第128話 ねえさまのお祭り探訪記 ~マリーサイド~
「さてと……
ようやく小うるさいあやつとも離れられてせいせいしたのぅ」
直前までアグリにあれやこれや言われて、機嫌が悪そうなねえさま。
それも祭りの熱気に当てられて、徐々に頬が緩んできましたわ。
「祭りなぞ、どんだけぶりかのぅ。
やっぱりワクワクするのぅ」
「そうですわね、ねえさま」
「昔はちょくちょく城を抜け出して、あちこちの祭りに行ったものじゃ」
アグリはお小遣いということで、お金をマリーに持たせてくれました。
お小遣いというよりかはねえさまの酒代を気にしてか、かなり多めですわ。
『無銭飲食されても困るし、暴力で解決されても困るし。
ジェナさんに迷惑かけないように』
不機嫌にそう言っていましたが、なんだかんだでねえさまに甘いです。
でも、それが異世界から来た方の慈悲深さなのかもしれませんわ。
街はあちこちに露店が出ていて、いつも以上の人の多さですわ。
ラヒドはもともと活気がある街ですが、それ以上に盛り上がっています。
威勢のいい声がこだまし、食欲をそそるいい匂い。
赤や青の布で飾られたきらびやかな屋台、黄金色の焼き菓子。
様々な色が街を彩っていますわ。
歓声やざわめきがいつまでも収まらず通りを埋め尽くています。
それに、いろいろな種族が入り乱れてて、中には魔族もちらほらいますわ。
魔族はいろいろな国と争っていますが、ここでの諍いはご法度ですから、表立っては暴れたりはしていないようです。
「よぅ、ねえちゃんたち、どうだい、なんか買っていかねぇか」
露店の男がマリーたちに声をかけてきましたわ。
「ん?
ワシか?
その手の類のものはいらんかのぅ……」
「なぁ、そんなこと言わずに。
となりの娘さんにでも、どうだい?」
「はぁ?
誰の娘じゃと?」
ねえさまは男の言葉に反応して、お怒りです。
この露店の男、もう少し上手く取り繕っても良さそうですが……
「あんたの娘じゃないのかい?」
さらに怒らせるようなことを言いますね。
もう知りませんよ。
「ワシが子持ちに見えるのか?
お前の目は節穴なのかのぅ」
怒りがさらに増したねえさまの手に魔力が集まっているのを感じます。
「ね……ねえさま!
それはおやめください」
ねえさまは、母親扱いに怒っていますけど……
見た目はどう見ても年上ですから仕方ないですわ……
母ほど離れている訳ではないのですが……
と、こんなこと、大きな声では言えません……
それに、思わず顔がひきつりそうになりましたわ。
それはそれとして、お父様からもきつく言われておりますし、アグリにも頼まれました。
ここでねえさまにはぐっと押さえていただかなければ……
「あなたも買ってほしいなら、もっと言葉を選びなさいませ」
露店の男にそう告げると、怒り心頭のねえさまの背中を押して
「こんなところではなく、別のところ行きましょう」
と言って、その場から立ち去りました。
その場はなんとか乗り切りましたが、ねえさまはしばらくそのことをネチネチと仰ってました。
「ワシがそんな年齢に見えるのか?
普通は姉妹じゃろ、姉妹!」
「そうですわね。
ねえさまはマリーのねえさまですから」
「そうじゃろ?
なのにあの男は……」
ねえさまの機嫌を直しつつ、人ごみにあふれる通りを進んでいきます。
あちこちから食欲をそそる匂いが漂ってきます。
「ねえさま、あれが美味しそうではないですか?
マリー、見たことがないですわ」
「どれじゃ?
あぁ、あれか……
薄い生地に果物や甘いものをつけたものじゃな。
えっと、なんかあやつが言っておった気が……
クレプ?とか言う食べ物に似ておるとか……」
「アグリの世界にもあるのですね?
