第116話 領主様は引きこもり中 ~セバスチャンサイド~
お嬢様はさておいて、私たちを封印したアスビモのことです。
いろいろと嗜好を凝らして待ち構えていることでしょう。
些細な事でもいいので、前線を担っているここの領主様にでも、情報をいただかないと。
アグリ殿もそのような思いであるのでしょう。
まずはトーゴ一族がいる城へ向かい、入口の門番に面会を求めます。
「あの……
首都から国王の命で来た者です。
領主様にお会いすることは出来ますか?」
アグリ殿が門番にそう尋ねると、怪訝な顔をした門番は
「少々お待ちください」
とぶっきらぼうに応えて中に入っていきました。
これは何かあるのかもしれませんね。
私たちはあまり歓迎されていないように感じました。
しばらく待ちますが、一向に門番が帰ってきません。
お嬢様がそれに苛立ち始めます。
「どうなっておるのじゃ、ここの領主とやらは。
いつまでも出てこぬではないか」
「まぁ、まぁ、少し落ち着きなよ、ゾルダ。
何か事情があるんだって」
のんびり待っていたアグリ殿も慌ててお嬢様を落ち着かせようとしています。
ただ、それぐらいで聞くようなお嬢様ではございません。
「ダメじゃ、なっておらん。
もう今すぐここを壊して出てきてもらうのじゃ」
「いやいや。
そんなことしたら、俺が捕まるし、殺されちゃうよ」
「おぬしだって、ここらの人ぐらい、簡単に捻りつぶせるじゃろ。
そうなったら遠慮することはないのにのぅ」
「郷にいては郷に従え。
だよ。
ここのルールはきちんと守らないと」
アグリ殿は自分の力を見せびらかす訳ではなく、あくまでもここのルールに則るということなのでしょう。
真面目なアグリ殿らしいです。
「ワシにとっては強い者がルールじゃ
そんなことは知らんのじゃ」
まぁ、お嬢様はそうなりますね。
魔族の国ではそれがルールですから。
でももう少し現地のことをわかって臨機応変にこなしていただきたいものです。
「お嬢様。
魔王のころはそうでも良かったかもしれませんが、今は人の世界に身を置いております。
出来る限り、その場のルールやしきたりは守るようにお願いいたします」
「じゃが、ここで待っている時間がもったいないのじゃ。
このワシを待たせるのじゃからのぅ」
「その『ワシ』は、今はもう魔王でも何でもない一平民でございます。
立場と言うものが存在しないということだけはご理解いただけないと……」
「うぬ……」
そんなやりとりをしていると、ようやく門番が顔を出しました。
「領主様は今は誰ともお会いにならないとのことです。
お引き取りをお願いいたします」
定型文なのか感情が籠っていないその言葉は、私でも少しカチンときます。
案の定……
「ここまで待たせておいて、会わないじゃと?
お前はワシを誰だと思っておるのじゃ!」
お嬢様が門番に食って掛かります。
慌ててアグリ殿が間に入って、お嬢様を鎮めようとしています。
その傍らで
「もしよかったら理由を教えていただけないでしょうか?」
門番に優しく話しかけます。
こういうところも忍耐強いアグリ殿と言ったところでしょうか……
「理由は……」
少し言い淀んだ門番でしたが、覚悟を決めたのか堰を切ったように話し始めた。
「我が領はしばらく前から激戦地になっており、国王様には何度も増援をお願いしていました。
しかし、なかなか増援はこず、戦禍は広がるばかりです。
国から見捨てられたと考えた主様は、もう引きこもることを決められたようです。
何度かあなた方が来る前に国王の使者が来ておりましたが、すべて門前払いでした。
私としては戦況が変わるのであれば受け入れていただきたいのですが、主様は頑なでして……」
どうやら、説得を試みていたようですね。
それで時間がかかっていたということなのでしょう。
「わかりました。
そうであれば仕方ないですね。
今、戦況はどうなっているかわかりますか?」
「申し訳ございませんが、私にはわかりません。
一番最初に来られた将が、ここから少し先のところで陣を張っておられますので……
その方であればわかるかと思います」
「ありがとうございます。
では、そちらへ伺ってみます」
アグリ殿はお嬢様の暴走を押さえつけながら、門番と話をして情報を引き出していました。
お嬢様も力押しだけでなく、こういったことも覚えていただけると大変ありがたいのですが……
「ゾルダの強引さはなんとかならないかな……
とりあえず、ここで待たなくても良くなったから。
あっちの方に指揮している人がいるみたいだから、そっちへ行こう」
「ここの領主とやら、覚えておけよ。
アスビモの次はお前じゃからな」
「そこまで言うほど?
領主様には領主様の考えがあるんだから。
ゾルダが恨むことも無いのに」
お嬢様の言葉は反射的に出ただけで、そこまでの憤怒ではないかと思います。
たぶんこれぐらいのことではすぐ忘れてしまうと思います。
「もう、これは余計に暴れたくなったのじゃ。
すぐに前線へ向かうぞ」
気持ちが逸るお嬢様はすぐにでも戦地へ赴きたいばかりです。
マリーやシータはそんなお嬢様を見て見ぬふりで止めようとしません。
なんなら自分たちも一緒に暴れよう……という考えなのでしょう。
「待ってくれよ。
すぐそこに指揮官がいるみたいだから、せめてその人の話を聞いてからにして」
お嬢様の腕を引っ張り止めるアグリ殿。
それでも数十メートルは引っ張られてしまいます。
「お願いだから……
なぁ、マリーも止めてよ」
止まらないお嬢様をなんとか宥めようと必死です。
いつもならそういうお嬢様を見ても何もしないマリーでしたが……
アグリ殿に言われて一変します。
「ねえさま。
気持ちは分かりますが、もう少しだけ待ちましょう。
アグリもこう言っているんだし」
積極的にアグリ殿の助けになることを始めました。
あれだけお嬢様には逆らわなかったマリーだったのでびっくりしました。
ただ、まぁ、アグリ殿がマリー憧れの異世界人なので、そうなるのも分かる気がします。
「マリーがそう言うなら、仕方ないのぅ」
お嬢様もマリーには甘いですからね……
「ありがとうございます、ねえさま。
……
で、どうでした、アグリ?
マリーはあなたのお役に立てましたか?」
憧れの異世界人のお役に立てたとご満悦なマリー。
アグリ殿の手を両手で握りながら同意を求めます。
「う……うん、そうだね。助かったよ」
その行動に戸惑い気味なアグリ殿。
無難な言葉切替していましたが、内心はマリーの豹変に驚かれているのかとは思います。
本当に我が子ながら、露骨すぎる態度は改めていただかないといけません。
その後もアグリ殿にベッタリするマリーの間にお嬢様は割って入り
「マリーのおかげでもあるが、ワシが聞き分けが良かったのが一番じゃ。
ほれ、おぬしもワシを褒めよ」
「あーっ、はいはい
ゾルダが一番だよ。
助かったよ」
棒読みのような感情の起伏がない言葉を発するアグリ殿。
いつもなら、ここで突っ込むお嬢様のはずですが……
今日は少しおかしいようで、その言葉が嬉しかったようで、満面の笑みを浮かべております。
本当に女心はよくわかりません。