依頼がこない四日目
「ちゃんちゃらおかしいわ。ちゃんちゃんこも裸足で逃げ出すレベルやよ。それ」Qちゃんがナナ氏に言った。
「何がすか?」ナナ氏は不満そうな顔をする。
「乾電池がどうたらこうたら言うたって、それが事実でも、そうやなくても、誰が言っとるかが重要なわけよ。それを、こんな誰も見てない時期に言っても意味無いで。もっと、フォロワが千人超えたくらいで言ったら、それなりに良かったかしれんけど」
「じゃ、どうしたらいいんすか?」
「もっと、取っ付きやすい話から始めた方がええわな。それは」
「例えば?」
「犬猫の話とかをしたらええよ。鉄板よ。犬猫なんて。嫌いな人がおらんのやから」
「だから、例えば?」
「『普段怖い先輩と一緒に猫カフェに行ったら、その先輩に猫がいっぱい寄って来てた』とか」
「そんな中身の無い話のどこがいいんすか?」
「中身なんて誰も求めてないよ。実のある時間を過ごしたいなら、本でも映画でも楽しんだらええんやから」
Qちゃんは、ナナ氏と同じ大学に通っている。ナナ氏と同学年だが、年齢は一つ上らしい。留年したのか、留学したのか、休学したのかは知らない。あまりそういったところに踏み込まないミンチだ。ナナ氏の友人という事で、Qちゃんとも既に何度か会っている。可愛らしい顔をしているが、最近の女の子には珍しく、健康的に日焼けしている。ばっちりメイクを決めているところを見た事がないが、ここに来る為に、わざわざする必要が無いと思っているのだろう。いつもラフな格好をしている。ナナ氏よりも元気があり余っている感じだ。
「猫の話をするなら、猫の写真もあったほうがいいと思うけど」ミンチは言った。二人ともこちらを見る。
「それはそうです」Qちゃんが答える。ミンチと話す時は、関西弁が少し抜けて敬語になるQちゃんだ。
「でも、飼うわけにいかないし、その辺の野良猫の写真を撮るのも難しいし」ミンチは言う。
「絵を描くってのもいいですよ」
「僕は描けない」ミンチは答える。
「僕も無理っす」ナナ氏は右手を挙げた。
「うちも無理やわ」
「じゃ、駄目っすね」ナナ氏が言った。
「ちゃうで。絵の上手さは、全然関係ないんよ。人じゃなくても、丸っぽいやつとか、三角のやつとか、違いがわかれば、それでええんよ。漫画っぽくなっとったら、それで良くて、別に深い内容じゃなくても、癒されるわけよ。やから、誰にでも親しまれるようなキャッチィな漫画を描くのが一番の近道やな」
「でも、それはフォロワを増やす為の道っすよね?便利屋として認知して貰うのが重要なんすから。それで、依頼がくるのが一番すよ」
「わかっとるよ。そんなことは。地面を掘ってブラジルに辿り着くんが、一限の講義に間に合うよりも大変な事くらい一目瞭然よ。でも、乾電池の話なんてしても、だーれも見んて。そうやなくて、見て貰うことが重要なんやから」
「漫画以外になんか方法はないんすか?」
「あるにはある。奥の手が」
「なんすか?」
「まず、一万を超えるいいねがついとる呟きに、リプラィを送る。それを毎日何十件とやったり、トレンドのワードを含めた文を作って呟く。イチゴのかき氷がトレンドやったら『最近、イチゴのかき氷が食べたくなってきた。便利屋として一緒にお店に行って、アーンしてあげるサービス実施中』とかやな」
「便利屋のコンセプトと違うすよ。そんなサービスしないっすよね?」ナナ氏はミンチを見た。
「しない」ミンチは答える。
「言葉の綾よ」Qちゃんが言った。
「それに、それってわけのわからない人がやっているイメージっすけど。お金配ったり、副業で稼いだりしてるっすけど、その割には、暇そうっすよね。あんなにTwitterしてる時間があるんすから」
「そりゃ、そうよ。あんな人は、全然儲けてないよ。ひもじい想いをしとるから、一生懸命頑張っとるんや。副業で何十万も稼げるなら、Twitterなんかせんと、もっと、仕事したらええやん」
「じゃ、全然駄目なんじゃないっすか?」
「まぁ、駄目やな。でも、私の目にはチラついとるわけやから、他の人にもチラついとるわけよ。それで、騙されやすい人が引っ掛かるわけやな」
「別に、怪しい商売ってわけじゃないっすから。駄目っすよ」
「そうか?十分怪しいけどな」
「それはそうだ」ミンチは頷いた。
「ほら」Qちゃんは得意気な顔をした。
「失礼なのわかってないんすか?」ナナ氏は少し呆れた様な顔をした。