最終章 2
伊藤から電話があった。
「大変だったな」伊藤が電話越しに言った。
「まぁ、運が悪かった」ミンチは答える。
「事件について、それなりに情報を集めた。ききたいか?」
「ああ」
「色々と苦労したんだ。結局、俺もお前も勘違いしていたわけだしな」伊藤は勿体ぶって、話を伸ばした。ミンチは我慢する。広告だと思えば良い。それよりはずっとマシだ。
「まず、御堂筋を殺した綾部美月についてだが、お前には、赤井美月と名乗っていたのか?」伊藤がきいた。
「そう。赤井の娘だと、何度も話題に出していた」ミンチは答える。
「それが嘘だ。綾部と赤井に血の繋がりはない。綾部は御堂筋の恋人だった。だから、組織の内部もそれなりに知っていたわけだ」
「恋人って、高校生になったばっかじゃないのか?」
「そうだ。御堂筋は綾部が中学生の頃から、付き合っていた。御堂筋は三十代だから、自分の半分以下の年齢になる。綾部は御堂筋の職場にも、何度か足を運んだ事があるし、御堂筋が殺された住宅にも、行った事がある。まぁ、恋人だから、それくらいは珍しくない。問題は、綾部が妊娠した事にあった。彼女はお腹の中の子を育てるつもりだった。ただ、流産となり、それは叶わなかった」
「美月は、御堂筋に殺されたと言っていた」
「何が原因で流産になったのかは、わからない。御堂筋が死んだ以上、綾部の証言しか残っていない。確率的に起こるものだから、不運だったのかもしれない。ただ、彼女はそうは思わなかった。御堂筋のせいだと思い込んだ。彼女は、食事に薬を盛られたと証言したらしいが、確かめる術がない。今の所、御堂筋の怪しげな薬の購入履歴は見つかっていない。だから、原因を他人に押し付けただけなのかもしれない。事実として、子どもは死んでしまった。それ以来、彼女は御堂筋の元を離れた。そして、御堂筋の殺害を計画した。御堂筋と綾部は、元々は、仲が良かったそうだ。二人で旅行に出かけたり、家に招いたり、彼女自身も同世代の周りの子と比べた時に、優越感にも浸れただろう」
藤井と岩谷と会った時に見た写真は、その旅行でのものだろう。美月は、旅館で浴衣を着ていた。そして、楽しそうに笑っていた。幸せだったのかもしれない。その写真を撮ったのは、御堂筋だろう。捜索の為にプリントして、部下に渡したのだ。
そして、藤井たちが、家の近所にいて、自分や矢島の顔を知っていたのは、美月が彼らに情報を渡していたからだ。恐らく、写真を撮られたのだろう。だから、藤井は自分の顔を知っていた。美月との関係も。正確な居場所を教えなかったのは、彼女が見つかると困るからだ。でも、御堂筋殺害の協力者は必要だった。それで、小出しの情報を渡して、焚きつけようとした。それに乗せられたわけである。
簡単に騙された理由は、御堂筋に興味が無かったこと。美月やヒカリに踏み込まなかった事が原因だろう。山内の殺人に関しても、自分で調べる事はせず、伊藤を頼って情報収集をした。どうだっていいから、時間を割きたくなかった。その結果、御堂筋の元に、美月を運んでしまった。
だから、御堂筋殺害に、間接的には関りがある。
「御堂筋の部下たちも、詐欺罪で数人が逮捕された」伊藤は言った。
「そう」ミンチは返事だけした。興味の無い話題だ。
「山内殺害の犯人だが、それはまだ聞いていない。新しい情報があったから、証拠を集めて確認しているらしい。捜査が進んだ後、こちらからきいたら教えて貰えると思うが、お前はききたいか?」
「いや、いい」
「俺が知りたいから、依頼金は不要だぞ?」
「関係ない。美月か御堂筋のどちらかなんだろ?どっちでもいい」
