依頼がこない十五日目 2 (伊藤との通話 下)
「警察は御堂筋を疑っているのか?」ミンチは確認した。
「ああ。名目上は重要参考人だが、犯人として追っている。現場付近のカメラに映り込んでいて、現在まで隠れ続けているわけだから、なにも知らないじゃ通らないだろ」伊藤は答える。
「御堂筋と被害者との関係性は?」
「一見すると無関係だが、警察は同じ系列の犯罪グループというか、悪徳商法グループだと知っている。今までは、証拠が出なかったから、詐欺罪で捕まえるのが難しかったが、今回の捜査でその証拠も出てくるだろうと考えている。ただ、詐欺と殺人は、警察内では、担当部署が違うから、知り合いは、詐欺罪の方は詳しく知らないとのことだった。近日中に何人か捕まるのではないか、とのことだ。話を戻して、警察は、御堂筋と山内が同じ系列だと知っているから、そのグループ間で、揉めたのだろうと考えている。被害者の様子から、犯人には相当な憎悪があったと考えられるから、それなりの関係性はあったんだろう」
「今回の件で、赤井は捕まりそうか?」ミンチはきいた。。
「それは無いだろう。警察も下っ端じゃなくて、上層部を捕まえたいと思っているはずだが、今までも、それが見つからなかったから、赤井はトップであり続けている」
「そうか」
「これは事件との関係は薄いとされているが、七日の夜遅くに殺人現場付近の居酒屋で、警備担当だった佐藤が飲んでいる姿が確認されている。彼は、仕事終わりに、二十四時近くまで飲んでいた。彼が一人で歩いているところも、現場付近のカメラに残っていた。偶に、遅くまで外で飲むのが、彼の楽しみらしい。もう一つ、現場のオフィスは、基本的に客を招く事はないらしい。だから、現場検証の結果、発見された指紋やら髪の毛の殆どは、社員たちのもので一致した。ただ、そこに社員以外の女性の髪の毛も落ちていたらしい。殺人事件が起きたのが深夜とはいえ、何人かの女性が歩いている様子が、現場付近のカメラに映っている。ただ、これは社員の服に付いていた髪が、現場で偶然落ちた可能性もあるそうだ。最後に、警察は残念がっていたが、現場には赤井の指紋や髪など、赤井との繋がりがあるものは、一切なかったそうだ。現場に赤井の痕跡が残っていれば、悪徳商法のグループと赤井との繋がりの証拠になるんだが、DNA鑑定の結果、それは完全に消えた」
「DNA鑑定って、親子の場合はどうなるんだ?」ミンチはきいた。
「親子?」
「現場に、赤井の子どもの髪の毛が落ちていた場合、警察が持っている赤井のDNA情報から、それがわかるのかどうか。つまり、その子どもの髪の毛は、赤井のものと判断されるのか、それとも、赤井とDNA情報が近いと判断されるのかってこと」
「ああ。そういうことか。俺も詳しくは知らないが、血縁関係かどうかは、DNA鑑定をかければ判別出来るんだから、DNAが近いやつって判断されるだろう」
「警察は赤井との血縁関係者の話はしてなかったか?」
「していない。血縁関係者のDNAがあった場合でも、警察は喜んだだろう。現場と赤井とを繋げるものは、一切残っていないらしい」
「そうか」
ミンチが心配したのは、赤井の子どもである美月が、御堂筋のグループを知っていたからである。彼女が家出をするずっと前に、もしかしたら、現場のオフィスに立ち寄る事があったかもしれない。その場合、美月が今後、警察に補導された時に、親が赤井である事を警察が知り、彼女のDNAを採取するかもしれない。その結果、現場に残った痕跡から、彼女に不当な疑いが向けられる可能性を考えたのだ。現場に女性の髪が落ちていたと言っていたから、そう考えたわけだが、現場で見つかった髪のDNA情報と赤井との繋がりがないのなら、杞憂なのだろう
