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便利屋に依頼がこない  作者: ニシロ ハチ
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エピローグ 3

 城向が運転する車の助手席にミンチは座った。

 三十分以上、無言のまま車は走る。依頼でもあるのかと思ったが、そうではないようだ。

「ヒカリだが、うちで預かる事にした」城向が運転しながら言った。

「そうですか。親権とか、大変なんじゃないですか?」ミンチは前を向いたままきいた。

「ヒカリは、元々、俺の娘だ」

「えっ?」ミンチは城向の横顔を見た。四十代の渋い男で、髭がダンディだ。勝手な想像だが、お酒はロック以外に飲まないだろう。

「あれの母親が赤井の信者になってな。一人で入れ込むのは勝手だが、娘を連れて出て行った。山内に頼んで様子を見て貰っていたが、運悪く事故に巻き込まれた」

「それは、女性になりきって?」

 城向はチラッとこちらを見た。ミンチは『イエス』と受け取った。

「美月は、どうしてヒカリを連れ出したのですか?」ミンチはきいた。赤井の娘なら、美月が手元に置いておく意味もあっただろう。脅しとしても有効だったはずだ。でも、そうじゃないなら、疑問が残る。

「たぶん、ヒカリを、母親の元から離したかったんだろう。ヒカリと美月は、元々、仲が良かったそうだ。ただ、ヒカリのいる環境は悪かった。そこから助ける為に連れ出した。ヒカリを連れて、俺を頼ったのも美月だ。ただ、ヒカリを無理やり連れ出したとなると、親権を争う時に、裁判で不利になる。だから、お前に預かって貰っていた。裁判結果はまだだが、それまでは、うちで預かる事を双方が認めた形になる」

「そうですか」

 自分の子ども失った事で、人を殺そうと考えている人が、他人の子どもを心配する。どこにも矛盾はない。美月は優しい子だった。だから、人なんて殺すべきじゃなかった。殺さずに生きていく事も、出来たはずだ。

 車はとあるマンションで止まった。二人で車から降りて、マンションのエレベータに乗る。最上階の一室に、ミンチは招かれた。

 部屋の中に入ると、ヒカリが人形遊びをしていた。彼女は顔を上げてこちらを見ると、パァと顔が明るくなった。

「こんにちは。ミンチ」ヒカリは挨拶をした。

「久しぶり」ミンチも答える。城向は別の部屋に行ったみたいだ。

 彼女は人形を置いて、近くまできた。見上げる首が疲れそうなので、ミンチはしゃがんだ。

「お姉ちゃん。止められなかったね」ヒカリが言った。

「うん……。えっ?なんて?」ミンチは驚いた。ヒカリは悲しい表情を浮かべている。

 同じセリフを、ヒカリから聴いた事がある。美月が一日だけ出て行った日だ。あの時も、ヒカリは『止めて』と言っていた。

 もしかして…。

「美月がどうするつもりなのか、最初から知ってたの?」ミンチはきいた。

「うん」彼女は頷いた。

「そう。ごめん。力になれなくて」

「ううん」彼女は首を横に振った。「ありがとう。お姉ちゃんのことは、仕方がないけど、ミンチと一緒にいたのは、楽しかった」

「そう。なら、良かった」ミンチは微笑んでおいた。

 でも、ホントは違う。

 城向から依頼を受けた日。彼から前金をいくらか貰っていた。後で気付けば、それは前金の他に、美月とヒカリの生活費や食費も含まれていた。でも、その殆どを使ってしまっていた。

 だから、ヒカリが現れて、城向が説明に来た時に、断る事が出来なかった。断ったなら、前金も返さなければならないが、そのお金が手元にはなかった。だから、仕方が無く、選ぶ権利もなく、受け入れるしかなかった。ヒカリと美月と一緒にいたのは、それだけの理由だ。

「また会える?」ヒカリはきいた。

「いや、どうだろ?会わない方がいいかもしれない」ミンチは答えた。

「どうして?」彼女は首を傾げる。

「あんまり、良い人じゃないんだ」ミンチは立ち上がった。「だから、これで、お別れかも」

「そんな事ない。ミンチは、忙しくてもご飯を作ってくれたし、牛乳も私の好きなやつを選んで買ってくれた。寝る時に怖いから、電気をつけてくれたし、服も可愛いのをすぐに、買ってきてくれた。ミンチは良い人。ミンチは、私のこと、嫌いになった?」

「嫌いじゃないよ。でも、それは当たり前の事だ。僕が良い人なら、ホントは、もっと美味しいご飯を用意出来た。おもちゃも買ってあげられたけど、それが出来なかった。それに、美月も止められなかった」

 あの時、御堂筋を押さえつけて、隣に美月が立っていた。それが誰かわからないから、間合いを取る為に避けた。そして、美月が御堂筋を刺した。とっさの事だったから、避けた後の態勢が不十分だった。美月や御堂筋とは反対側に重心があったし、手足も美月を止められる態勢じゃなかった。だから、動き出すのに、遅れてしまった。あの時、もっと周りに注意していれば、美月を止められたかもしれない。

 もし、それが出来たなら、彼女は、御堂筋を殺さなくて済んだかもしれない。

 御堂筋を殺したい程、憎いだろうが、それでも、殺さずに済んだかもしれない。

 殺さなくても、会わずに生きていく事は出来る。一度も会わずに、一度も噂を聞く事もなく、生きていけるなら、殺す必要なんてなかった。それは、命を奪うのと、同じ事じゃないのか?自分の生活から、一切の関わりが消えるのなら、死んだ事と同じだ。

 それだけじゃ、足りないのだろうか?

 自分の人生とは関係なく、他人が生きている事が許せないのだろうか?

 そんな事があり得るだろうか?

 だから、やっぱり、あれは、自分を守る為にやったのではないか?

 ミンチはあの場面を思い出し、何十回目かの後悔をした。

「また、会える?」ヒカリは、両手を広げたまま、こっちを見た。

「離れていても、二人が会いたいって思っていれば、自然と会えるものだよ」ミンチは言った。

「だから、ミンチは私と会いたいって思ってくれる?」彼女は同じ姿勢のまま言った。

 ………。

 自分は、城向からお金と引き換えに依頼を受けただけだ。

 もう一度会う資格はないだろう。

 彼女は、こちらを見つめる。

 両手を広げたまま、待っている。

 自分が両手を広げて待っていれば、全ての人が愛情をくれると信じて疑っていない。

 相手の考えにも、一切関心が無いみたいに、無邪気に待っている。

 ……。

 ミンチは溜息をついた。

 飲食店の入口に張られた蜘蛛の巣の様に、結果は明らかだが、自分が壊す必要もない。

「うん。会えるよ」ミンチは、彼女を抱きしめてあげた。

 彼女の小さな腕が、弱いけれど、力いっぱい抱きしめてくれた。

 後悔も罪悪感も、全て消える事はないだろう。

 でも、この瞬間だけ、許された気がした。

 子どもの力は不思議だ。

 美月は、この愛情を失ったのだろう。

 それを、自分のせいだと思いたくなくて、相手を殺した。

 複雑だ。

 でも、矛盾していない。

 ホントに、生きるのは、難しい。


終わりました。

たぶん、今作を含めた全三部作になる予定です。

でも、別のシリーズを書きたいので、続編がいつになるのかは、わかりません。書く予定もありません。別シリーズを楽しんで頂けたら幸いです。

最後に、今作を読んで頂き、ありがとうございました。

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