第131話 アスビモからの伝言 ~アグリサイド~
数日にわたって開催されていたラヒド祭も今日が最終日。
この数日何をしていたかというと――
『おい、見張りなんぞ最終日だけでよいのじゃ。
今日も祭りじゃ祭り』
朝早く起きるなり、上機嫌のゾルダに首根っこを掴まれる。
『ん……
まだ朝早いじゃん。
昨日も遅かっただろう。
もう少し寝かせてくれよ……』
眠い目を擦りながらそう言うも
『いいや、まだまだ足りんのじゃ。
存分に楽しまないとのぅ』
そしてそのまま、祭りに引きずり出される。
セバスチャンやシータは苦笑いしながら、それについてくる。
そんな光景が繰り返されていた。
ゾルダがそれほどまでに祭りが好きだったとは知らなかった。
でもよくよく考えると数百年封印されていて、その間何も楽しめなかったはず。
その反動もあって、楽しくて仕方がないのだろう。
そうそう祭りがある訳でもないし、今はゾルダの思い通りにやらせてあげよう。
なんか親心みたいなものが芽生えてしまい、付き合っていたのだったが――
「よし、今日は最終日じゃ!
名残惜しいが最後まで存分に楽しむのじゃ!」
今日もまた朝から元気のいいゾルダ。
「今日は最終日じゃん。
アスビモの商会の従業員たちに接触しないと……」
ここに来た目的は祭りではない。
アスビモの居場所を探すためだ。
そのことを忘れてしまってないかと思うほど、満喫している。
「そんなものは、ギリギリ最後でいいじゃろ。
撤収してから、街の外で脅せば一発じゃ」
「いやいや。
途中で帰られたりしたらどうするんだよ。
一応、祭りの間もそれとなく気にして見ていたけど……」
俺はゾルダに付き合って祭りを見て回ったものの、
気にはなるので、ところどころでアスビモの店を確認していた。
「で、どうじゃったのだ?」
「まったく帰る気配はなかったよ」
売れる気配も無いのにずっとその場に居続けた。
しかも客足もずっと変わらないまま。
「それなら、最終日も同じじゃろ」
「とはいえさ……」
さすがに最終日だし動きがあるのかもとは思う俺は、見張りをしようと提案する。
「なら、お前ら三人で見ておけばいいじゃろ?
ワシは祭りが終わったら街の外で合流するのじゃ」
しかし、ゾルダは譲らない。
俺たちを置いて、さっさと街に繰り出していった。
「マリー、ごめん、連日で。
ゾルダのこと、頼む」
俺はマリーにゾルダを任せることにした。
俺もこの数日付き合ってはいたものの、ずっと付き合っているマリーの疲労感は半端なかった。
本人曰く
『ねえさまと一緒なのは楽しいですわ。
でも、お父さまの言いつけが毎回が強くて……
何か事を起こさないように気が張ってしまい、疲れますわ』
とのことで、少しは楽しめてはいるものの、揉め事の仲裁やらセバスチャンへの報告だので精神的に疲れているようだ。
「わかりましたわ。
アグリの頼みですし」
俺の丸投げを快く引き受けてはくれているが、
その後、セバスチャンに捕まって、また何かくどくど言われていた。
「セバスチャンもそろそろ止めておきな」
「承知しました。
では、頼みますよ、マリー」
「はーい」
そう言うとマリーは急いでゾルダを追っていった。
「二人はごめんね。
祭り最後まで楽しめずに」
残ったセバスチャンとシータに謝ると
「いいえ、お嬢様が楽しみ過ぎかと。
今回はアグリ殿のご意見に私は賛成しています」
「おいどんも。
逃がしてしまったら、ここに来た意味がなくなるしな」
二人は俺の事をそうフォローしてくれた。
身支度を整えて、宿を出た俺たちはアスビモの店が出店しているところに行った。
そこからまたしばらく監視をしていた。
相変わらず動きはなく、そのまま最終日も終わっていった。
「何も変わったことはないですな」
シータは撤収作業をするアスビモの従業員たちを見て、クレプを頬張っている。
従業員たちは大量に売れ残った銅像を箱に詰め、荷馬車に積み込んでいた。
必死に作業をしている姿を見ていると、前世でアルバイトをしていた時のことを思い出す。
「まぁ、従業員たちは真面目だよ。
あのアスビモの部下とは思えないよ」
多くの荷物は手際よく積まれ、その場を出立した。
「出てきましたね。
追いましょう、アグリ殿」
セバスチャンに促されて追いかけることに。
ただ馬車と足では差があり過ぎて追いつけない。
それを見かねたシータが俺を抱きかかえた。
「坊ちゃん、しっかり捕まっていてくださいな」
