あやつは二人に切りかかっていきおった。
シータの足を引っ張らなければいいけどのぅ……
剣を鋭く動かすその様は以前の無駄な動きも少なくなってきておるのぅ。
あやつも、武闘大会からさらに日々コツコツと訓練をしていたしのぅ。
ただ、それだけじゃ、あいつらは倒せんのぅ。
あいつらはあやつの剣を見切り、スッと避けていきおる。
しかし、その動きを見てシータの奴が魔法を放つ。
「サンダーアロー」
避ける先を予測して放たれる魔法は、的確にあいつらにヒットしていくのぅ。
さすがシータじゃ。
あやつの剣戟の隙をついての魔法。
うまくあやつを利用しておる。
「なかなかやりますね。
私たちもゼド様の一番の配下。
ここから反撃させていただきます。
いきますよ、クラウディア」
「えーっ、あーしは他の人と一緒に戦うの苦手なんだけどなー。
それに、この剣を振り回してるおっちゃんなら私一人で十分だしー」
魔族の男と女も反抗し始めるおった。
男は魔法を次々と繰り出し、シータを攻め込む。
シータはその動きも予測して、短距離転移魔法で避け始めるおった。
男の魔法も空砲ばかりになっていた。
女は短剣を両手に持つと素早い動きであやつに切りかかりおった。
あやつも剣で受けたり、ギリギリのところで避けたり。
危なかっしいところも多いのじゃが、致命傷になるところまではくらわずに済んでおるのぅ。
「うりゃー」
それにしてもあやつの声の勢いだけは満点じゃが……
もう少し考えて動かねば、当たるもんも当たんじゃろ。
武闘大会の時にワシを圧倒しそうになっていた剣戟はどこへ行ったのかのぅ。
良くはなってきているものの、あの時との差がまだまだ激しいのぅ。
それでも当たらない剣を次から次へと振り回す体力や精神力は見上げたものじゃ。
「くはっ……」
「うぅっ……、いたーい」
あやつの剣は当たらんが、支援に回ったシータが次から次へとあいつらを魔法で撃ち落としていく。
あいつらも徐々に追い詰められていっているようじゃ。
これなら、時間の問題かのぅ。
ただ、ワシは早く弟のところへ行きたいのじゃが、あいつらは本当に粘りおる。
ボロボロになりながらも、まだまだ敵意をむき出しにしている。
なかなかシータやあやつにも攻撃できないでいるのにのぅ。
たまに撃っている魔法もシータのカウンターで打消しされておる。
正直やるだけ無駄じゃろぅとは思うのじゃが……
「お前ら、これで分かったじゃろ?
今から引けば手出しはしないのじゃ。
そろそろ引いて欲しいのぅ」
あまりのやられっぷりと先を急ぎたい気持ちもあったしのぅ。
慈悲深いワシじゃらから、これぐらいは言っておかないとのぅ。
そう思い、止めるように促したのじゃが、その気配はない。
それどころか、男の方は少しニヤリと笑っておる。
その時に、あやつの剣の先が飛びあがって避けた男の方の当たりおった。
その反動でつけていたソルトレットを落としていた。
あやつの動きが急に鋭くなったのかのぅ……
それともあいつらの動きが鈍くなったのか……
と男の方を見ると、再び不敵な笑みを浮かべていた。
ん?
これは何かあるかもしれぬ。
落としたソルトレットを見ると、見たことある紋章があるのじゃ。
それに禍々しい魔力を感じるのぅ。
ワザとあの男は落とした節があるのぅ。
用心せねば。
しかし、あやつは当たったことを喜んでおった。
そして男が落としたソルトレットを拾おうとしておる。
「アグリ、それに障ったらいかんのじゃ!」
良からぬ気配を感じていたワシはあやつに声をかけるも時すでに遅しだったのじゃ。
ソルトレットの紋章が光始めると、薄暗い紫の霧が周りに立ち込める。
周囲が一瞬、音を失ったようじゃった。
ソルトレットから魔力が解放されていくのを感じたのじゃ。
そして、その深い霧の奥に人影が見え始めてきたのじゃ。
その影はあやつにまとわりつくと
「あら、いい男。
あんな小娘より、わっちの方がいいわよ」
聞きなれた声が聞こえてきたのじゃ。
「お……お前は……!」
その影は、ゆっくりと霧の中から姿を現した。
見間違えるはずがない。その姿、その声――
ワシのよき理解者でもあった、あの方じゃった。
その顔に浮かぶのは、ワシの知る優しさではない、見慣れぬ冷酷な笑み。
そして、その目に宿る、ワシに向けられた明確な憎悪じゃった。




