第117話 日出る地の将 ~アグリサイド~
ジョードの城の門番に前線の拠点を教えてもらった俺たち。
その拠点に向かうことにした。
「ふん!
なんだここの領主は。
増援が来ないからといって引きこもるとはのぅ。
ケツの穴が小さい奴じゃ」
「お嬢様。
その表現の仕方はいかがなものかと」
セバスチャンが言うのももっともな話。
ケツの穴とは、言い方もよくない。
もっと他の言い方もあるだろうに。
「事実を言ったまでじゃ」
ゾルダはそれでも我が道を行くって感じだ。
少しぐらいはセバスチャンの話を素直に聞いて欲しいとは思う。
「引きこもっているのもなんか本人からしたら何かあるのだろうから……
そんなに厳しく言わなくてもいいんじゃないかな」
門番から聞いた感じだと、あながち領主様が悪いという訳ではなさそうに感じる。
両方から話を聞いてないから確実に判断できないけど。
それにここは首都からは遠いし、伝令をやりとりするにしても時間はかかる。
その辺りのお互いのズレという感じではないだろうか。
「おっ、あそこですな、ゾルダ様、坊ちゃん」
シータが指し示す先に、拠点らしきものが見えた。
その拠点は、所謂戦国時代の合戦の陣、そのものだった。
本陣の近くまで来た俺たちは、近くに居た兵に声をかけた。
「あの……
ここの指揮官にお会いしたいのですが、いらっしゃいますか?」
「誰だ、お前は?
こんな前線にのこのこと。
危ないから、さっさと帰れ!」
戦況も良くないのかピリピリしていた兵は声を荒げる。
その言葉遣いにまたゾルダが怒りを増幅させてしまう。
「お前、このワシに向かって……」
さすがに俺もこの言葉にはカチンとくるものがあるが、事を荒立てても仕方がない。
自分の心も沈めて、ゾルダもなんとか宥めていく。
「一応、首都から国王の依頼で来たのですが……」
その言葉を聞くと兵は
「た……大変申し訳ございませんでした」
と謝り、膝に顔がつくぐらい腰を折り曲げた。
「最初に俺が言わなかったのが悪かったので……
それで、ここの指揮官は……」
「はい。
この陣の奥にいらっしゃいます。
ご案内しますので、こちらへ」
普段は丁寧な対応をする兵士なのだろう。
前線で疲弊していれば、心もすさむし、ちょっとしたことでもイラつくのだろう。
人としては当たり前か。
こう言う時も冷静に対応できる人って、よっぽどの人だとは思う。
こうして陣の奥に案内された俺たちの目の前に現れた指揮官。
これもまた格好としては戦国武将のような出立の人だった。
「ようこそお出でなさった、客人。
ではないな……勇者様だったかな」
笑顔で出迎えた指揮官は、そのまま話を続ける。
「オレはトルヴァルド・オーノ。
国王の命を受けて、ここで指揮をしている」
「初めまして。
俺はアグリ。
アグリ・イワシロだ」
「さらにアグリはこの世界に呼ばれた転移者なのです。
そして、この世界を救う勇者様なのですわ!」
マリーがドヤ顔で俺の後に続けて話始めた。
「マリー……
別にそんなことを言わなくても……」
「アグリはもっと自己主張しておくべきですわ。
足りないのでマリーが補っただけですわ」
別に俺は主張するつもりはないんだが……
なぜマリーに怒られないといけないのか。
「はっはっはっはっは。
まぁ、お前が勇者なのは知っているし、言われなくても分かっているよ」
口を開けて大きく笑うトルヴァルド。
「国王から派遣されたのか?
その割にはこの地方らしい格好しているようだけど」
首都から来たのに違和感がある姿だったので、それをトルヴァルドに聞いてみた。
「あぁ、オレはここの出だからな」
確かにオーノと言う家名だったっけ。
トーゴーとかオーノとか、比較的日本の苗字に近い響きの家名だ。
「それでか……
ここは俺がいた世界の日本と言う国の昔の雰囲気がするところなんだけど……」
「何?
