第118話 この陣形は…… ~シータサイド~
トルヴァルド・オーノという将が、地図を広げて現状の説明を始めた。
「今は大きな戦闘は落ち着いている。
だが、それは相手が攻めてきていないというだけの話だ」
どうやら、次の戦いに向けて準備をしている、ということだろうかな。
トルヴァルドは説明を続けた。
「こちらとしても、ある意味助かっている。
今は戦力の再編を進めているところだ」
「……あの、相手――魔王軍の将は、誰か分かっていますか?」
ゾルダ様が『早く聞け』とプレッシャーをかけているの伝わってきたようで、
それを察した坊ちゃんが、魔王軍の状況を確認した。
「それが……よくわかっていないんだ。
どうやら後方で指示だけ出しているようで、表にはまったく出てこない」
「そうなのですか……」
「それに……今までにないような戦術、というか、やり方をしてきているんだ」
困惑した表情を浮かべながら、トルヴァルドは地図のあちこちに駒を置き始めた。
「ここと、ここと、ここと……
相手が攻めてきて、そのまま陣を張っているところだ。
重要な拠点もあるが、そうでもないところもある。
そこに異常なほどの戦力を割いている」
この配置――
どこかで見覚えがあるような気がするのだが……なんだったかのう。
「重要じゃないところも……ってことは、その位置に何かしらの意味があるのでは?」
坊ちゃんは魔王軍が何か企んでいると勘ぐっている様子のようですな。
確かに、それはあるかもな……
早く、おいどんの記憶にひっかかる何かがわかればいいのだがのう……
あれでもない、これでもない、と記憶の隅々を探しているのだが……
あともう少し探せば思い出すかもしれない。
「それも考えて調べさせたのだが、特に何も見つからなくてな。
何かしら意図があるとは思うが、そこが分からない以上どうしようもない」
「アスビモがいるか、もしくはそれに手引きされた者がいるって考えれば、
何か策を考えているのだろうと思います」
「それはオレもそう思っている。
だから、それぞれのところの奪還をしようとしているのだがな……
戦力が想像以上に厚くてな」
トルヴァルドも、それなりに考えた上で戦略を取っているようだ。
相手の陣形を崩そうとしているわけだな。
「それで、俺たちは何をすればいいのかな?」
坊ちゃんは状況を理解し、その陣形を崩す戦いに強力しようとしているようだ。
ただ、それだけで済めばいいのですがのう……
「それで、勇者様ってところを見込んでなのだが……
一番堅牢な陣、この場所の奪還をお願いしたい。
出来るか?」
悩んだ顔をしている坊ちゃんは、チラチラとゾルダ様のことを見ている。
ゾルダ様はやる気満々で、『受けろ受けろ』と坊ちゃんにプレッシャーをかけていた。
「できるか分からないけど……やってみます」
ゾルダ様に押し切られる形で、坊ちゃんは渋々ながらも引き受けることにしたようですな。
「ありがとう。助かるよ」
トルヴァルドは坊ちゃんの手を両手で握り、深く感謝していた。
「あと、条件というか……
その周辺の敵陣についても、こちらに任せてもらえないでしょうか?」
少々無謀な条件をと思っておりましたが……
ゾルダ様の方を見れば、とニヤニヤしておられる。
これもゾルダ様の入れ知恵だったかのう。
坊ちゃんはそれでいいのだろうか。
「それはこちらも助かるが……平気なのか?」
「まぁ、なんとかなるかと……」
苦笑いしながら言いよどむ坊ちゃん。
まぁ、ゾルダ様であれば楽勝でしょうし、おいどんたちもいますから大丈夫ですな。
気にし過ぎです、坊ちゃん。
それから一通りトルヴァルドの戦略と進め方を確認し終え、陣を後にした。
その間も、おいどんはあの陣形について、思い出そうと必死になっておりました。
「ふぅ……」
大きなため息をつく坊ちゃん。
その横には満面の笑みのゾルダ様。
「おぬしにしては、よくやったのぅ。
これでワシらも暴れられるのじゃ」
「”ワシら”じゃなくて、お前だけだろ、ゾルダ」
「そんなことはないのぅ。
なぁ、マリー、セバスチャン、シータ?」
ゾルダ様がおいどんたちに同意を求めてくる。
「ねえさまの助けになるのであれば……。
でも、アグリを困らせるのはちょっと……」
「私もお嬢様のご随意のままにとは思いますが……
やり過ぎるのは少し注意していただければ」
「……」
考え込んでいたおいどんは、即座に反応が出来ませんでしたな。
「シータ、何を考え込んでおるのじゃ?