「そうか。一応、わかっているのは、山内が殺されたオフィスに、綾部と御堂筋はいた。同時刻にいたのかはわからない。ちょっと聞いた話を、俺なりにまとめると、綾部は御堂筋をオフィスに呼び出した。目的は殺す為だろう。御堂筋は、殺されるなんて思ってもいなかったはずだ。彼は、鍵を建物の近くにでも置いたはずだ。それを持って、綾部は非常階段から侵入してオフィスに入った。そして、入って来た所を殺す予定だった。電気をつけるわけにもいかないから、暗闇だったはずだ。携帯端末の光くらいしかなかったんじゃないか?そして、オフィスに入って来た所を襲った。ただ、その相手は、御堂筋じゃなく、山内だった。彼女は暗闇だったから気付かず、死んだ後に、確認した。そして、それが人違いだと気付いた。彼女は意味がわからなかっただろうし、その場にいては、御堂筋にも警戒されてしまう。だから、彼女は逃げ出した。そして、綾部に会いに来た御堂筋が、山内の死体を発見した。彼は驚いたが、直ぐに綾部の犯行だと気付いただろう。でも、その場には、綾部の姿はない。彼はわけもわからないが、山内の死体をオフィスの奥に隠した。二日間は休みだから、しばらくは隠せると思っただろう。死体を処理しなかったのは、全くの計算外だったからだ。休みの内に処理してもいいが、そうすれば、死体遺棄の罪に問われるし、その現場を見つかれば、自分が殺したと勘違いされると思っただろう。だから、死体を放っておくしかなかった。その後、御堂筋は殺害現場に立ち寄った事もあり、隠れる事にした。その間に、綾部の捜索を部下に頼んだ。綾部としても、御堂筋と二人で会っても警戒されて殺せないと考えたわけだ。そして、お前が使われて、彼女は御堂筋を殺した。山内が殺されて数日後、綾部は御堂筋に電話を掛けている。内容はわからないが、綾部は御堂筋を例の屋敷に誘き出す事に成功した。自首したいが、その前に、会って話がしたい、とでも言ったのかもしれない。御堂筋が応じたのは、多分、御堂筋はまだ綾部の事が好きだった。山内の件で、疑問には思っているだろうが、もしかしたら、山内に襲われて、抵抗しただけだと、都合よく解釈したのかもしれない。御堂筋は、綾部に相当、貢いでいたそうだ。いつのまにか、自分に殺意が向けられている事にも、最後まで気が付かなかったのかもしれない」
「それは……お気の毒に」
大体は、ミンチが想像した通りだった。たぶん、二つの死体の傷跡の位置や深さで、判別するのではないだろうか?美月と御堂筋では、身長が頭一つ以上違う。御堂筋が殺された時は、彼は横たわっていたが、それでも、傷口からある程度の特定が出来るだろう。
「綾部と山内に関係はなかったみたいだ」伊藤が言った。「山内の女は、別人だろうとのことだ」
「そう」ミンチは返事をした。
恐らく、山内が連絡していた女は、城向だろう。城向は男だが、女に偽って登録して、デートやプレゼントなどの会話で、情報を伝えていたのではないか?それなら、携帯端末を誰かに見られても、誤魔化す事が出来る。
山内が殺された日に、御堂筋との通話履歴が残っていたらしいが、それは呼び出しではない可能性もある。美月と会う約束をしていたのなら、呼び出す理由はない。山内は不運な男だった。
でも、御堂筋が裏切り者の始末の為、山内を殺した可能性も残ってはいる。その場合は、呼び出したのだろうが、真相には興味がない。山内も御堂筋も死んでいるし、美月は捕まっている。
写真の美月を思い出す。
楽しそうに微笑んで、幸せだったのだろう。美月も、御堂筋に好意を寄せていただろう。
それが、殺したい程、憎い相手に変わった。
きっかけは、お腹の子どもを失ったからか。
それ程、生まれてくる子どもを、愛おしく思ったのだろう。日々、その愛は大きくなっていった。でも、その子を失った。
自分のお腹の中で。
薬を盛られたと考えたくもなる。そうじゃなきゃ、まるで、自分のせいで、失った事になる。自分のせいで、死なせてしまった事になる。
それは、受け入れられないだろう。
だとしたら、あの殺人は、自分を守る為にやったのか?
お前に殺されたんだと、自分も、神様も、真実も騙そうとしたのかもしれない。
………。
彼女はそれだけ……。
「ちょっと用事が出来た」ミンチは通話を切った。
たぶん、いつも通り喋れただろう。
ミンチは、ゆっくりと大きく、呼吸をした。




