依頼がこない六日目
「依頼がきた時の為に、シミュレーションをしとくのはどうですか?」Qちゃんがアイスを食べ終えて言った。
「別に、なにかするわけじゃないから必要ないんだけど」ミンチは答える。
「いやいや、いりますよ。それがリピートにも繋がりますし、評判にもなるんですから。一つ一つの仕事をきっちりこなすのは、大事やと思います」
「良いこと言うっすね」ナナ氏はアイスの最後の一口を食べ終えた。アイスを買ってきたのは、ナナ氏だ。ミンチの家の冷凍庫に残りが入っている。
「それじゃ、依頼内容は動物園に一緒に付いて来て欲しい、でやりましょう。うちが客をやりますんで、ミンチさんは、本番やと思ってやって下さい」
「うん」便利屋を開業してから、六日が経ったが、一度も依頼が来ていない。その間、仕事を一切していないので、暇をしていたミンチだった。
「けっこう、暑いですね」Qちゃんは椅子に座ったまま周りを見渡した。
「そうですね」ミンチは答える。
「動物園に来たことはありますか?」
「修学旅行で来た事があります」
「プライベートではあまり来ないんですか?」
「来ませんね」
「見てください。ゴリラですよ。どうですか?」
「ゴリラですね」
「うち、ゴリラが好きなんです」
「そうですか」
「…………。好きな動物とかおりますか?」
「ネコなら可愛いと思う時もあります」
「ライオンとかは、好きですか?」
「別に」
「うち、ライオンが小さくて、牙とか爪が鋭く無くて、肉食じゃなかったら、可愛いと思います。家でも飼いたいくらいです」
「そうですか」
「…ちょっと待って下さい」Qちゃんは顔の前で片手を何度も振った。「ふざけとるんですか?」Qちゃんはミンチを睨む。
「ふざけてないよ」ミンチは答える。
「そんなんやったら、絶対、文句言われますよ。一人で行った方が楽しいもん」
「そうかもね」
「僕がお手本を見せるっすよ」ナナ氏が言った。
「うちが見せようと思ったのに」Qちゃん不満を漏らした。
「いいから。いいから。あれが、ラクダっすよ」
「ラクダってなんであんなおもろい顔なんやろ」Qちゃんは直ぐにのった。
「ちょっと、便利屋に向かって、そんな口の利き方をするんすか?」
「便利屋に依頼してあんたが来たら、こんな口の利き方や」
「そっすか」ナナ氏は少し不満そうな顔をした。
「暑いのに耐える為っすよ」ナナ氏は少しおどけて話した。
「顔が関係あるんか?」
「そりゃ、そうっすよ。アザラシや白熊は涼しい顔をしてるんっすから」
「暑いのに耐えたら、おもろい顔になるんか?」
「そう見えるってだけっすよ」
「テキトーなこというやっちゃな。ラクダのコブに何が入っとるか知っとるか?」
「脂肪だったはずっすよ」
「脂肪があったら、余計暑いやろ」
「食べ物も水も殆どない砂漠だから、脂肪から栄養を貰っていたはずっす。あと、全身に脂肪を纏わずに、一か所に纏めて暑い箇所を減らしているらしいっすよ」
「賢いな。見どころがある」
「ラクダに言ってるんすか?あったら、どうかなんすか?」
「それやったら、南極のラクダのコブに何が入っとるかしっとるか?」Qちゃんは質問を無視した。
「いないっすよ」
「おったとしたらや。勿論、シュッとして涼しい顔しとるで。まつ毛も長いし、なかなか、恰好ええ感じになっとる」
「脂肪なんじゃないっすか?食べ物少なそうっすから」
「全然ちゃうよ。脂肪は全身に纏った方があったかいんやろ?」
「コブがないんじゃないっすか?」
「あるよ。ラクダなんやから。アイデンティティを簡単に消したらアカンよ」
「ホッカイロが詰まってるんじゃないっすか?」
「ちょっとちゃうな」
「正解があるんすか?」
「あるよ」
「なんすか?」
「シロップよ。氷がそこら中にあるんやから、いつでもかき氷食い放題やな。シロップ無しなら、飽きて餓死してまうけど、シロップさえあれば、いくらでも食べれるんやから。逆転の発想よ。食べ物探して彷徨う事も、エネルギィを蓄える必要もないってわけよ」
「シロップが無くなったどうするんすか?」
「使ったシロップは自分で食べるんやから、また、コブの中に吸収されるってわけやな。怒っとる時はイチゴ味で、暇な時はブルーハワイよ」
「コブの中にシロップがあるんすよね?どうやって地面の氷にかけるんすか?」
「えっと、吸いだすわけよ。やから、基本的に、二頭以上で生活しとるわけ。氷を口に含んだまま、相方のコブをカプッて噛んでチューって吸うわけ。口の中でかき氷になるやろ」
「さっき、自分で使った分は自分に吸収されるって言ってたっすよ」
「同じ事やな。同じ分量だけ吸い出せばええんやから」
「ふーん。もっと、便利な使い道があると思うっすけど」
「全然わかってないな。ラクダやで。家なんか必要としてへんのよ。オシャレしたいとも思ってないし。やから、食べ物にさえ困らんかったら、ずっと幸せに暮らしていけるんよ。地面には氷が敷き詰められとるし、シロップは相方から吸い出したらええし、これ以上の幸せがどこにあるんよ。うちは生まれ変わったら、南極のラクダになりたい」
「へー。ちょっと、見直したかもしれないっす」ナナ氏は感心したようにQちゃんを見た。
「そうかそうか。自分のホッカイロが恥ずかしなったんやな」Qちゃんは得意気に笑って、ナナ氏の肩を揺すった。
「うるさいっすよ」