依頼がこない十五日目 2 (伊藤との通話 上)
伊藤と電話をする為に、ミンチは屋上に登った。
「昨日、警察関係者と会ってきた」伊藤は言った。
「それで?」
「大体の話はきけた」
「だから、内容は?」ミンチは、伊藤がわざと勿体ぶっていることを、経験から知っていた。こういった場面で、溜めずにはいられないやつだ。
「ああ。そう。まず、何から話そうか」伊藤が楽しんでいる様子を、ミンチは待つしかなかった。人生において楽しい場面なんてしれている。友人の僅かしかない楽しい時間なら、苦にならない、なんて事は無い。さっさと、他人に迷惑を掛けない楽しみを見つけて欲しいものだ。
「まずは、犯行が行われたであろう時間帯から話すか」伊藤が話し始めた。「えっと、今日が何日だ?十五日か。この事件が発覚したのが、五日前の十日。ただ、被害者の山内隆が殺されたのは、七日の深夜になる。つまり、正確には、八日の午前零時からってことだ。お前から話をきいたのが、十二日で、その時に四日前に殺されたと言っていたから、大体の辻褄が合う。発見が遅れた為、正確な死亡推定時刻はわからないが、現場付近の防犯カメラに、七日の二十四時前に、被害者が一人で歩いている所が映っていた。現場との距離から考えて、八日の午前零時以降に殺された事になる。運が悪い事に、八日、九日は休日だったらしく、犯行現場のオフィスで殺された山内が発見される事はなかった。同じビルで働く他の会社の社員や、警備会社の男も見つけられなかったのは、現場のオフィスが廊下の一番奥の部屋だったこと、あと、廊下からドア越しに覗いても、死体が見えない位置にあった事が関係している。犯人は入口近くで殺した後、死体を見えない位置に移動させたんだ。そして、休み明けの十日に、山内が発見されて、通報された。ニュースになったのもこの日だ。付近の防犯カメラに、山内が最後に映り込んだのが、七日の二十四時前の映像になる。それ以降、どこにも映っていない事から、山内はなぜか一人で現場に向かい、そして、そこで殺されたと思われる。どこかで殺されて運ばれたわけじゃなく、現場で殺された。これは現場に飛び散った血痕からも、確からしい。現場となったのは、ニュースにもなっていたオフィスビルだか雑居ビルだかの一室だ。就業時間内に室内に入るには、鍵を持つか、社員証が必要になる。ただ、時間外だと、物理的な鍵を持たないと、電源がきられてる為か、社員証があっても電子ロックが解除されないらしい。被害者、もしくは、犯人のどちらかは、室内への鍵を持っていた可能性が高い。もしくは、社員が就業時間中に現場に入室して、そのまま、部屋を出ずに、室内に残っていた可能性もある。それなら、鍵がなくても被害者を現場に招くことは出来る。ただ、警察は前者を疑っている。つまり、被害者か犯人が鍵を持って、入室した可能性だ。現場の雑居ビルには、非常階段があり、建物へのドアの鍵は内側から誰でも操作出来る。だから、犯人が予め非常階段からの鍵を開けておいて、人がいなくなったら、そこからビルに入り、現場の室内には持っていた鍵を使っただろうとのことだ」
ミンチは静かにきいていた。質問は最後にまとめてしとう考えた。
伊藤は続ける。
「殺害方法は、ニュースでもあった通り、鋭利な刃物での刺殺。恐らく、ナイフか包丁らしい。凶器は現場には残っていない。何度も刺されている事から、相当な憎しみがあったと思われる。最初の一撃は、入口近くで、背後からブスッとだ。そのまま押し倒して、十数回にわたり、同じ凶器で刺している。自殺は考えられず、他殺だと断定している。犯人も返り血を浴びただろうとのことだ。警察は、既に御堂筋力也を疑っていた。現場は御堂筋の職場で、やつは事件が発覚した十日以降、姿を晦ませている。それどころか、事件が起きた八日の午前二時に、御堂筋が一人でいるところを、現場付近のカメラが捉えている。今は、携帯端末の電源も切っているらしい。職場なんだから当然だが、現場には、御堂筋の痕跡が残っている。やつは、そこのトップだ。二日続けて会社が休みなのも、発見を遅らせて逃げるには都合が良かっただろう。警察は、御堂筋を重要参考人として捜索中だが、十中八九犯人だろうと疑っている。そうじゃなくても、死体遺棄だかなんだかで、死体を見たか、殺されるところを見たか、少なくとも、何かは確実に知っている。だから、隠れているってわけだ。あとは、現場に入る為に、非常階段を使ったと思われる根拠は、現場の二階の非常階段のドアノブにだけ、タオルか衣類で指紋を拭き取った痕が残っていた。他の階のドアノブは、警備会社の社員の指紋が残っていたのと、それによって消された誰かの指紋らしい。べったりと残っているが、警備会社の男ってわけだ。ビル全体で、普段から非常階段を使う人は皆無だったそうだ。非常階段のドアは室内側から誰でも鍵を操作出来るが、二階のドアの鍵の部分も、指紋が残らない様に拭き取られていた。これは、拭き取った後、その衣類越しに、鍵を回して開けたとされる。就業時間中は、誰でもビルに出入り出来る為、内側から鍵を開けたやつは、わかっていない。本来であれば、契約している警備会社の社員が、建物全体の鍵の確認をするはずが、警察は、それを見落としたと考えている。警察が当該する警備会社の社員の佐藤祐樹に話をきいたところ、業務に含まれているから、ちゃんと施錠されている事を確認している、と証言しているそうだが、そういうしかないだろうとのことだ。チェックシートの紙に残った彼の筆跡は、一つ一つ確認しながら書いたものではなく、全部を連続して一度に書き込んだ痕が残っていた。つまり、学校のテストなんかで、自己採点する時に、一問ずつ答えと見比べて〇をつけていくんじゃなく、先に全問正解している事を確認してから、数秒の内に、該当箇所に〇をつけるみたいな感じだ。チェックのVの字が大きかったり、枠からはみ出していたり、全く同じ形だったり、チェックシートには、常習的にそういった筆跡の傾向があったそうだ。自分がサボったせいで殺人事件が起きたと考えるより、犯人が鍵をこじ開けたと考える方が、精神的にも社会的にも安全だ。警備会社なのに、仕事をしていないとなると、クビになるリスクもあるしな」伊藤はそこで、フッと鼻から息を漏らした。




