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便利屋に依頼がこない  作者: ニシロ ハチ
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依頼がこない十六日目 2


 浅田の家からの帰り道の途中にある、殺人現場にも寄る話になった。

 伊藤は、車を道路の端に寄せて停めた。ミンチと伊藤は、車から降りた。現場となったビルの正面から入る。ガラスのドアがあるが、時間外は警備会社の人が施錠するらしい。ただ、今は、誰でも入れる様になっている。ロビィから階段で二階に上がり、現場となるオフィスの前まできた。オフィスには誰もいなかった。

「警察に目をつけられてるから、詐欺を働くわけにもいかないわけだ。ここのトップの御堂筋は、行方を晦ませているしな」伊藤がドア越しに室内を覗きながら呟いた。ドアの横には機械があり、社員証があれば、そこに翳すだけで、鍵が開くそうだ。ただ、それは、営業時間内だけの話だ。ドアノブの上には、鍵の差込口がある。鍵があれば、それでも開けられる。

「鍵を持っているのは、誰なんだ?」ミンチはきいた。

「場所を借りている会社側に一つ。管理している警備会社に一つ。警備会社の方は、予備として保管しているだけで、普段使われる事はまず無い。このビルに警備の社員用の一室がある。そこに全ての鍵を保管しているが、警備室への出入りには、当然、鍵が必要だ。それを持っているのは、警備会社の人間だけだ。もう一つの鍵も、普段は使われていないそうだ。社員証があれば入室出来るわけだからな。オフィスの鍵を持っているのは、御堂筋で、どこにしまってあるのかは、他の社員は知らないそうだ」

「被害者の山内を呼び出したのは、御堂筋なのか?」

「ああ。そういえば、言ってなかったか。被害者の携帯端末の着信履歴に、御堂筋からのが残っていた。これは、被害者が殺された数時間前にあった。七日の二十一時頃だ。山内は殺される前の何日間にわたって、御堂筋と電話でのやり取りが数回あった」

「呼び出した可能性があるのは、御堂筋だけか?他にも連絡を取ってたやつはいるだろ?」

「電話自体はあった。ただ、削除された履歴も含めて、全てを調べた結果、関係ありそうなのは、御堂筋のに絞られたわけだ。変わったものだと、山内は女とチャットで連絡を取っていた。どこどこで食事をしたいとか、会いたいとか、プレゼントは何が良いかとか、そんな普通のやり取りだ。ただ、お前がこの前、話していた、御堂筋の女の件がある。その女の特定はまだだが、山内がやり取りをしていた女と同じだったら、面白いな」

「面白くはない」

「でも、あれだけ何度も刺された理由も頷ける。普通は、あんなに何度も刺せないそうだ」

「普通は、一度だって刺せない」

「山内が夜中にこんな場所への呼び出しに応じたのも、女が絡んでいたら、辻褄が合う。御堂筋に別れて欲しかったとか、関係を絶って欲しかったとか、そんなところだろ。話し合いの末、刺殺されたのか、呼び出して不意打ちで殺したのかは、わからない。ただ、御堂筋には、殺す理由があったかもしれない」

 山内が裏切りを働いたから殺された、と思っていた。城向がそう言ったからだ。ただ、十数回にわたり刺したとなると、私怨が絡んでいた方が納得出来る。話し合いの場として、この場所を用意した。非常階段の鍵を開けておいたり、鍵を用意したり、事前に準備したわけだ。ただ、話がもつれて、殺してしまった。その方が、死体の後始末が疎かになっている事実と矛盾がない。

 殺しを初めから考えていたなら、他の場所を選ぶだろう。ここで山内を殺したなら、犯人はかなり限定される。鍵を持っている御堂筋が疑われるのは、明白だ。御堂筋が殺すなら、そんな場所を選ばないだろう。だから、話し合いの結果、カッとなって殺してしまった方が、納得しやすい。