浮遊魔法で浮かび上がると、スピードを上げて馬車を追っていった。
それはそれで助かるのだが……
「あの、シータ。
この恰好どうにかしてくれ」
お姫様だっこで抱えられた俺。
どうにも恥ずかしい。
「あぁ……
まぁ、でも急ぎですからの」
そのままさらにスピードアップして、馬車に追いついた。
馬車の前に立ち、俺を降ろしたシータは、アスビモの従業員たちを引きずり出した。
「手荒な真似はしたくないのでの。
あんたらの主人のアスビモの居場所を教えてくれんかの」
いやいや。
引きずり出すこと自体、手荒な真似だろ。
「シータ、待って。
もっと穏便に……」
シータを諫めると、アスビモの従業員に対して頭を下げる。
「ごめんなさい。
連れが手荒で……」
従業員たちを解放したところで、話を聞き始める。
アスビモ自身は神出鬼没で、従業員ですらどこにいるかわからないとのことだった。
上層部ならわかるかもしれないが、末端の従業員ではその姿を見ることも少ないという。
「なかなか厄介だな……」
「これですと、アスビモの居場所を特定するのは難しそうですね。
お嬢様にどう報告したものか……」
セバスチャンは状況を悩みつつ、次の事を思案していた。
すると、怯えた従業員の一人が話を始めた。
「あの、会頭ですが、実は中日に来られまして……」
どうやら、アスビモは中日にひょこっと顔を出していたらしい。
しっかりと見張っていれば捕まえられたのかもしれないのが悔やまれる。
従業員は震えたまま話を続ける。
「あの、それで、会頭のことを聞かれたら……
その人たちに伝言があると……」
従業員の怯え方は尋常ではなかった。
シータたちに怯えているというよりか、アスビモのことを思い出して震えているように見えた。
「それで、なんだ、その伝言って?」
嫌な予感を感じた俺は、従業員たちに伝言を催促した。
するとなんかくねくねしながら、顔に手を当てて話し始めた。
「えっと……
『私を追ってきているかとは思いますが、そんなことしている場合でしょうか。
私にかまっていると、弟君がそろそろ危ないことになりますよ』
……とのことでした」
ん?
それはもしかしてアスビモの真似か……
「やってて恥ずかしくない?」
「恥ずかしいですが、会頭からの強いご指示ですので……」
いつの時代でも、従業員も大変だな。
しかし、アスビモは俺たちがここに来ているってことを知っていたのか。
その洞察力は不気味さを感じる。
それに、わざわざアスビモが伝言を残すって、どういうことなんだ。
何とも言えない気持ちが頭の中を駆け巡った。
それにしても弟とは誰の事だろうか……
そう思い、セバスチャンに聞こうとしたが、顔色が変わっている。
目が泳ぎ焦っている様子が伺える。
ゾルダに弟がいたとは初耳だが、この様子だと深刻な状態なのかもしれない。
アスビモめ、何を考えているのか……
「どうしたんだ?」
セバスチャンに詳細を聞こうとところに、呑気な顔をしたゾルダたちが合流してきた。
「どうしたのじゃ、セバスチャン」
手には一杯の食べ物飲み物。
口にもいろいろと頬張っている。
祭りを十分に堪能しましたって恰好だな。
「はい。
アスビモの居場所は分かりませんでしたが、伝言がありました」
「何?
あいつが来ておったのか?
だからあれほど見張っておれと……」
どの口が言っているんだ。
お前は祭り祭りばっかりだったろうに。
「そんなこと言ってないだろ、ゾルダ」
「いや、確かに……」
「お嬢様、ご冗談はやめていただいて……
話の続きをさせていただきます。
アスビモからの伝言で、弟君が危ないとのことでした」
ゾルダのボケ合戦に入る手前でセバスチャンが割って入ってきた。
「何じゃと?
あいつ何をしたんじゃ……
ひっかかるあいつもあいつじゃが……」
「ちょっと待って、弟って……」
全くもって弟って誰かがわからない。
俺の知っている奴なのか?
「しかし、世話が焼けるのぅ。
でも仕方ないのじゃ。
急ぐかのぅ」
ゾルダは俺の言葉には耳も傾けずにその場を発とうとしている。
「承知しました」
シータがその言葉を聞いて、転移魔法を使おうとした。
「ちょっと、待ってください」
マリーが何かに気づき、魔法を中断させた。
「何か来ますわ」
すると前方から二つの光が近づいてきた。
祭りの灯が消えかけた夜空に、二条の異質な光が縦に走った。
そして、俺たちの前に降り立ったのは魔族の男と女だった。




