依頼がこない十七日目 6
「殺したの」美月が言った。
その声は、今まで聞いた事のない声だった。彼女の息は、乱れている。
「なんで?」ミンチは立ち上がり、御堂筋に近づいた。すぐ近くにナイフを持った美月が立っている。美月の動きに、細心の注意を払いながら、御堂筋に触れる。
御堂筋の脈は止まっていた。彼の顔は悲痛な表情で歪み、目は見開かれたまま固まっている。
御堂筋力也は、死んでいた。
ミンチは、素早く美月の腕を掴み、ナイフを取り上げた。あっけなく、それは成功した。ナイフは握られておらず、掌と指に引っ掛かっているだけだった。
ナイフを部屋の隅に投げ、美月を睨んだ。
「なんで殺したの?」ミンチは同じ質問をした。
彼女は冷たい瞳を、ミンチに向ける。
「そいつに、殺されたから」美月は抑揚なく言った。
「だから、殺した?」
「そう」
「…バカ」ミンチは呟いた。
御堂筋が山内を殺した。だから、殺したのか?
「人殺しなんて、する価値が無い」ミンチは立ち上がる。
「私にはある」
「なんで?」
「あんたには関係ない」
「殺して、何か変わった?」
「変わった」
「何が?」
「スッキリした」
「それは錯覚だ。何も変わっていない。ただ、お前が犯罪者になっただけだ。バカ」
「変わったよ。やっと…」
沈黙。
彼女の息は、もう乱れていない。
「なんで、殺人なんて……」ミンチは呟く。
「最初から、全部、計画通り。私はこの為に生きてきたから」
「自分が間違ってないって思ってるのか?」
彼女は小さく頷く。
ミンチは溜息をついた。
「バカ」ミンチは言葉が出ない。
「間違ってない。こうしなきゃ、いけなかった」彼女は呟いた。
「いや、間違ってる。お前、今まで見た事ない目をしている。なんで、そんな目で人を見ているんだ?」ミンチは美月に睨まれたまま言った。
美月に睨まれた事は何度もあった。でも、こんなに冷たく鋭い目つきは初めて見た。
全てを諦めたみたいな。
全てを拒絶するみたいな。
全てを憎んでいるみたいな瞳で、彼女は立っている。
彼女の服も顔にも、血が飛んでいる。
「こいつを殺さなきゃ、始まらなかった」彼女は呟く。
「何が?」
「全部。ご飯を食べていても、お風呂に入っていても、眠る前も、全部、全部、全部、こいつのせいで、何もかも無茶苦茶だ」美月は怒りのせいか、声が大きくなった。「だから、終わらせないと」
「御堂筋が、お前の大切な人を殺したのか?」ミンチはきいた。
「そう」
「だから、殺したのか?」
「そう」
ミンチは溜息が出た。
ソファに座り、警察に連絡しようと携帯端末を取り出した。伊藤からメッセージが届いており、『警察と救急車を呼んでいる』と表示されていた。
携帯端末をポケットにしまい、大きく息を吐いた。それで、全身の力が抜けて、頭が少しだけクリアになった。
「やっぱり、間違っている」ミンチは美月を見上げた。
「殺されたのが、私の子どもでも?」美月は言った。
一瞬で無数の可能性が脳内を駆け巡る。言葉にはならずに、沸点を超えた油みたいに、次々と浮かんでは消えた。その気泡がやがて、抽象的なイメージとなり、それを鮮明に捉えようと呼吸を止める。
………。
そうか。
だから、あの写真は……。
だから、美月は……。
藤井や岩谷も。
全部、計画通りだったのか。
「でも、間違っている」ミンチは断言した。「罪悪感に満たされ、悲しみに満たされ、憎悪に満たされても、例え、食事の味が無く、毎日眠れなくても、笑っている自分が許せなくて、生きている自分が許せなくて、生きている他人が許せなくても、殺すべきじゃなかった。食事の味が無く、毎日眠れないまま、生き続けるべきだった。それが出来ないなら、周りに頼れば良かった。……それでも、生きていくのが辛いなら、お前が死ぬべきだった」
ミンチは美月を睨み続ける。
美月もミンチを睨み続ける。
黙ったまま、二人の視線は動かない。
やがて、美月は視線を逸らした。
「やっぱり、ミンチとは意見が合わない」美月が呟いた。
美月とは少しの間だが一緒に暮らした。普通の女の子に見えた。
全く気付かなかったが、その裏で、殺した程、人を憎んでいたのだろう。
でも、自分の人生が壊されるくらい、殺したい程の憎い相手がいても、そのまま生きるしかない。
生きるべきだった。
相手を殺して何かを得られるなんて、錯覚だ。
時間が解決しなくても、相手がのうのうと生きていても、自分で処理するしかない。
彼女は、命を奪って何を得たのか?
こんなに鋭い眼差しで、まるで、人殺しみたいな目つきになって、何を得られたのだろう?
外で、パトカーのサイレンが鳴っている。段々と近づき、すぐ近くで止まった。
美月は逃げようとはしない。
目的を果たしたからだろう。
「最後にききたい。名前は、綾部美月なのか?」