それに、赤井の娘である美月が、悪徳商法をやっているオフィスに立ち寄る状況が、考えらえない。御堂筋も、美月がトップの娘であったとしても、現場には入れないはずだ。もし、美月が、お茶を飲みに現場に立ち寄っていたとしても、冤罪で捕まるなんて、現代ではないだろうが、時間的拘束は免れないだろうから、関係がないに越した事は無い。
それよりも、ミンチは、もう一つの発想を持っていた。
美月が言っていた、御堂筋の女である。その女の髪が現場に落ちていたのではないだろうか?御堂筋は、殺人現場のオフィスのトップらしいから、自分の女を招く時もあったかもしれない。ただ、その女と、山内の殺人とを結びつけるものは、今はのところ、一つもない。
「ききたいのが」ミンチは言った。「事件が発覚した十日の朝、オフィスの鍵はどうなっていたのか?あと、非常階段とのドアの鍵も」
「流石だな。まず、オフィスへの鍵は、オートロックになっているから、必ず施錠される。ビルの管理を行っている警備会社が、早朝に来て、電源を入れることで、社員証が使える状態になる。ただ、鍵を持っていれば、時間外でも出入り出来る。社員証を使った時のみ、その記録が残る。そして、十日は、社員証を使って入室した第一発見者の藤井という男が警察に通報した。入室記録から数分後に通報している。異臭がしたから、直ぐに異変に気付いたそうだ。そして、警察が現場に駆けつけて、周囲の確認をしたところ、二階の非常階段とのドアの鍵は開いていた」
藤井は、二発も殴られた御堂筋の部下の金髪の男だろう。
「大体の死亡推定時刻は八日の午前中なんだろ?」ミンチはきいた。
「そう。七日の二十四時過ぎから、八日の午前だが、警察は御堂筋の行動から、八日の零時から午前二時頃までに殺されたと踏んでいる」
「だったら、その日から死体が発見された十日までの間、二階の非常階段のドアの鍵が開きっぱなしになっていた事になるが、警備の佐藤って男は、一度もそれに気付いていないのか?」
「本人は施錠されていたと証言している。あと、早朝にビルを開けるのは、別の男だが、そいつはわからないと答えている。早朝の見回りに、鍵の確認は含まれていないそうだ。佐藤のチェックシートには、異常なしのマークがされているが、いい加減な仕事をしていたみたいだ。佐藤は六十過ぎの男で、正面入口のドアの施錠とチェックシートにチェックマークするのが、彼の仕事だったらしい。警察は、正しい事を言って欲しいと、何度も彼にきいたが、怒鳴ってまともに話も出来ないみたいだ」
「自己防衛は生物に備わる標準機能だ。悪いわけじゃない」
「ああ。仕事はちゃんとした方がいいが、その通りだ。これが調べた全てになる」伊藤は言った。
「ありがとう。お金はちゃんと渡す。それにしても、意外だった」
「どこが?」
「お前が有能なところが」
伊藤は笑った。ジョークが通じたようだ。
「仕事はちゃんとする方だ」伊藤が言った。
「追加の依頼を頼んでもいいか?」
「払えるか?」
「なんとかなる」
「それで?」
「一つは、御堂筋の行方を知りたい。御堂筋には女がいるらしい。その方面から、調べられないか?もう一つは、赤井についてだ。赤井の被害者でも、誰でもいい。赤井に会った事があるやつに、赤井について、きいて欲しい。出来れば、その被害者を紹介して欲しい」
「ああ。被害者か。面白いな」伊藤が呟いた。「御堂筋の女って結婚してるわけじゃないよな?」
「たぶん。あと————」ミンチはとある住所を言った。「ここが赤井と関係がるのかも、調べて欲しい。危険だったら、突っ込まなくていい」
「わかった。実は、俺は自分が有能な事を知っている」伊藤が言った。
「それは有能そうな発言だ」
「最後まできけ。その理由は、危険を敏感に察知して、直ぐに逃げるからだ」
「それは有能な発言だ」