日本?
それは本当か?」
なんだかものすごく話に喰いついてきた。
やっぱり日本に関係しているのだろうか。
「俺のいた世界となんか関係があるのかな?」
「オレも言い伝えでしか聞いてないから詳しくは知らないのだが……
大昔、お前のような転移者が築いた街だと聞いている。
その転移者が日本というところから来ていたらしく、そこでの街づくりを参考にしたとか」
やはり日本から来た転移者が関わっているらしい。
その話を聞いてマリーは目を輝かせている。
とりあえず、マリーは放っておこう。
「へぇー、そうなんだ。
そんな昔から俺みたいに転移で来た人がいたんだ。
その人たちはどうやってこっちの世界にきたんだろう……」
俺自身は召喚術みたいなのでこっちにきたけど、以前の人たちはどうだったのだろう。
ふと疑問に思った。
「そういったことは何も伝わっていないかな。
ただ大昔に戦争やら飢饉やら疫病やらで人が多く死んだことがあったらしく……
その時に大量に召喚されたこともあったとか。
たぶん、その時にここに来たのが、オレたちの先祖様じゃないのかな」
しかし、人を補充するみたいに召喚術が使われていたのか。
それはそれで勝手に転移されてきた人も大変迷惑だったろうに。
そんなことは今もやっているのだろうか……
「今も俺の他に転移者はいるのか?」
「残念ながら今はいないと思う。
召喚術は今は国管理の術なので、やるとしても国としてだな。
だからこの国ではお前ひとりだけだろう。
もっとも……魔族たちや他の国は知らんがな」
魔族?
その言葉を聞いた俺はゾルダの顔を見た。
ゾルダはブルブルと首を横に振っている。
身に覚えがないのだろう。
その様子を見ていたセバスチャンが俺にそっと耳打ちをしてきた。
「私が知る限りでは、魔族側では使ってはおりません。
ゼド様も人族とは相いれない部分が多いと仰ってましたので、使ってないかと」
それもそうか。
人族と相いれないから戦争をしているのであって、そんな奴が人を頼るってこともないだろうし。
「トルヴァルドさん、いろいろと教えていただきありがとうございます」
「いやいや。
この地方に興味を持ってもらえるのは嬉しい。
それにオレたちのルーツは一緒だし、親しみも出てくる。
今後ともよろしく」
「いえいえ、こちらこそ」
元の世界に繋がるものを感じとれたし、なんだか妙な懐かしさも感じたし。
他の場所にもこういうところはあるのだろうか。
そういったところがあるなら行ってみたいなとは思った。
そんなことをしみじみと思っていたのだが、鋭い視線を感じた。
ゾルダである。
早く状況を聞き出せと言う無言のプレッシャーをかけてくる。
その様子に慌てた俺は
「あっ……
それで、今回はそう言う話をしたくて来たわけじゃなく……
俺たちが来た目的はここにアスビモという魔族が来ていると聞いたからなのです。
ここでの戦闘の状況も確認したかったので、領主様にお会いしようと思ったのですが……」
そのことを聞いたトルヴァルドは大きなため息をついた。
「サイラスのことでご迷惑をおかけした。
すまん」
領主に対して呼び捨てをしているトルヴァルド。
いいのだろうか。
「領主様はサイラス様とおっしゃるのですか」
「おっと……
つい昔の癖で呼んでしまった。
サイラス様はオレの幼馴染でな……
つい立場を弁えずに呼び捨てに」
そういうことか。
領主と幼馴染と言うことはトルヴァルドもここでの地位もそれなりにある家なのだろう。
「公衆の場ではないので、いいのではないでしょうか」
「そう言っていただけると助かる。
あいつには内々にきちんと言っておくよ」
「領主様には会えなかったのですが……
門番の方にこちらに来た方が状況をがわかると教えていただきました」
「了解した。
ここでの状況をお伝えして、あなたにも協力をいただけると助かる」
トルヴァルドはそう言うと、机に地図を広げ始めた。