マリーも食べてみたいですわ」
異世界の食べ物に似ているというものであれば、食べないわけにはいきませんわ。
マリーの分と、ねえさまの分とを買って食べながら歩きます。
「これは美味しいのぅ。
甘くて濃厚じゃ」
「はい、ねえさま。
なんだかマリーは異世界にいった気持ちになりますわ」
「あやつは向こうでこんなものばかり食べておったのかのぅ」
(そんなことあるわけないだろ by アグリの心のツッコミ)
食べ物の力は偉大ですわ。
不機嫌だったねえさまも、あっという間に、にこやかになっていきます。
あちらこちらに並ぶ食べ物を次から次へと買っては食べていきます。
マリーも付き合っていろいろ食べましたわ。
ここの街のものはどれも美味しく、どれだけでも食べられます。
「ふぅ……
どれもこれも美味しいのぅ。
もう食べるのはいいかのぅ。
次は、酒じゃ」
ねえさまなら、当然そうなりますわね。
お酒も露店に出ているものも多くあります。
野外に椅子やテーブルを置いて、その場で飲める青空酒場のようなお店もありますわ。
ねえさまは一番近い店に入ってお酒を注文をします。
「適当に美味しい酒、持ってきてくれるかのぅ」
お店の人が運んできた酒を上機嫌で飲みほします。
マリーも少しだけお付き合いしています。
今日はねえさまを独占出来てそれはそれで嬉しいのですが、
お父様から厳しく言われていることがあるので、気を抜くことが出来ませんわ。
ねえさまだって、意味もなく暴れたりはしないのですから、そこまで言わなくてもとは思います。
現に、今だって……
と思っていた矢先
「よぅ、そこの女ども!
俺たちのところへ来て、一緒に酒飲もうぞ」
「お酌しろ、お酌!」
酔っ払いの男数人がマリーたちのテーブルに近づいてきますわ。
なんとも命知らずな方がだですわ。
それでも、酔っぱらって機嫌のいいねえさまは
「ん?
何じゃ、お前らは。
ワシはワシより酒の弱い奴は相手にせんぞ」
怒ることもなく軽くあしらおうとしていましたわ。
でも、ホッとしたのもつかの間、酔っ払いたちは
「おぉ、いいね。
オレも酒は負けたことがないぞ。
飲み比べで勝負しようじゃないか!」
とねえさまを嗾けます。
「飲み比べか……
負けたほうが、ここの驕りじゃな。
よし、のったのじゃ!」
ねえさまは酔っ払いの煽りに乗っかり、飲み比べを始めてしまいましたわ。
まぁ、暴力で解決したり、暴れたりしないようには言われていますが、飲んでいる分にはいいかもしれませんわ。
それに……
「おい、店主!
まだ足りんぞ。
じゃんじゃんもってこい」
「うぷ……
ねぇちゃん……強いな……
でも、負けるわけには……」
ねえさまはどんどん飲んでいくのに対して、酔っ払いの男はペースが落ちてきています。
次第にその男は飲めなくなり、酔いつぶれてしまいます。
まぁ、当然の結果ですわ。
「なんじゃ、情けないのぅ。
まだまだいけるぞ!
これで、お前の驕りじゃな」
その後もねえさまは飲み続けています。
さすがにこの男の財布も無限ではありませんし、そろそろ止めて出ていった方がいいですわね。
「ねえさま、そろそろここは出ていきましょう。
お勘定は、この酔っ払いで良かったですわね」
「えっ?
もう行くのかのぅ。
せっかくのタダ酒なのにのぅ……」
「見ず知らずの人と飲み比べて勝ったからとはいえ、
相手もお支払いが大変ですわ。
そんなことがお父様に知られたら問題ですから、ほどほどにしましょう」
「仕方ないのぅ……」
ねえさまの顔は赤くなってはいるものの、意識ははっきりとしています。
席からスッと立つと、しっかりとした足取りで歩いていきます。
これなら問題は起こしてないですわよね……