エピローグ 1
ミンチは家にいると、ナナ氏とQちゃんが訪ねてきた。
「ハッピィ・バースディ・トゥ・ユー。ハッピィ・バースディ・トゥ・ユー」二人は入るなり、楽しそうに歌っている。
「お誕生日おめでとうございます」Qちゃんが大きな箱をテーブルに置いて、中からケーキを取り出した。
「おめでとうっす」ナナ氏はキッチンで食器の準備を始めた。
「誕生日って……。ああ。僕の?」ミンチは今日の日付を思い出した。
「当たり前やないですか。ささ、座っといて下さい」Qちゃんは椅子を勧める。
「あれっ?二人に言ってないよね?誕生日?」
「まぁまぁ、念力があるわけです。念力やなくて、読唇術」
「テレパシィっすよ」ナナ氏が訂正した。
「そうとも言うな」
「ケーキがあるなら、コーヒーの準備をするよ」ミンチはキッチンへ向かった。
「座っといてくださいよ」Qちゃんが言った。
「自分で淹れた方が美味しいから」
ミンチは、三人分のコーヒーを淹れた。その間に、ケーキは切り分けられ、テーブルの上に並んだ。ミンチの向かいに、二人は並んで座る。
三人はそれを食べた。ショートケーキを食べたのは、子どもの時以来かもしれない。懐かしい味だった。
「なんか最近、不思議な事が起きませんでしたか?」Qちゃんがニヤニヤしながら言った。
「別に」ミンチは答える。
「ちゃんと思い出して下さい」
「不思議?あったかな?」
「幽体離脱とか知りませんか?」
「えっ?」思わぬ発言が飛び出したので驚いた。「なんで?」
Qちゃんとナナ氏は顔を見合わせて笑っている。
「他にはないっすか?」ナナ氏がきいた。
「あったような」ミンチは思い出そうとする。「そうそう、予知能力とか」
「そうっす。どうだったっすか?」
「何が?」
二人は笑っている。
「もしかして…」ミンチは思いついた。
「そうっす。誕生日プレゼントっす」
「えっと、あの女の人と知り合いなの?」ミンチは予知能力があると言っていた女性を思い出した。
「あの人、うちの大学の演劇部のOGなんです」Qちゃんが言った。「うちと仲が良いんで、この話を持ち掛けた後、買い物帰りにバッタリと会ったそうなんです。それで、勝手に暴走したわけです。お陰で、うちは、わけわからん名言を言う羽目になったわけです。えっと、それで、その人が今度、ミンチさんに会いたいって言うとるんですけど、いいですか?」
「いいけど」
「ちょっと珍しい人ですけど、良い人なんです。あっ、電話でお祝いがしたいそうなんで、ちょっと話して貰ってもいいですか?」
「えっ?なんで?」
「お願いします。話したい事があるそうです」
「いいけど」
Qちゃんは自分の携帯端末を操作して、通話をした。
「もしもし。…そうです。……話してもかまへん言うとります。………。代わりますね」Qちゃんは端末を手渡した。
「はい」ミンチは言った。
「お誕生日おめでとうございます」女性の声がした。あの時の、予知能力があると言っていた女性と同じ声かは、忘れてしまった。
「ありがとうございます」ミンチはお礼を言った。
「嘘をついて、申し訳ございません」
「いえ。気にしていません」
「でも、昔から占いが当たるって評判なんです」
なんのフォロゥかわからない発言をした。
「そうですか」ミンチは困って、相槌を打った。
「それで、二人の運勢を占ったのですけど、それが、相性ピッタリで、お互いにとって運命の相手だって出たんです。私も、あなたとなら、幸せな未来を迎えられると思います。だから、けっこ…」
「ああ。もう、暴走しとる」Qちゃんが困った顔をして、手を差し出した。ミンチは携帯端末を返す。
「ちょっと、暴走したらアカン言うたやないですか。そんなんやから、勘違いされるんですよ。――――。」Qちゃんはお説教をしている。
ミンチは驚いてナナ氏と顔を見合わせた。ナナ氏は困った顔ではにかんだ。
Qちゃんの電話が終わり、こっちを見た。
「すみません。いい人なんですけど、スイッチが入ると、周りが見えなくなって、それで、色々と失敗をしてきたんですけど…」
「気にしてないよ。面白い人だった」ミンチは言った。
「うん。普段は、ちゃんとしっかりした人なんです」Qちゃんは言った。
「それより、幽体離脱の件だけど」ミンチは話題を変えた。
「ああ。そうです」Qちゃんが携帯端末を見た。「なんでやと思います」
幽体離脱と言っていたのは、伊藤だ。伊藤の大学は、ナナ氏やQちゃんとは違う。それに、あいつは演劇部でもない。
「伊藤の事を知ってるの?」ミンチはきいた。
「知ってますよ」Qちゃんが答える。
「僕も知ってるっすよ」ナナ氏も言った。
インターフォンが鳴った。
「来たみたい」Qちゃんが携帯端末を見ながら言った。
ミンチは玄関のドアを開けた。
そこには、伊藤が立っていた。大きくて丈夫そうなナイロンの袋も持っている。
「よぉ」伊藤が言った。
ミンチは頷く。中に入ると、彼は重そうな荷物を床に置いた。
「お兄ちゃん。お疲れ」Qちゃんが伊藤を見て言った。
「おう」伊藤が答える。
「もしかして、兄妹?」ミンチはきいた。
「そう。言ってなかったか?」伊藤はこっちを見た。
「関西弁は?」
「どうとでもなるだろ」伊藤は鼻で笑った。
妹がいるとは言っていた。
ミンチは思わず笑みが零れた。
そうか。
伊藤が、美月やヒカリがここにいる事を知っていたのは、Qちゃんからきいたからだ。ただ、Qちゃんにそのことを口止めされていたのだろう。伊藤が知っていた理由を話したがらないわけだ。
「誕生日プレゼントの為に、幽体離脱をしてくれたのか?」ミンチは伊藤をからかった。
「そう。妹想いなんだ。こう見えて。カフェの時は、演劇部の人にわざわざ手伝って貰ったのに、つまらん反応をするやつだ」伊藤は答える。
「お前なら、カフェで何も注文しない事もあるかと思って」
「あるか。ばか」
「えっと、隣人が空を飛べるのも、トイレの個室に入った親子がいなくなったのも、誕生日プレゼント?」ミンチはきいた。
「えっ?なんやの?それ?」三人はお互いの顔を見合わせた。




