依頼がこない十五日目 4
ミンチは家に帰った。
尾行を撒くのは簡単だった。本来、尾行は、尾行相手が意識していないから、成立するのであって、相手が警戒していたら成立しない。警戒している相手を逃がさない方法は、首根っこを掴んで、連行するしかない。そこまでしなくても、相当な近距離で背後からついて行くなど、体力や筋力的に優位でないと難しい。距離を取るなら、隠れる場所はいくらでもあるからだ。
美月もヒカリも家にいた。手を洗ってから、食材を冷蔵庫や冷凍庫にしまった。
「コーヒーいる?」ミンチは美月にきいた。
「いる」彼女は答える。
二人分のコーヒーを淹れて、その間に、ヒカリの分の牛乳をグラスに注いだ。テーブルに運んで、三人で席に付いた。
「御堂筋やその仲間が、普段はどこにいたか知ってる?」ミンチは美月にきいた。
「知らない」彼女は答える。
「殺人現場になったオフィスを出入りした事は?」
「えっ?なんで?」彼女は怪しむ様に睨んできた。
「別に、きいてみただけ」
「ない…かな」
「そう」
「なにかあったの?」
「なにかって」
「なんか」
「なにかはあったんじゃない」
「違う。私と関係するなにか」
「ないと思うけど」
「じゃ、なんでそんな事をきくの?」
「きいてみただけだって」
「あっそ」彼女は不満そうにコーヒーを飲んだ。
「普段は、父親に会いたいって言ったら、会えるの?」
「会いたいなんて思わない」美月は答える。
「会えるかどうか」
「仕事が無ければ」
「今は?」
「無理かも」
「なんで?」
「警戒心の強い人だから」
「父親は、どんな仕事をしていたの?」
「人を騙してお金を巻き上げてた」彼女の瞳が鋭くなる。
「具体的には?」
「末期癌とか他の難しい名前の病気に掛かった人に対して、怪しい治療をして大金を奪っている」
「それは医療行為ではないの?」
「医者じゃないから」
「それじゃ実際には病気は治らないんじゃない?」
「治らない」
「それを怪しむ人だっているはずだけど」
「いるんじゃない?中には」
「訴えられる事はないの?」
「その辺のやり方が上手いんだと思う」
「どんな治療を行うの?」
「私も実際に見たわけじゃない。ただ、あなたが苦しんでいるのは、呪われているからだ、とか。過去に人を呪ったのが、跳ね返って自分も呪われたとか、そんな荒唐無稽な話。
「呪いね」ミンチは無理やり咀嚼する様に呟いた。
「呪いってあると思う?」
「ない」
「どうして?」
「さぁ、呪いがどんな力なのか、よく知らない。相手に不幸がある様に願ったとしても、念じるだけなら意味が無い。例えば、呪いたい相手に対して、脅迫メールを毎日送り続けるとか、ポストに脅迫文を送りつけるとか、具体的な手法を行っているなら、相手にも多少は影響する。実際に、メールの文面通りに行動する必要は無い。相手がその文字を読むだけで、効力がある。でも、それは呪いじゃなくて、法律違反だから罰金対象になる」
「法律を犯さない程度に、相手にストレスを与えたらいいってこと?」
…やっぱり、美月は頭の回転が速い。学校に行って勉強していれば、良い大学にも簡単に入れるだろう。
「そうなる。それが僕の考える呪いかな。ストレスが溜まれば、病気になるリスクも増えて、寿命だって減るかもしれないし」
「気が遠くなりそう」
「呪う労力に見合った成果は期待できないだろうね」
「私には無理」
「普通の人には出来ない。相当な憎悪が必要なんじゃない」
「憎悪が沢山あっても、私はそんな事しない」
「それが正しい」