「山内と関りのあった女の名前は知らないか?」ミンチはきいた。

「事件と関係ない個人情報を、警察が教えてくれるはずないだろ」伊藤は肩をすくめた。

 ドアの前から離れる事にした。この現場のオフィスは、廊下の突き当たりにあり、ここからは、どこにも繋がっていない。だから、御堂筋の会社の社員以外は、ここまで来る者はいないだろう。結果的に、死体発見が遅れる事となった。このビルの周りも、オフィスビルばかりで、住宅が殆どない。殺される時に悲鳴が出たとしても、聞いた人はいないだろう。今は、車通りがそれなりにあるが、夜遅くは、人通りも疎らになるだろう。少し離れて駅の方面へ歩くと、飲み屋や飲食店が多くなる。

 二人で非常階段の方へ歩いた。非常階段への鍵を開けて、外に出る。中からは、誰でも鍵を開けられるし、一度開けておけば、警備の人は見落としてくれる。

 例えば、定期的に、非常階段を出入りする人がいた場合は、鍵が開けっぱなしになる事も多くなるだろう。その結果、警備の人は、鍵を入念にチェックしたり、このビルを使っている会社に、注意したりするだろう。ただ、誰も使っていないなら、鍵が開く事はまずない。そうなると、わざわざ、階段やエレベータから直接見えないこの位置まで確認しに来るのも、馬鹿らしくなるだろう。階段やエレベータからは、一度左に曲がり、突き当たりを右に曲がって先に、非常階段がある。

 仕事をさぼって、チェックを怠ったのは、必然的かもしれない。何年にも渡って鍵が閉まったままなのだから、余程の新人か、完璧主義者以外は、毎日確認しないだろう。

 建物内に入り、鍵を閉めた。

「チェックシートじゃなくて、鍵の開閉を電子的に制御して、確認出来る様にしないと、今後も同じ事が起きるだろうな」ミンチは呟いた。

「そんな予算は下りないから、二重チェックになるだけだろうが」伊藤が答える。

「まぁ、そうだな」

 大抵の業務というのは、この様に改善される事はまず無い。現場がどれだけ声を上げても、どこにも響かない。二重チェックや指さし確認で防げると、上は本気で思っている。入念にチェックするように、二重チェックするように、そう伝達するのが、上に立つ人の仕事だ。一週間や一ヵ月だけなら、それも可能だろうが、人間は学習し怠ける習性がある。だから、人間の意識に頼ったシステムは、必ず不具合を起こす。定期的に故障しながら、騙し騙し続けていくのだろう。上に立つ人は、自分が定年するまでは、あと数年から十年位だから、長期的で抜本的な解決を、望んでいない。

「そこで何しとりゃ」がなり声がして、そちらを見る。警備服を着た男が立っていた。六十代くらいだが、体格はしっかりとしている。体力はありそうだ。髪は白髪で、顔はシミと皺だけで、顔認証が出来そうだ。首から紐で掛けている名札には、警備会社の社名と佐藤祐樹と書かれていた。

「警察です」伊藤が嘘をついた。「何度も確認しますが、ここの鍵は、閉まっていたのですよね?」

「なんべん同じ事言わせりゃ気が済みゃ」佐藤は怒鳴った。「全員に伝えろ言うたやろ。馬鹿が」

「殺された山内さんをご存じでしたか?」ミンチはきいた。

 佐藤は、一瞬だけ目を見開き、体が硬直した。どう見ても狼狽している。

「知らん」彼の声量は何かをかき消すかの様に、一層大きくなった。

「そうですか」そう言って、その場を離れる事にした。たぶん、知っているだろう。

「聴いた通りの人物だ」伊藤は階段を下りながら言った。

「彼の今後の生活の保障と、贅沢に暮らせる位の大金を渡さないと、ホントの事は言わないだろうな」ミンチは言った。

「もしかしたら、彼自身の中では、真実が変わって、本当に鍵を確認した事になっているのかもしれない。そうじゃなきゃ、あんなに怒れない」

「そうか?老人はいつでも、あれくらい怒れる」


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