ワシのやり方が気に食わんのか?」
少しばかり目を吊り上げられたゾルダ様がおいどんに顔を近づけてくる。
「い、いえ……
ゾルダ様なら楽勝と思っておりますが……」
「だが、なんじゃ!」
「先ほど見た陣形に、見覚えがありましてな。
あともう少しで思い出せそうなのですが、なかなかと思考回路がつながらなくてですな……」
そこがわかれば相手の企みもわかるはずなのですが……
思い出せないおいどん自身に、少しイラッとしますのう。
「シータ、そうなの?
相手が何してくるのがわかれば、もっと対策がとれそうだけど」
「はい、坊ちゃん。
おいどんも、そう思って考えているところなのですが……」
「そんなことどうでもいいじゃろ。
ワシの力なら、何を企んでおろうが知ったことないのじゃ」
相変わらずの自信でごわすな、ゾルダ様は。
「ゾルダの力があるのは分かっているけど、念には念を入れてさ。
罠に嵌るよりいいじゃんか」
「まぁ、そうかのぅ。
念のためと言うのであれば聞いておいても損はないかのぅ」
坊ちゃんはゾルダ様の気持ちをわかってらっしゃるというか、凄い手綱さばきですな。
昔ならゴリ押しされて、誰も逆らえないお人でしたのに。
あの魔族が反乱を起こした時も……
「あっ……」
あの頃のゾルダ様を思い出したその時、陣形のこともふっと蘇ってきましたな。
「この陣形はあの時の……」
「シータ、何か思い出したの?」
坊ちゃんがおいどんの様子を見て、何か気づいたことを感じてくれたようで。
「これは、転送転地の術式の陣形ですな」
「転送転地?」
ゾルダ様とぼっちゃんとマリーが三人同時に疑問を投げかけてきた。
なんと息の合っていることかの。
ってそんなことに感心してる場合ではないですな。
「はい。
この術は、同じ陣形を組んだ二つの場所を入れ替えることができるのです。
魔族領で陣形の周りに大規模な戦力を用意してそこに飛ばすのかと。
同時にさらに大規模な戦力を陣の中に配置して、こちらに飛ばす。
すると、こちらの戦力も増大して、ここを拠点に侵攻が可能かと思いますな」
「えーーーーっ。
それって、大変じゃん」
「そうですな。
発動させないためにも陣形を崩すのは必要かとは思いますな」
慌てる坊ちゃんですが、ゾルダ様はますますニヤつきが止まっておりませんな。
「そのまま向こうに飛ばされてみるのも楽しいかもしれんのぅ。
何せゼドの奴の近くに行けるかもしれないしのぅ」
「そんなことしたら、こっちはどうするの?」
「そんなことワシの知ったことか」
「今の魔王と戦うのも大事だけど、まずはここをしっかりと守らないと。
そっちはその後でもいいだろ。
お願いだから」
先ほどはゾルダ様を上手く御せていたように思いましたが、思い違いだったかもしれませんのう。
より多くの敵とやり合いたいゾルダ様のやる気が勝っているようで……
もう少し上手に言えばいいのにと感じますのう。
「向こうへ行ってしまえば、こちらにいるかもしれないアスビモはどうなされますか?」
「あっ、そうじゃった。
まずはアイツじゃ」
セバスチャン殿が上手にゾルダ様の気を引いてくれたことで収まったようでした。
「とにかく、トルヴァルドと話した通り、陣形を崩すことを優先しよう。
一番戦力が厚いところに、アスビモがいる可能性が高い。
まずは、そこから落としていこう」
そう言って落ち着いた表情を見せた坊ちゃんは、要となる敵陣へと向かっていった。