第129話 見張りと銅像とゾルダと ~アグリサイド~
「そろそろ、切り替えないとな……
たぶん、マリーがいるから無茶はしないとは思うけど……」
ゾルダとマリーを見送った俺は心配しつつも、アスビモが運営する商会が出店している場所へと向かうことにした。
「マリーにもきつく言っておきましたので、ご心配なさらずに。
お嬢様が暴れようとするなら、命を捨てて止めるはずです」
にこやかな顔で怖いことを話すセバスチャン。
「いや、そこまでしなくてもいいから。
それにゾルダとマリーと激突したらそれはそれで大変だし」
きつい言葉に思わずオーバーなリアクションをしてしまった。
そんな俺をシータとセバスチャンは変わったものを見るような視線を送る。
その視線に我に返った俺はこっぱずかしい気分になった。
「それはそれで面白いかもしれないの」
シータもシータでゾルダが暴れる状況を楽しみにしているような発言をする。
まぁ、そうならないことを確信しているから、そういうことを言うのだろうけど……
「いろいろ、ゾルダの事を考えると、頭が痛いよ」
「それは慣れていただかないといけませんね。
あれでもまだ以前に比べたら……」
ゾルダの傍若無人ぶりというか自己中というか……
あれでもまだ押さえている方なのね。
「もうそれ以上言わないで。
俺が耐えられないから……」
言いたいことを察した俺は、セバスチャンの言葉を遮った。
ゾルダたちのおかげで、魔王軍との戦いは楽できているからいいけど、
それ以外のところでは振り回されっぱなしだし……
「そろそろあいつらが店を出しているというところですな」
そんなことをゾルダの事を考えていたら、目的のところに到着した。
「さぁ、本当に切り替えて、仕事するか」
ぐっと背伸びをすると、対象の店舗を遠巻きに観察し始めた。
祭りが賑わう中、アスビモの店はというと……
「あっ……」
突然シータが声を上げる。
「何か動きがあった?」
「いや、店番が大きなあくびしてるなと。
あそこまで大きな口があくものなのかなと、ちょっとびっくしましたな」
「そんなことかい!」
思わずツッコミを入れてしまう。
そんなことしないとやっていられない状況だ。
「これ、正直見張っている必要あるのかな?」
「どこかで動きがあるやもしれません。
これだけ繁盛していないのも、何かの策略かもしれませんし」
セバスチャンは裏で動いていると見ているようで、
わざと客が来ないようにしていると考えているようだ。
「そういうものかな。
単に商売が下手なだけな気が……」
何せ店にあるのは……
アスビモの彫刻? 銅像?
フィギュアのようなものが所狭しと並んでいる。
しかも、随分と美化されている。
腕を組んで仁王立ちしているもの、ボーイズビーアンビシャスみたいなポーズ、
中にはウインクして投げキッスしているものもあったりする。
「これ、誰に需要があるんだろう……」
「坊ちゃんの言う通りですな。
あんなもの誰が買うんだかな。
わざとなのか、本気なのかよくわからんの」
シータもアスビモの商会の真意を測りかねているようだった。
「まぁ、考えてもよくわからないし……
とりあえずはこのまま様子を見るしかないのかな……」
その後も、しばらく様子を伺っていたのだが……
あの一角だけ祭りとは無縁のままだった。
ただただ何も起こらず、時間だけが進んでいく。
結局夜遅くまで見張っていたが、今日のところは動きがなかった。
「なんか妙に気疲れだけした気がする。
こんなことに付き合わせちゃってごめんな」
「それは仕方ありません。
お嬢様からのお話ですし、私には拒否権はございません」
セバスチャンは真顔でそう答えた。
シータは笑顔のまま
「右に同じく」
俺の言葉を軽くあしらっていた。
元とは言え、ゾルダは魔王であったのだ。
今も使えている二人からするとゾルダの言葉は絶対なのだろう。
「でも、これなら最終日だけ見張っていればいいんじゃないかな?
そうゾルダと話してみるよ」
「おいどんたちはゾルダ様次第だし、気にしなくてもいいんだな」
なんか二人とも達観している感じがする。
昔はもっと大変なこととかされていたのだろうか。
俺はその境地にはなかなかいけないな……
夜更けの街は昼間の祭りと打って変わっての静けさが広がる。
余韻が残るのは、露店が立ち並んでいる街並みだけだった。
その中を三人で静かに歩いて宿屋へ帰っていった。
「疲れたし、さっさと横になって寝よう」
コキコキと首を回し、右腕を数回ほぐしてから扉を開けた。
バタン――
「遅くまで、ご苦労じゃったのぅ」
「お疲れ様、アグリ……」
機嫌よく出迎えるゾルダ。
その手には大きな酒瓶を抱えていた。
「お前、まだ飲んでいるのか?
どうせ、昼からずっと飲みっぱなしだろう」
「今日はそういう日じゃぞ、祭りだからのぅ」
「お前は祭りじゃなくても年がら年中だろう」
疲れて帰ってきたところで、何も考えずに楽しんでいるゾルダを見て、余計に疲れが増してきた。
見張りが徒労に終わったこともあり、ゾルダに対してあれこれ言ってしまう。
「酒を飲んだって、しっかりしていれば問題ないのじゃ。
今日だって何もなく過ごしてきたのじゃ。
のぅ、マリー」
「は……はい、ねえさま」
その横でマリーは疲れ切った顔をしていた。
「なぁ、マリーが今にも倒れそうだぞ。
お前、なんかやったんだろう」
あれだけ言ったのにと思うと呆れてしまう。
しかし、疲労困憊のマリーは
「本当にねえさまは何も起こしてませんわ。
それは間違いないですわ」
懸命にゾルダを庇っていた。
「だってマリーさ、それだけ疲れていたら……」
「別に嘘も何も言っておりませんわ。
ねえさまは問題は起こしてません。
マリーが勝手に疲れただけですわ」
街にいても騒ぎが起きたとかは聞こえてこなかった。
もしゾルダがトラブルを起こしていたら、どこに居ても大きな音が聞こえてくるだろう。
だとするとマリーが言うことは本当なのかもしれない。
「わかったよ。
マリーを信じる。
ゾルダは信じないけど」
「ありがとうございます、アグリ」
なんとなく報われたという感じの笑みを浮かべるマリー。
対してゾルダは
「なんじゃと!?
一言余分じゃ!
ワシだって頑張ったのに」
さも自分がきちんとしていたかのように訴えるのだった。
どうせ、いつも通り気ままに動いて、マズかったところをマリーが止めていたのだろう。
ほんと、誰から構わず振り回してくれる奴だ。